1.アオイの退院と金勘定
診療所の自動ドアが開き、エレベーターへと向かう。
傷ついた冒険者や看護師達が織り成す独特な喧騒と、染み付いた消毒薬の匂いになんとなく懐かしいものを感じながらアオイの待つ病室へと向かう。
そうです。今日はアオイの退院の日なわけで。
【花屋の使徒】、つまりタダスケに襲われた傷は流血量の割に深くなかったのだけど、頭を強く打っていたことから精密検査や経過観察が必要だったので退院までに少し時間がかかったのだ。
結果は問題なし。
ちなみに俺の傷も完治とまでは言えないけど大分良くなっていて、食い千切られた頬の再生治療のために時々通院しなければいけない程度だ。
そんなわけで俺の頬には大きなガーゼが貼られたままだったりする。
薬の副作用みたいなものだと思うけど、この薬、すげぇ痒いんだぜ?
まぁ、そうこうしてるうちにアオイの病室が近づいてきて、開いたままの扉から聞き慣れた声と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『いえ、私達はそういう関係じゃ……』
『あら、そうなの?でもそのほうがいいわ。あなたも可愛いけど、もうひとりはオッパイがあれでしょ?男の人はみんな好きでしょ。あなたも意外と大きいけど線が細いから触り心地じゃ敵わないし、本妻の赤毛の子はちょっと美人すぎるもの。まあ、オバサンはあなたみたいな気立てのいい子が良いと思うんだけどね。男ってああいうキレイな人が好きなのよ』
『いえ、その人も別にそういうわけじゃないと……』
困ったようなアオイの声。
俺はもう一人の声に呆れと苛立ちを感じながら扉に手をかけた。
「おいコラ師長。いい加減裁判起こすぞ?」
俺の退院の時にもさんざん失礼な憶測を語った張本人である。
「あらやだ。……聞こえてました?」
師長は目をパチクリさせておどけたように俺を見た。
師長の中ではイチカやアオイだけでなく、ヨーコまで俺の恋人か何かだと思っているのなら、全くひどい誤解というか、凄まじい妄想力である。
まぁ、看護師としてはテキパキとしていて文句のつけようのない人なんだけどね。
「まったく。それが冗談だとしても面白いの師長だけだからな?」
俺は呆れながらそう言った。
勝手な発言に対する腹立たしさとは別に、『こういう人だからしゃあねぇな』みたいな諦めと妙な愛嬌みたいなものまで感じ始めているのだから、慣れというのはすごい。
病院に世話になる機会が多すぎるせいだろうな。
……まったく。
師長はアオイの荷物が詰まった紙袋を俺に差し出しながらにこやかに笑う。
「うふふふふ。……じゃあ、またのご来院をお待ちしてますー」
こいつ。わざと言ってるんじゃないだろうか。
※※※
「おつかれさん。体調はどうよ?」
「全く問題なしです。何なら今からでも潜れますよ?」
そう言って力こぶを見せるようなポーズ。
「あほか。どうせ戦後処理もちょいと残ってんだ。焦ることも無いんだし折角だからちょっとゆっくりしとけ」
「むぅ。私も一緒にやります」
「別に大したことじゃねぇから。言うこと聞きなさい」
アオイは口を尖らせて「じゃあご飯だけでも……」と抵抗してきたけど、「アオイちん」と言ってジットリ見つめると、「むぅ」と一応は納得してくれたらしいが、一応経過報告をしておくことにした。
※※※
そもそも戦後処理と言ってもアオイが入院している間に済ませていたので大したことは残っていなかった。
俺は初めにギルドでクルリに勧められた【ドローン裁定】を申請して、【宝物庫】から回収してもらった戦利品の大まかな査定と共に適切な報酬分配を算出してもらった。
裁定方法は様々な形があったのだけど、今回はざっくりとしたパーティー単位での算定に留めた。
元々参考程度に活用するつもりだったし、細かい評価を出せばそれだけ時間もお金もかかるわけだし。
まぁ、かかる手間と時間によってギルドへ支払う金額に差はあれど、仲間同士で諍いが起こることに比べればいずれも安い金額と言えるのだろうけど。
で、肝心の内訳。
まず、アイテム・装備類の簡易査定の結果、約226万円分の価値と認められ、現金約594万円と合わせると今回の収入はスキルストーンを除いて約820万円となる。
【ドローン裁定】によるとカイのパーティーに180万円。スキルストーンを含めた残りの金額がヨーコを含めた俺たちの取り分と算出された。
本体である【花屋の使徒】は俺たちパーティー単独での撃破だからそのような計算になったのだろうけど、元々俺たち全員が報酬目当てではなかったのだし、降って湧いたお金でもある。
なにより、命を救ってもらった報酬としては何となく少ないように思えた。
わかりやすく等分にするのがしっくりきたので、ギルドが運営する冒険者専用の銀行のオッサン宛にアプリで410万円をメッセージ付きで振り込んだ。
すぐにオッサンから電話が来て『多すぎる。計算が合わないだろう』と言われたけど、『命を助けられた値段だとすれば安すぎる。ちょっと宝くじが当たったと思ってよ』と何とか納得してもらった。
ヨーコにも等分の137万円を振り込んだのだが、これはすぐに『頼んだのはこっちだし、受け取る資格もない』とメッセージ付きで送り返されてしまった。
そんな理由でひとまず俺の手元にあるわけだけど、今日か明日あたりに病院に直接持っていこうと思っている。
で、俺たちの手元に残ったのは諸費用を計算に入れず、現金が47万円と226万円分のアイテムとなった。
もしかしたら少なく感じるのかもしれないが、アイテム類に関してはあくまで評価額である。
目録には薬品やポーション類、ダンジョン専用アイテムなども多数含まれていたのだけど、これらは使用可能か否かが不鮮明のために評価額は低く算出されているらしい。
よく考えれば薬にも使用期限や保存方法なんてのもあるもんな。
宝物庫とは元々、冒険者達の遺品を含め、そのエリアで遺失されたものが集められる場所と考えられているらしいわけで。
そんな所にあるアイテムなんて何時誰が持っていたものかわからないし、どのように扱われていたものかもわからない。
つまり品質鑑定を通さなければ使えるかどうかもわからない訳だ。
それをするにもお金は掛かるし、安いものであれば新品を買ったほうが良いものもある。
だからまずは品質鑑定にかけるものを選別してからスキルストーンと共に鑑定所に預けてきたわけだ。
結局何が言いたいかといえば、……愚痴が言いたい。
ウソウソ。冗談です。
面倒なら手間賃を払ってギルドに頼めば良かったんだけど、イチカが『一回くらいはやっとけ。慣れれば簡単だし、儲けも変わってくる』と言いながら手伝ってくれた。
武器防具類の売却もイチカ経由で頼んだし、イチカに十分な報酬を支払ってもなんだかんだ額面上の金額よりも多くなりそうだった。
そんな感じで、残された戦後処理はヨーコへの報酬を手渡し、鑑定所にアイテムを取りに行き、イチカ先輩に売却先を紹介してもらう程度だ。
「という感じで楽勝なので、今日くらいはマジでゆっくりしたまえ」
「はーい。じゃあお言葉に甘えて本の続きでも読んでおきます」
「よろしい」
入院中、アオイのリクエストを聞いて何冊かの本をお見舞いがてら渡していたので、その中のどれかを読むのだろうな。
とか考えていると、
「そういえばイナホさん。【ルーキーズ!!】の取材はどうだったんですか?」
アオイは覗き込むようして、出来れば聞かれたくなかった話を振ってきた。
「……あ、えーと。まあ。……何とか終わったよ。うん。そりゃもうすっかり」
「あ、何かあった顔だ」
アオイは嬉しそうにニヤついてそう言ったが、
「……知らん知らん。もう忘れたわい」
と言って無理矢理に誤魔化しておいた。
まぁ、それで誤魔化せたはずもなく、嫌でも多くの人たちに知られてしまうことになるのだけど、それはほんの少しだけ先のお話。




