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6、スキル持ちはサポーターに厳しい

「イライザさん。趣味に走ったとかないかな?」


 訓練場の端にある整備エリアで大鏡に映し出された自分を見てアオイさんが首を傾げている。

 ちなみにイライザとはあの大女(?)の名前だ。


「まあ、グローブにスタッズがついてるのは確信犯だよな」


「そもそもの釘バットの時点で作為が感じられるんですが」


「……悔しいけど、イライザグッジョブなんだよな」


 アオイさんの仕上がりは一言で言えば尖ってる。


 セーラー服はそのまま。編み上げの革のブーツは鉄板入りで、グローブのあちこちにパンクな鋲が散りばめられていた。


 太ももに巻かれたベルトにはサバイバルナイフが仕込まれており、頭部はゴーグル付きの耳あての付いたバイク用ヘルメットだ。


 そして最後に真っ赤な口紅が小悪魔感を醸し出している。


 完成したのはポップなセーラー愚連隊だ。

 チューインガムでも膨らませればアメコミに登場しても全く可笑しくない。


 イライザ曰く。


『新人は死にやすいから過激なのを求めた視聴者向けに深夜放送枠で取り扱われやすいの。逆手に取れば、可愛いくしてればファンも増えてスポンサーだって付きやすいんだから』


 ……だそうです。


 そして、その趣味は尖ってはいるけど悔しいくらいにアオイさんに似合ってて、とても可愛い。


「イナホさんも似合ってますよ?……特にそのハートマーク。世紀末感がすごい。……ププ」


 大鏡には見覚えの無い男が映っている。

 その頬にはいくら擦っても落ちない泣きぼくろの様なハートマークが刻まれていた。

 それを信じたくない俺は頭を抱えるが、鏡の男も同じように頭を抱えている。


 鏡に映るのは間違いなく俺だったのだ。


「……うぅ。イライザのやつ……化粧くらいなら断りにくいなと思ってたけど、これ完全にタトゥーじゃねーか!痛みを全く気づかせないだなんてどんな神業だよ!ちくしょー!」


「ププ。可愛いのに。……ハートさま」


「すぐに死んじゃうヤラレ役じゃん!……それに何で女子高生が北斗の拳知ってんのよ」


「小説だけじゃなくマンガも好きなんですよ。特に古いのが。……それより、ほんとに可愛いんだから良いじゃないですか。洋服もブーツもピッタリです」


 イライザの魔改造は頬の入れ墨だけにとどまらない。


 そもそもの失敗は武器選びだったのだろう。


 雑然とポリバケツに入れられた中から見つけたのはひたすらに丈夫そうな鉄パイプだった。


 他にも西洋風の剣や青龍刀、模造刀の様なものもあったのだけど、どれも素人目から見ても荒い作りで、ポッキリ折れるのが目に浮かぶような気がして命を預けるには頼りなく思えたのだ。


 別のポリバケツにスコップや斧、ハンマーなどの道具類が入れられており、その中にあったのが一本の鉄パイプだった。


 一般的な鉄パイプに比べればかなり肉厚で丈夫そうだが、それ以外に特筆する事はない。

 工業品のため強度にも一定の信頼がおけそうだし、先端を竹槍のようにカットしてグリップにテープでも巻けば使い勝手も良さそうに見えた。


 すると、イライザそれに見合う防具を見繕ってくれると言い出して……。


 鉄パイプにライダースジャケット、元々履いていた黒の細いジーンズにブーツ。

 そして極め付きにハートマークの泣きぼくろ。


「……世紀末やだよぉ〜」


「ほんとに可愛いんだけどな……」


 アオイさんは呟くようにそう言ったが、落ち込む俺に気を使ってるんだろうと推測できる。


 いい子だものね。


「さぁ、武器の手入れも出来ましたし、明日からの探索のために資料室へ行きましょう。……っと、ヒーちゃん!」


 アオイさんは鏡越しに誰かを見つけて手を振ると、一人の女の子がそれに答えて小さく手を振った。


「あ!アオイちゃん。何その格好すごくすごく可愛い!」


「えへへーん。イライザさんに魔改造されちった」


 ヒーちゃんと呼ばれた女の子はアオイさんと親しげに話している。

 知り合いかな?と考えてると、アオイさんが紹介してくれた。


「コチラはパーティーのイナホさんで、コチラは同室のヒーちゃんです」


「ど、どうもはじめまして。ヒラノヒナって言います。アオイちゃんとは同じ部屋になって、えーっと……。こんにちは!」


 男慣れしてない様な雰囲気で慌てて喋りペコリと頭を下げた。


「えーっと、こんにちはヒラノさん。はじめまして」


「あわわ、ヒラノさんだなんて恐縮です。出来ればヒナって呼んでください」


「お、おう。……ならヒナさんで」


「さ、さん付けなんて初めてです。でも、よろしくです。……イ、イナホさん」


 恥ずかしそうに下を向くヒナさん。背も小さくて童顔で、男の庇護欲をくすぐるような人だった。


「ふふ。イナホさん。ヒーちゃんはたまんないでしょう?」


 アオイさんや、何故君が自慢げなのだ?


※※※


 その後、資料室で明日からの探索エリアの情報をメモしながら、先程のヒナさんについて話していた。


「ヒーちゃんは演技じゃなく素なんです。天然モノなんですよ。たまんなくないですか?」


「たまんない?アオイさんは女の子にでも興味があるの?」

 

「うーん。多分恋愛感情とは違うと思いますよ。まぁ、そもそも恋愛感情というのも掴みかねてるのでなんとも言えないんですけどね。単純に女の子は男の人と違って怖くないし、可愛いものは可愛いでしょう?」


 逆で考えれば、三船敏郎は男の俺から見てもカッコいいとか、そういうことなのかな?


 それにしても、アオイさんの恋愛経験ってどれくらいなんだろうとか思ったけど、今聞くことでも無いかと思って胸にしまっておいた。


「……なるほどね」


「実は、ヒーちゃんとてもいい子だったからパーティーに誘えないかと思って探りを入れてみたんですけど」


「へぇ。まぁ、誰でもいいわけじゃないけど、人格的にやっていけそうな人ならいいんじゃない」


 能力的に優れていても、考え方や気が合わない相手に背中を預けることは気が引ける。

 少なくとも今はまだ冒険も始まっていないから尚更だ。


「それが、ヒーちゃんは先輩だから当たり前かもしれないけど、すでにパーティーを組んでたんですよね。しかも相手は初心者なのにスキル持ちっていう逸材らしいんです」


「へぇ。スキルってほんとにあるんだな。現実感が無くてスルーしてたけど」


「私もまだ理解できてないんですよね。石を食べると不思議な力が身につくなんて」


 スキルストーン。


 講習で聞いた話によると、モンスターを倒すとごく稀に入手できる宝石に似た石ころがあるらしい。

 それを経口摂取することで、ダンジョン内限定だがスキルや魔法を使えるようになるとのことだ。


 スキルは三つまで。それ以上取得するためにはデリートストーンというもので消去してからじゃないと無駄になってしまう。


 ちなみにどのような能力が身につくか素人には判断ができないらしく、鑑定屋に持っていく必要があり、売却されることもあるがかなりの高額で取引される。


 また、入手難度はかなり高いらしいので初心者には縁のない話だと講習で聞かされていたわけだ。


 つまりヒナさんのパーティーメンバーが初心者期間であるというのにスキルを持っているというのはかなりの例外だということで良いのだろう。


「せっかく資料室にいるんだし、アーカイブでスキル使ってる映像見てみようか」


「良いですね。認識の齟齬を埋めておかないとですもんね。ついでに一層の映像も見てみましょう」


※※※


 画面に映し出されたのは野外の草原。

 長い髪の毛が顔にかかった女の子が、宝玉の付いた杖を地面にトンと突き刺す。

 身体は華奢、インドア全開に見える風体の何処にそんな力があるのかわからない。


 彼女の前方からは1mはあろうかという十数体の羽虫が素早くジグザグに迫っていた。

 その羽虫は生々しくグロテスクで、鳥肌が立たずにはいられない。

 アオイさんも息を呑んで画面を見つめていた。


 彼女は宝石に集中し念を込めるように手をかざすと、宝石が光りはじめ、その光はどんどん強くなる。


 そして羽虫の鉤爪が彼女に触れようかという時、彼女は呟いた。


『光、じゃんじゃん五月雨さみだれろ。すごく槍っぽいやつで!』


 呪文にしては間の抜けた掛け声に合わせて、中空にいくつもの小さな魔法陣が浮かび上がる。


 そしてそれらが光ったかと思うと、テュン!テュン!という音と共にそれぞれの魔法陣から極細の光の槍が羽虫たちに降り注ぐ。


 決してヤワには見えない羽虫の羽や胴体をあっさり貫通して撃墜。彼らは地面に転がり身じろぎするしか無かった。


 しかし、直撃を避けた瀕死の一匹がフラフラと彼女に迫った――のだが。


『撃滅パーンチ』


 地面に刺さった杖をヒョイと天に持ち上げ、遠心力を使って振り下ろした。

スキルの名前でもなさそうだし、ましてやパンチでもない。

 おそらくはただの気分なんだろう。


 しかしその殴打は的確に羽虫の頭部を粉砕し、哀れな虫は緑の体液を散らして這いつくばった。


 そして彼女は『へっへん』と仁王立ちして満足気。しかし、その時ようやくドローンカメラの存在に気づいたらしく、引きつった顔を真っ赤に染めてフードをかぶり、『……うぅー、どっかいけ』と呻きながらモンスターの素材も剥がずに逃げ去っていった。


「……映画だな」


「……映画ですね」


 再生が終わって真っ暗になった画面を前に、アオイさんと二人で呆然としていた。


 この世界には魔法がある。


 その事実は、俺たちを打ちのめすには十分なのかもしれない。


 だって、ダンジョン内限定とはいえ人間が超常の力を手にするなんてもとの世界ではありえないことだ。

 しかも世間はそれを当然のものとして許容している。


 この世界は俺たちが知っている場所のようで、全く別の世界だと認識するには十分だった。


 それをわかりあえるのは今のところ隣で呆けている少女だけだ。


 おそらく彼女にとってもそうだろうと思い、声をかけた。


「……すごかったね」


 何の役にも立ちそうもない言葉だが、小さな共感でも救われる何かがあると思って言ったんだけど、満面の笑みと共に帰ってきたのは意外な言葉だった。


「……ですね。キュン死にするかと思いました。……カサネちゃんって言うんですって。……一気にファンになっちゃった」


「……お、おう」


 あかーん。この子全然違うこと考えてたわー。

こんなところまで読んでいただいてありがとうございます。

もしよろしければブクマなどしていただけますと跳び上がって喜びまふ。

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