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5.君らが俺を知ってるし


 放送局からインタビューのオファーがあったのは【花屋の使徒】討伐後すぐのことだった。


 初めはもちろん出るつもりなんて全く無くて断っていたのだけど。


 何度も断ったのにアオイやヨーコの病室まで訪ねて来たり、どこで知ったのかイチカの店にも現れ始めたり。


 相手の腰は低かったし、何となくギリギリの節度は保っているようにも感じられてたわけで。


 『皆、イナホさんの声を聞きたがってるんですから一度だけでも』とか、『今より有名にしてみせます。恐らくスポンサー契約も舞い込んできます!』とか。


 俺があんまり目立つのが好きじゃないと知ると、『一度出ていただけたら皆それで満足しますから。京都版でも五分でまとめられるでしょうし、全国版の放送ではほんの少しの尺に出来ますから』とか、『何ならモザイクかけますか?』とか。


 まあ結局、『出来る』と『やる』には大きな違いがあったわけで、ディレクターの言葉で正しかったのは『有名にする』って所くらいだったんじゃないだろうか。


 そんな感じで、オギさんとのスポンサー契約を進めていたこともあって、出演すればいい宣伝になるかもしれないと思ってしまったり、周りに迷惑をかけているのが申し訳なくなってきたりで、若干半ギレになりながら、一度だけの出演ならばと承諾する運びとなった。




 そして本番当日。


 指定された小さなスタジオに入ると、俺を口説いたディレクターとカメラマン、あとは俺よりも若いADと屈強そうな警備員が二人スタンバっていた。


 そして、若くて金髪で三白眼の目つきの悪いADが身だしなみのチェックがてら話しかけてきたので「よろしくおねがいします」と挨拶する。


「こんちゃっす。俺、イナホさんのこの前の戦い、SNSで回ってきて初めて見たんすけど、……マジで痺れたッス」


「……お、おう。そうなんだ」


 不良っぽい見た目のADは少し頬を赤らめて照れくさそうに言い、正直戸惑った。


「俺、テレビ観て泣いたのなんて初めてっす。こんなこと俺が言うのも何なんすけど、マジ辛かったっすね。ホントお疲れ様っした」


 金髪のADはぶっきらぼうにそう言いながら少し会釈して、俺にマイクを取り付けていく。

 彼の右手は義手だったけど、指先の動きは繊細で、体温以外は生身と変わらない。


 身内以外からそんな好意的な目を向けられる機会がなかったので、どう対応していいかわからなかったりもするんだけど、少しだけ胸がジンとした。


「……良いやつだな。名前聞いてもいい?」


「ナラハシっす。イナホさんから良いやつとか言われてビビりますね。……感激っす」


「ナラハシね。あんまり褒められるの慣れてないからなんて言っていいかわかんないけど、まぁ、ありがとう。……感激っす」


「今の俺の真似っすか?酷えな。はは」


「馬鹿にしたわけじゃないからな?」


「それくらいわかりますよ。俺もこの現場初めてなんであれッスけど、何かあったら力になりますんで。んじゃ、そろそろっぽいんでよろしくお願いしまっす」


 ナラハシはそう言ってスカッと笑った。


 超イイヤツである。


 雨の日に不良が捨て猫を助ける的なギャップ話があるけど、それに近いものがあるというか。魅力的な人間だなぁと。

 

「はいよ」


 俺はナラハシに差し出された右手を握り返した。

 

 他のスタッフさんにも簡単な挨拶を済ませてから椅子に腰を掛けると、ディレクターは封筒を寄越してきた。


「お約束のギャランティーでーす。色付けてますから、ペラペラ喋ってもらっていいですからね。ははは」


「……はあ」


 俺はディレクターの態度に少々面食らっていた。


 出演交渉の時とは別人のようで、その時の心境を正しく表すなら、『あれ?俺とこの人っていつ友達になったっけ?……てか、馴れ馴れしいし、ちょっとイラつく?』という感じである。


 まぁ、一度限りのことだし、あまり気にしていても精神衛生上宜しくないと思い封筒をポケットに突っ込んだ。


 そしてインタビューは始まる。


 初めのうちの質問は、「ナタをメインで扱う冒険者は少ないですが、なぜそれを選ばれたのですか?」とか、「冒険者(クロウラー)になってまだ二ヶ月だというのに、二体ものボスを討伐されたわけですが〜〜」とか。


 当たり障りのない質問だったので、多少ドモリながらも普通に答えていった。


 それが次第に「アオイさんとお付き合いされてます?」とか、「でも、一緒に住まわれてるってことはそういうご関係ですよね?」とか、「病院関係者のお話では鍛冶師の女性とも親密だと伺いましたが〜〜」とか、明らかに脱線し始めてくる。


 俺は苛立ちながらも、何も恥じることはしてないわけだし、健全な関係であることを簡潔に述べるに留めた。


 ディレクターといえば、そんな俺の顔を見てスキを見つけた餓鬼のように嬉しさを滲ませて「コレは失礼。ではそろそろ皆さんが聞きたがっていることをお伺いしたいと思います」と仕切り直す。


 その時、俺は嫌な予感しかしなかった。そしてその予感は過不足なくオレの心を突き刺していく。


「今回の【花屋の使徒】ですが、実際に戦われたご感想はいかがですか?」


 これまでの嫌らしい言葉遣いではなく、淡々と、しかし意味深な表情で聞いてきた。


「……まあ、嫌な相手でしたね」


「なるほどなるほど、それはやはりアオイさんが負傷されたからですか?」


 ディレクターはトボけた顔で、わざと的はずれな推測を述べてみせる。


「……ええ。それはもちろんですが――」


 多分、初めから最後まで好意的に、或いは普通に質問してくれていれば、抵抗はあるものの答えられたと思う。こんな質問もあるだろうなと考えていたのだし。


 だけど、俺の言葉が詰まったのはディレクターの嬉しそうな顔が見えてしまったからだ。

 なにか、蜘蛛の糸に絡め取られていくような気持ち悪さを感じてしまった。


 するとディレクター。


「アオイさんが原因でないとすると……。やはり、ご友人を殺したからですか?」


「――――――!?」


「なるほどなるほど。やはりそうですか。では、率直に、タダスケさんを殺したときはどんなお気持ちでしたか?」


「………………」


「……あ、すみません。もしかして、ご友人というのがこちらの誤解ですかね?交友期間も長くありませんでしたし、一度、タダスケさんをモンスターの群れの中へと蹴り飛ばしたシーンも話題になっていましたしね。そもそもご友人ではなかったんですか?」


「…………おい」


「おっと、怒らないでください。ただ、そのような経緯もあると、中には結びつける人もいるんですね。一部では今回の討伐が『ただの殺人だー』なんて声も上がってるものですから。……そのあたりはどうお考えですかね?」


「………………」


「困ったな。……では改めてお聞きしますね。タダスケさん。つまり、【花屋の使徒】を殺したご感想は?」


「…………ふぅ」


 目をギラつかせてまくし立てたディレクターから視線を逸らして、俺は大きく息を吐いた。

 

 人は、時としてモンスター以上の陰湿な悪意で他者を殴りつけることがある。


 仕事という大義名分がある場合は尚更だ。


 自分はそういう役割なのだと、悪いのは自分ではないと目を瞑って、何かを傷つけることに盲目でいられる。


 これはきっと多かれ少なかれ誰もが持っているもので、つまりは俺もそうなのだろうけど。


 だけど、これはあんまりじゃないか?


「…………なあ」


 俺はポケットから取り出した封筒を取り出し、喜色満面のディレクターに思い切り投げつけた。


「うわぁ!?」


 ディレクターは大袈裟に飛び退き、「スイマセン!スイマセン!」と連呼し始める。


 その変わりようを見て違和感を憶えるが、煮えたぎる腹立たしさは消えることもない。


 万札が宙を舞う中、叫びたくなる声を押し殺して言った。


「……おまえ。こんなはした金で何でも買えると思うなよ?」

 

「……スイマセン!コレでも精一杯のお金なんです!」


「そんな話してねぇだろ。……笑いものにしたけりゃ勝手にしてりゃあいい。だけど、それ以上侮辱するなら覚悟しろよ?」


 謝罪するディレクターだが、態度とは裏腹に表情には何か余裕が見て取れた。


 そして、俺にしか聞こえないような小さな声で言った。


「どっちでもいいんだぜ?痛いのは嫌いだが、殴られればそれだけ高く売れるからな。どうせお前には殴れないだろうけど。へへへ」


 その時ようやく気がついたのだ。


 コレはコイツの演技で、テレビ的に面白いものを撮るつもりで俺を煽ったのだと。


 俺は自分の馬鹿さとコイツの薄汚さに苛立ち、我慢ならずに叫んだ。


「テメェ!クソみたいな仕事してても、せめて人間らしく生きろやクソボケッ!」


 ガシャン!


 俺はテーブルを踏み台にして、怒声に頬をピクつかせたディレクターに掴みかかった。


 しかし、それを予期していたのだろう警備兵たちがディレクターを守るように俺を引き剥がす。


「ひえっ!暴力はやめてください!」


 わざとらしい悲鳴を上げるディレクター。


「お前がやったのは暴力じゃないと思ってんのかよっ!」


 俺は取り押さえられながら叫ぶが、それを見たディレクターは嫌らしい笑みを浮かべた。


 しかし。


 「っへべぇっ!」


 その顔は、横から飛んできた樹脂製の拳に殴られてぶっ飛んでいった。


 周囲はあ然。俺も殴った張本人を見て目を丸くした。


「ちょ、おま、ナラハシ!何してんだよ!」


「いや、どう考えてもアレが悪いっしょ」


 顔を押さえて「歯が!俺の歯が!そいつらをつまみ出せ!」と泡を吹くディレクターを親指でクイッと指して平然と言ってのけた。


「気持ちは嬉しいけどよ」


「暴れ足りないなら付き合いますよ?」


 そう言ったナラハシは衝撃で外れた義手の人差し指を器用にはめ直す。


「アホか。今ので十分スカッとしたわ」


「そうすか。なら良かったっす」


 そして、俺たちは警備員に連れられてスタジオを後にした。


※※※


 その後、少しだけナラハシと話を。


「イナホさん。すんませんでした。あの(ディレクター)、局側じゃなくてフリーの制作なんすよ。一発当ててやろうとか考えてあんなことしたのかもしれねぇっす」


「テレビの事情はよくわかんねぇけど、今はナラハシのほうが心配だよ。相手が外様でも、撲ったら流石にお前はクビだよな?」


「はは。それはしゃあねえっす。よくあることなんで。それより今日の内容、あのDのことだからヤバイ編集カマしてきます。一応上に掛け合ってみますけど、正直俺の力じゃどうにも」


「よくあんのかよ。……俺のことは別にいいから自分の心配しててくれよ。気持ちだけで充分だし、いや、すでに手も出したわけだけど」


「アレは完全にあのDが悪いっす」


 悪びれる様子もなく肩をすくめたナラハシはすげぇ良いやつだけど、見た目通りのヤンキーだったことに妙な可笑しさを憶えつつ、今度飲みにでも行こうぜと言って別れた。


 

※※※


 そして実際に放送されたのは、あのディレクターの思惑通りに編集されたVTRだ。


 終始不機嫌な俺がインタビューに答え、金を投げつけて暴れだし殴りかかり、ナラハシが殴ったところまでキッチリ使われていた。


 俺を苛立たせるための質問はちゃっかりカットしているし、俺の受け答えも都合の悪い部分は切られているので、視聴者にはしっかり俺が悪者に見えていることだろう。


 ついでにこれまでの探索シーンから、鉄パイプを持ってタマジロウとにらみ合うシーンや、タダスケを蹴り飛ばしたシーンなどをつなぎ合わせたものだから効果は充分。


 俺は一躍有名になったと言うわけだ。もちろん悪い意味でだけども。


※※※


「あれ、酷くねぇか?喧嘩売ってきたのは向こうだぜ?」


「腹をたてるのはモチロンだけど、アナタがあそこでキレなかったら印象も違うと思うわよ?それに、相手はテレビなんだから、どう転んでも面白くなるようにあなたを料理したって話よ。そして、まんまと有名人。みんな大喜びね。だって、世間はいつだって悪役(ヒール)を求めてるんだから」


「……嬉しくねぇ」


「ふふ。アタシとしては面白くなってきたと思うし、あんまり気にすることは無いんじゃない?見る人が見ればアナタが悪くないことくらい判るわけだし」


「まあ、言うほど気にはしてねぇんだけどな」


 この先、時々は嫌な気持ちにはなるかもしれないけど知らない人にどう思われようがわりとどうでも良かったりする。


 ちなみにアオイとはこの放送を病室で一緒に見て、アイツは腹を抱えて大笑いして看護師さんに怒られたし、イチカと言えばクツクツと笑いながらも呆れつつ、多分心配もしてくれた。


 アオイやイチカやこの大オカマみたいに、そばにいる人達がそのままの自分をわかっていてくれるのなら、大した問題ではないと思えるわけで。


 だから俺にはなんの心配も要らなかったりする。


 つまり、今回の出来事はもしかしたら語る必要が無かったのかもしれないけど、強いて言えば、俺は結構恵まれていると自慢したかったのかもしれない。

 

「ふふ。いい顔してるわね。恋かしら?」

「はあ?いきなりなんの話だよ」

「……そろそろシャワー。……行く?」

「変な言い方すんな。普通に汗流しに行くけども」

「あらやだ。釣れないの」


 このオカマみたいに、テレビ放送の後でも彼らの態度は何ら変わりない。


 俺は人付き合いが少ないし得意な方でもないけど、だからこそ、まぁ、ありがたいと、大事にしなきゃなとつくづく思うわけで。


「はいはい。ちゃっちゃとシャワー行こうぜ」

「あん。置いてかないでよ〜」


 そうして今日の訓練は終了。


 念の為に言っておくと、イライザは男子用のシャワーを使っている。


 ……別に聞きたかないだろうけど。

読んでくださりありがとうございます!

なんやかんやで毎日更新気味ですが、難しい展開に差し掛かったらお休みしてしまうこともあると思いますので、そうなったらゴメンナサイと先に謝っておきます!

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