7.新人戦への誘い
食後。アオイがお茶と茶団子を出してくれて、三人でソファーに座った。
クルリは近所のホテルにスマホ予約を済ませたらしく、もう少し遊んでいくらしい。
「あ、これってカミヤが言ってた例の和菓子?」
「ですです。今日カミヤさんに貰ったんです」
一つ食べてみると、濃厚な抹茶の風味がネットリと広がっていった。
うんま!
そしてお茶もうんまい!
クルリもモグモグしながらお菓子の箱を確認する。
「へぇ、美味しい。宇治のやつ。そんなところ何しに行ったの?観光?」
「ああ、カミヤが宇治のダンジョン攻略してたとか何とか」
「宇治にダンジョン?……そんなのあったかな?」
「ん?カミヤのメールに書いてあったと思うけど……」
俺の皿の茶団子はすでに胃の中へ収まってしまった。
和菓子って美味しいけど、なんでこんなにあっという間に無くなってしまうのか。
いつも不思議である。
クルリに箱を寄越してもらい、おかわりを皿に入れながらそんな話をしていると。
アオイが何かを思い出したように「……そうか」と言って考え込む様子。
「どした?」
「……いえ、……何でもないです。……多分」
そう言って何事もなかったかのように振る舞って茶団子を頬張った。
何だか気になる言い方だなぁとアオイを見ていると、クルリが「そう言えば――」と話し始める。
「――ギルドに貼り出されてる【新人戦】のオファーリスト見たよ。未定扱いだったけど出ない感じ?」
「……それね。まだ決めてないんだよな。慣れないことして怪我でもしちゃ馬鹿みたいだろ?伏見ダンジョンなんて行ったことないし」
「調べてみればわかると思うけど、開催地での実力は足りてるよ?お祭り嫌いなら辞めといたほうが良いかもだけど」
「うーん。どうしようか……」
【新人戦】、正しくは【春季京スラ新人杯】と言う試合がギルドの指名依頼という形で舞い込んできていた。
【新人戦】はその時期に目立っている京都のルーキーを集めて年四回行われ、パーティー優勝の賞金一千万円と様々な副賞、二位以下にも高い賞金が送られ、個人優勝にも一千万円と副賞が与えられる大きなお金が動く大会だ。
なぜこれほど多額の賞金が出るかというと、つまりはコレ、ダンジョン探索を対象とした公営ギャンブル【ベッツ】の対象だからである。
【ベッツ】は様々な試合形式があるらしく、今回のルールは最もポピュラーなポイント制のモンスター殲滅戦だ。
複数のパーティーが決められた区画内でモンスター達を殲滅していき、ドローン裁定を使ってリアルタイムでポイントを集計。
最も多くのパーティーポイントを稼いだパーティーと、最も個人ポイントを稼いだ人物がそれぞれ優勝となる。
「そういえば今日、出たほうが良いよってカミヤさんに勧められました。個人優勝の副賞【似非怪力グローブ】がオススメだとか。……」
アオイは「……どんな性能かまでは書いてないんですけど、コレです」と言ってタブレットPCを開き、大会概要ページを映し出した。
それを見たクルリ。
「あー、コレ。京スラの研究員が言ってたけど、念動系希少種のレア素材で重たいものを持てるんだって。アオイの武器デカイから合うんじゃない?」
「へぇ。すごいの作るんだな。名前は変だけど」
「もう一個作るのは難しいってさ。素材頼りプラスお金ジャブジャブ」
「ふむぅ。結構魅力的ですね。流石に個人一位となると厳しそうですが。……クルリさん、知ってる人います?」
アオイはそう言って出場者紹介ページを開いた。
「んと、割と知ってるよ。個人ならタナカ、オイドン、ピグマリ、それにカイは知ってるでしょ?あ、ニシ姉妹は大阪なんだけどな。……まぁ、そんな感じ。パーティーならピグマリの所は鉄板で、タナカの所が個人力でどこまで来るかだね」
ルーキーまでチェックしているクルリの情報力に驚きつつ、聞き覚えのある名前が出たことで、今日の帰り際にイライザと話していたことを思い出した。
※※※
「ところでイナホ。エリアボスと戦ってみて感想は?」
「喧嘩売ってんのか?ちなみに買うつもりはないぞ?」
「ばか。そうじゃなくて強さの話よ」
「ああ、そういうことね。そりゃ強かったよ。精神的なことを除けばもうちょっと楽にやれたかな?とは思うし。長兵衛よりも多分強かったかな」
「ふーん。当人にはわからないものなのかしら。客観的に見れば使徒の方がよっぽど厄介よ?あれを単独で倒せるルーキーなんて京都じゃそうは居ないわ。思いつくのはアオイか、タナカか、ピグマリのところのオイドンか。最近だとカイもあるかもしれないわね」
「誰だよタナカとピグマリにオイドンって。名前のギャップが気になるわ」
「アナタ本当に冒険者のこと知らないわね。ルーキーズ!!見てないの?」
「あんまり好きじゃないんだよ。人の生き死にをエンタメにされてる感じがして」
「そ。まあ別に良いけど。あの子達にはあなた達に足りてない一番大事なものを持ってるわ。気が向いたら調べてみなさい」
「見て見るけど、足りないものは今教えろよ」
「せっかちね。そういう男は大抵そうろ――」
「――やめとけ!」
※※※
とかなんとか。
足りてないものってなんだね。
「タナカさんですか。……この人ですね」
アオイが操作する画面に映し出されているのは金色のド派手な鎧兜を身に纏った男で、装備の派手さに比べると幾分地味というか、何度見たとしても覚えられなさそうな、印象の薄い顔だった。
「タナカに関してはスキル三つ埋めてるらしいし、まあ、アオイも個人オッズなら負けちゃうだろね」
「三つ?……ルーキーが何すりゃそんなにスキル持てんだよ」
ルーキーってデビューから三ヶ月以内だぜ?しかも、スキルストーンって希少種を倒せば必ず手に入るわけじゃないらしいし、ちょっと信じられない。
「二人も合計三つでしょ?一つはよく分かんないけどさ。要はそゆこと。一人に集めたの」
なるほど。確かにそれはそれで賢いやり方なのかもしれない。
初めのうちから一人に戦力を集中して一点突破で強敵を倒していくってことだろう。
「ついでに言うと、カイも二つだし、ピグマリも多分二つ。他は多分一つかな?そんな感じなので、まあキミらでも厳しいは厳しいよね」
「初めから楽だとは思っちゃないよ。凄いやつなんて沢山いるんだから」
「だね。ただ、下調べと対策は充分に練った上での話だけど、個人かパーティーどちらかに絞れば優勝も狙える位置だよ」
「……へぇ。心強いな。ちなみにクルリは出たの?【新人戦】」
「ん?出たよ。一人だったけど」
「結果は?」
「両方優勝」
「おいおい」
「競合がいなかっただけ。今回のメンツじゃ厳しかったと思うけどね。……まあ、多分いけるけど」
クルリは事も無げにそう言いながらテレビを付け、膝を抱えてコロンと転がりながら映し出しされた探索風景に視線を合わせた。
「……天才め。せめてドヤ顔くらいしろ」
コイツはきっと大言壮語なんて吐かないだろうから、多分ホントに出来ると思ったんだろうな。
そして、アオイがお茶を入れ直しに席を立ち、俺も何となくテレビを見ていると。
「ねえイナホ」
クルリは寝転がったまま、眠りかけた猫のように視線だけ寄越す。
「ん?どした?」
「……キミってやっぱり少し変な人だね」
「なんでそうなる。お前にだけは言われたかない」
自分のことは棚に上げてるし、俺のどの部分の事を言ってるんだか。
全く。よくわからないやつである。




