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6.クルリが家

「……ほえ?」


 イライザの訓練から帰宅した俺はリビングの扉を開けて口を半開きにした。


「おかえりイナホ。今日はカレーだって」


 そう言ったのは、まるでここの住人かのような自然な様子で食器を運ぶクルリだった。


「おう、知ってるぜ。って、いやいや。なんでクルリが食器運んでんのよ」


「ん?待ってるだけもアレだし。……かなぁ?」


 クルリは質問の意図が汲み取れなさそうに首を傾げる。


「うん。心掛けとしては偉いなぁと思うけどそうじゃなくてだな。そもそもなんで居るのかって聞いてんの」


「ありゃ、嫌だった?」


「嫌なわけねぇけど、ビックリしたって言いたいんだよ。……はぁ。まぁいいや。メール見て来たってことだろ?」


「そそ。僕の欲しいものじゃなかったんだけどね。メール返すの面倒になって直接来た」


「ああ、近所に居たってことね」


「うーん。大阪だからそんな近くでもないよ?」


「……うん。まぁ相変わらず掴み所がないってことでいいや」


 クルリとの話がうまく噛み合わないのは今に始まったことじゃないし、別に大した話でもない。

 そんなふうに思っていると。


「あ、今諦められた感じがした」


 クルリは飄々とそう言った。


 あら。もしかして傷ついたのか?


「もしかしてそういうの気にするタイプ?」


「全然しないタイプ」


「……だと思ったよ」

 

 そんなふうに、とぼけたクルリと雑談しているとキッチンの奥からアオイがひょこっと顔を出した。


「イナホさんお帰りなさーい」

「うん。ただいま。遅くなった」

「ううん。すぐに出来ますからお二人とも後は座っててください」


「「はーい」」


 返事がユニゾンしたクルリに『この家の子かよ!』と言いかけたけど、何となくツッコんだら負けのような気分になってしまったので、何となく憤りながらそのまま食卓についた。


※※※


「すごい。……こんなに普通の家カレー食べたのなんて久し振り」

「だろ?わかるよその気持ち。アオイの料理はカレーだけじゃなくて全部普通なんだぜ?」


 そう言いながら俺とクルリはガツガツと皿をカラッポにしていく。

 

「なんかそれ、多分褒められてないですよね?」


「あれ?褒めてんだけどな」


 俺がそう言うとクルリも横でウンウンと頷いていた。


「むぅ。……ならば良し。君たちもっと食べたまへよ」


 アオイの妙な命令にクルリは、「ふふ。尊大」と独り言のように突っ込んだ。


 まぁ、そんな感じで三人での食事は進みつつ交わした雑談中。


「ところであの【淀み】?。イナホが使うんでしょ?」


「あー。どうしようかな。クルリが欲しがるかもと思って、どっちが使うかは決めてないんだよ」


「あれ?私はてっきりイナホさんが使うものだと思ってましたよ?」


 俺の言葉にアオイはキョトンとした。


 しかし、次のクルリの言葉で俺たち二人はもっとキョトンとする羽目になった。


「僕もそう思ってたよ。だって今、イナホのスキルはゼロで()()()()()()()()()()()でしょ?新しいのもアオイが使うとバランス悪くならない?」


「「は?(え?)」」


「……あれ?……もしかして隠してた?……ごめん」


 クルリは乏しい表情の中に申し訳無さを滲ませて、俺とアオイは目を見合わせて『ナンノコッチャ』と首をかしげる。


「……いや、クルリ? アオイのスキルは長兵衛から手に入れた【破裂】だけだし、何にも隠してるつもりはないんだけど。 スキルが二つあるって話どっから出てきたよ」


 アオイもウンウンと頷いている。


「んんん? 誤魔化してるって感じも無いよね。……ありゃ。……ありゃりゃりゃ?」


 しかしクルリはあごに手を当てて考え込むような素振りで続ける。


「あのね。バラしちゃうけど、僕の片目はちょいと昔に潰れちゃって、なんだかんだで魔道具なんだよね。で、前にも言ったけど、どうしても見つけたいスキルがあったから、人のスキルがわかるようにしてもらったの」


 クルリは隣の俺にあっかんべーの時みたいに左の眼球を見せてくる。


「そんなこと出来んのかよ。……うーん。でも、見た目じゃわからんな」


「使った時にはわかると思うよ。そいでスキルが見えるって言っても鑑定所ほど詳しくはわかんないんだけどね。ボンヤリイメージが見える感じ」


 そう言ってからカレーの残りを頬張り、水を飲んでから続ける。


「そいで、僕らが初めてあった時、長兵衛の帰り道だと思うけど、その時にはすでにアオイは一つ持ってたから。【破裂】とそれで二個だと思うんだけど」



「……マジ?」「本当ですか?」


「マジマジ」


「すいません。疑ってるわけじゃないんですけど、信憑性というか、どのくらいの精度でわかるものなんですか?」


「スキルの内容に関しては『何となく精神的なパッシブっぽいアンド見たことない感じ』ってくらい曖昧だけど、スキルがあるかどうかに関しては確実かな?……少なくとも外れたことは無いし」


「……なんですと」


 どうやらクルリの言ってることがただの勘違いでは無さそうな様子にアオイはあ然としている。


 俺だって同じ気持ちだ。


「……やっぱり隠してたわけでも無いんだ。……変な話だね」


 もちろん隠してたなんてことは無いし、アオイが俺に黙っていたわけでもないだろう。


 じゃあ、知らない間に食べたってことか?


 いやいや。


 あの大きさの石を丸呑みにするなんてことを、知らない間にウッカリ出来るわけなんてない。


 眠っている間に誰かに呑まされるってのも多分ありえない訳だし。


 じゃあ、アオイは一体どのタイミングで?


「……アオイ。念の為に聞くけど、心当たりとか無いのか?」


 俺がそうやって聞くと、アオイは「……あら?」と首を傾げた。


「何か思い当たった?」


 しかし、アオイは首を振ってそれを否定する。


「ううん。なんか急に昔見た夢を思い出しただけです。『あれって現実だったかなぁ?夢だったかなぁ?……ああ、どう考えても完全に夢だったよ』パターンのやつでした。ややこしいタイミングですみません」

 

「なんじゃそら」


 まあ、たまにそういうことってあるから別にいいんだけども。


「原因がわからないままだと気持ち悪いけどスキルの内容も一度観てもらったら?パッシブなら使ってみて判断ってわけにもいかないしね。鑑定所に予約すれば大丈夫だよ」


「へぇ。それならそうすべきだな」

「ですね。近いうちに行ってみます」


 そうして食べ終わった皿を片付けていった。


 スキルがもう一つあるかもしれないという、思いも寄らない事実に驚いたのだけど、スキルであるならばそれほど悪くないんじゃないかと受け入れてしまうというか。


 いや。それは本来とてもおかしなことなのだけど。


 そもそも俺達にとってみればこの世界自体、突然ダンジョンが現れるなんていう納得のいかない疑問の上に成り立っているし、そのダンジョンすらも物理法則が通用しないような不可思議極まりない空間なわけで。


 何となくそういう事もあるのかもしれないという根拠のない納得の仕方をしてしまったんだと思う。

ブクマや評価、感想などとても励みになっています。いつもありがとうごぜえますだm(_ _)m

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