4.強くなるゲロの味
アオイが退院して数日。
アオイも俺も経過観察のために通院したり、イチカのところへ行ってアイテム類を捌いたり。
後は日頃の疲れを抜く意味でもノンビリと過ごして、思いつきでリバイバル映画のレイトショーを観に行ったりもした。
そうやって過ごしているうちに、アオイの体調は自分で言うようにすっかり良くなってきたようだし、俺の頬のガーゼも取ることが出来たので、そろそろダンジョン探索を再開しようかと話をしていたわけだが、ちょうどそんな折になって二つのメールが届いた。
一つはスキルストーンの鑑定結果が出たから取りに来てくれという話。
そしてもう一つはカミヤから『用事が終わったのでアオイに会って話をしたい』というもの。
俺はアオイに『一緒に行こうか』と言ったのだけど、『今日はイライザさんと約束があるでしょう?私は一人でも大丈夫ですよ。それに、実は少し気になっていることもありまして』と難しそうな顔をしてみせた。
その内容が気になって聞いてみたけど、『うーん。ちょっと不明瞭なことが多いので、色々とわかってから話します。多分そのほうが良いと思うので』と。
だから、『わかった。なんかあったらすぐ連絡な』とだけ言っておいた。
相手はあのカミヤだし、危ない目に遭うことなんてないだろうし。
ということがあったので今日は別行動である。一緒に家を出てそれぞれの目的地へと向かった。
で、俺は今、鑑定所でスキルストーンの説明と受け取りを済ませたところである。
スキルストーンが入れられた木箱と鑑定結果が書かれた鑑定書を手に適当なベンチに腰を掛けていた。
職員に説明を受けたものの、イマイチ理解できてなかったというか、ピンと来なかったというか。
鑑定書の内容はまず、【レアリティ☆☆】と書かれていた。
コレはまぁ解る。
レアリティは希少性や有用性を元に五段階に別れているらしく、つまり今回手に入れた物は下から数えて二番目。
ちなみにアオイの【破裂】は【レアリティ☆☆☆】でちょうど真ん中ということになる。
イチカの言を借りると『確かに高レアリティの方が優れたスキルが多いけど、別に低レアリティを主力にしてる攻略組だって居る。あくまでも評価だから、スキルを使いこなして探索に役立つのならそれでいい。元々は売買する時の基準価格を決めるために生まれた項目だし。気にするのは売りに出すときだけでいいから』
とのことである。
うん。だから星2だからって別に気にしてはいない。
問題はそのスキルの効果だ。
「……【淀み】ってなんだよ【淀み】って……」
鑑定書に書かれていたのは以下の一文。
【淀みを生み出す】
たったこれだけである。
全く想像が出来なかったので職員に使い方を聞いてみたのだけど。
『空気に魔力を混ぜ込んでヌタァーっとした感じにさせられそうですね。例えば走ってきた相手の足元に出せば、転ばせたり進行を妨げたり出来そうじゃないですかね?ヌタァーって』
その人もイマイチ理解してなさそうな、曖昧な返答が帰ってきたのである。
『なんかスイマセン。スキルストーンって解り易いものもあればコレみたいに用途がイマイチわからないものも結構あるんですよね。この間なんて、後ろから見たときだけ背中が大きく見えるってのがありましたし、攻撃時に効果音が出るってのもありました。【ズバッ】とか【ドゴォ】とか鳴るんですから、カッコいいような煩いような。そういうのに比べれば【淀み】はまだ使いみちもある方だということで【レアリティ☆☆】にしておきましたんで』
『……あ、ありがとうございます?……ん?』
ってなわけで、殆ど何もつかめないまま鑑定所をあとにしていた。
「……全然わかんねぇな。……取り敢えずアオイとクルリに報告しとくか」
アオイはもちろんパートナーだからだし、クルリには以前に鑑定結果だけでも教えてくれと言われていた。
何やら探してるスキルがあるらしく、【花屋の使徒】関連で見つけたこのスキルストーンにはその可能性があるとか何とか。
とは言っても、【花屋の使徒】の宝物庫から手に入っただけで、タダスケの身体から回収されたものではない。
つまり、クルリが探している物の可能性は極めて低いってことらしいんだけど、念の為に聞いておきたいそうだ。
そこまでして手に入れたいスキルってなんだろう。
あいつは何か目的があって動いてるって言ってたし、【花屋】がどうとかも言ってたけど、あんまり詮索するのもどうかって話だよな。
もっと仲良くなれたら自分から話してくれるかもしれないし。今はまぁいいや。
俺はアオイとクルリにメールを送り、荷物をカバンに詰め直してベンチを後にする。
このあとはイライザとの約束だ。
※※※
下鴨ダンジョン近くにある訓練場。
長兵衛戦を終えてしばらくしてからイライザの予定が合う日には近接格闘の訓練に付き合ってもらっている。普段ならアオイも一緒。
元々近接格闘はイライザに薦められた。
教えてもらえるところを探してみても、京都では競技としての格闘技ジムしか見つからず、流石に大阪まで通うわけにもいかなかったのでイライザに相談したのがキッカケだ。
初めはいいジムが見つかるまでという話だったのだけど、流石は元冒険者とでも言うべきか実践に繋がる教え方をしてくれるので、今さら他の所へは行き辛かったりする。
ついでに、イライザの【相談室】は京都市認定から外されたらしい。クレームが余りに多すぎて契約更新してもらえなかったのだ。
そりゃそうだよな。俺もクレーム入れて良いくらいだったし。
冒険者のことを考えてるのはヒシヒシと感じるのだけど、好きなようにやりすぎたわけで、ある意味自業自得である。
だから今はイチカも店を構える糺の森に新たな飲み屋を開店したところだ。
そんなわけで時間帯によっては前よりも自由がきくらしく、今日もまた俺の訓練に付き合ってもらっているわけだが……。
コイツ、すげぇ強いし厳しいんだわ。
「ほらまたガード下がってるわよ!?」
そう言ったイライザの三日月蹴りが俺の腹部を掠めていく。
「――あぶねっ!んなこと言いながらボディとかズルいぞ!」
イライザはなおも距離を詰め、刈り取るような後ろ回し蹴りがガードの上から叩き込まれてふっ飛ばされる。
しかし追撃は止まず、上下に打ち分けられた拳の雨を躱し、手で払い、それができない時には腕を畳んで受け止めるが、圧倒的なパワーの差でやはりふっ飛ばされてしまう。
「避けなさい!ダンジョンだったら百回死んでるんだから!」
「……くそっ、せめてコッチからも攻撃させろっ。――ぐはっ!」
イライザに組み付かれ、ミサイルのような膝蹴りが俺の腹部に突き刺さった。
もちろんガードをしているが、その衝撃は腕ごと腹にめり込む。
「何甘ったれてんの?アンタが生き残るためにやってるんでしょう?それともアタシにアザでもできたら責任とってくれるのかしら?」
「……ゴホッ。……それだけは無理」
四つん這いで咳き込む俺を見下ろすようにイライザの冷たい声が響いた。
「……お逝きなさい」
イライザは体格に似合わぬ身軽さでピョンと宙返りをして、その丸太のような膝裏で俺の首にギロチンを落としてきた。
ドシンッ!
イライザの全体重が乗った大技で建物全体が揺れる。
「――危ねえだろが!」
間一髪で転がるように回避に成功したけれど、マトモに喰らえば最低でもムチウチは覚悟しなければならなかっただろう。
「あら。今のは冗談じゃない。本気なら顔面にサッカーボールキックの一択よ」
柔らかな微笑みを浮かべるイライザ。今言ったことは多分本心だろうとは思う。
俺が避けることを見越してやったお遊び程度の大技だ。
「キツイ冗談にも程がある」
なんとか立ち上がる俺に、座ったままのイライザは手を出してきて「起こしてよ」と甘えてきたので手を差し伸べる。
「……ほい。……相変わらず重てぇな」
「貴方は相変わらず失礼ね。レディを敬いなさいよ」
「気にしてんなら痩せりゃ良いだろうに」
「……元々筋肉質なのよ。とりあえず休憩ね」
「おう。やっとか」
それぞれにタオルで汗を吹き、俺はイライザオススメのプロテインを飲む。
いやいや、ガチムチを目指してるわけじゃないんだよ?
イライザは俺の戦闘スタイルである回避や速さを落とさないよう考慮してくれていて、質のいい筋肉へと作り変えつつ、体重は大きく増やさないというコンセプトでメニューを選んでくれている。
その効果はすでに感じ始めているわけだけど、唯一にして最大の問題もある。
「……オェぇ。……やっぱ、ゲロと同じ味するよな。きっちり丁度同じ味」
「文句言ってないで早く飲みなさいよ。……今の顔見て思い出したわ。そういえば先週のルーキーズ見たわよ?」
「……オェぇ。嫌なこと思い出させないでくれよ。会う人皆に言われんだぜ?或いは避けられる」
「あら。あれはあれで私は面白かったわよ?まぁ、他の番組でも取り上げられてたから世間の人はあなたのことを完全に誤解したでしょうけどね。そればっかりはご愁傷様」
イライザはオーバーに肩をすくめてウインクをし、俺は大きくため息をつくしかなかった。
ルーキーズ!!のインタビューで何があったのか。
思い出すのも腹立たしいのだけど、このまま言わないわけにはいかないだろうから起こったことを簡単に話しておくことにする。




