断章 少女の夢。誰が咲かせた花なのか。
ヌルリと三章開始しますー。
アオイ視点の昔のお話です。
学校からの帰り道。橋の上に差し掛かる。
学年が上がったことで、ほんの少しの期待と大きすぎる不安をいだきつつ。
結局いつもの私どおり積極的に誰かに声をかけるわけでも無く、また、誰かに声をかけられるでもなく、別の世界で起きている出来事を私というレンズを通して覗いていたような感じ。
クラスで着々と築かれていく取り敢えず的でインスタントな人間関係に魅力を感じられないクセに、ちゃっかり誰かの会話に聞き耳を立ててその人がどんな人かを知りたがる。興味だけは一人前。
つまりは多分、私はビビりなんだと思う。
人との関わり方にビビりになってしまったのだと思う。
本当のことを言うと気の合う人と適当なお喋りもしたいし、お菓子だって食べたいし、相手の心を理解しようと頭を悩ませたいし、背中が痒ければ掻いてあげたいし、鼻毛が出てたら抜いてあげたい。
だけど、相手がそれを望んでいるかは別の話で。別の話だと知ってしまったわけで。
「……はぁ。多分考えすぎなんだ。……よしっ」
ため息とともにモヤモヤした思考を吐き出して、私も大好きな【おはなしして子ちゃん】を休み時間中ずっと読んでいるあの子に声をかけてみようと覚悟を決めた。
――その時。
「――ふあっ」
私の覚悟に応えるかの如く吹き付けてきた突風に晒されて、私は慌ててスカートを抑える。
そして目にした風景。
川沿いに並んだ桜の木から薄ピンクの花びら達が舞い上げられて、それはまるで吹雪のように私を撫で去っていった。
「……すご。これぞ桜吹雪」
何だかそれだけで嬉しくなって、ほんの少しだけ遠回りして帰ることにした。
※※※
本屋さんの前だけゆっくり歩く。
チラッと見るガラス越しの眠たそうな顔。
でも、中に入るのは恥ずかしいというか、妙なところだけカンの良いあの人だから見透かされるような気がするし。
いかにも偶然バイト先の前を通って、何となく中を見ただけを装って、……凝視。
今日も寝癖がついてますね。うしし。
と、思っていたら、遠野さんは視線に気付いたのか急にコチラへ振り向いた。
「――!?」
慌てた私は目を逸らして、何も気付かないフリをして早歩きで本屋さんの前を通り過ぎる。
見られた!?見てたのを気付かれた!?
目を逸らしてしまった気まずさと恥ずかしさを自覚するたびに早まる鼓動。
――やってしまった!やっちゃったぞ私!?
きっとあの人のことだから、目があったのに私が無視して逃げたとか思いそうだぞ!?
もしくは、私のことなんて全然気付いてなかったかもしれないけど、それはそれでなんか悔しい。ちがう、寂しいかな?もうなんだかわかんないけど、とにかくやっぱり恥ずかしさが一番だ。
ひとしきり歩いてきた私は適当なフェンスにもたれかかり大きく息を吐く。
「……はぁ。……何してんだろ」
さっきまであんなに嬉しかったのに、一気に現実に引き戻された気分だ。
女心と秋の空なんて言うけれど、振り回されて一番困るのは周りじゃなくて多分私自身だったりする。
「……はぁ」
やりきれない気持ちをため息で追い出そうとしたその時、ふと声をかけられた。
「――お嬢さん。何かありましたか?」
振り向くと、そこに居たのはジェントルマン。
何がジェントルマンかというと、何となくイタリアとかフランスっぽい少し奇抜な洋服に素敵な帽子をかぶっていたから。
だからといってただ奇抜なわけじゃなくって、品があるというか、落ち着いて見えるところが特にジェントルマンっぽい。
「……いえ、特に何も」
「そうか。それならいいんだが」
おじさんは優しく微笑んだ。
そうだ。ふいに答えただけだけど、特になんてことは無かった。
桜がキレイで、嬉しくなって、あの人の顔をちょっと見てやろうと思って。
ただそれだけなのだから。
私が感じている程の何かが起きたわけでもなければ、これから何かが起きるわけでもない。
他人から見ればきっと微笑ましさすら物足りない私だけの物語に過ぎなくて、それで良いやと思いながら、それではあんまりに悲しい。
どこにもやりようの無い矛盾だらけの気持ちが、恐らく顔に出てしまったのだろう。
「……悩みごとかい?」
「あ、……えっと、……いえ。……すいません」
おじさんは多分普通に心配してくれたのに、少し怖いと思ってしまった。
多分これは自意識過剰。
こんなに人通りのあるところで変なことなんてしないだろうし、何よりこの人はそういう感じではない。
そんな考えを少し申し訳ないと思いながらも、立ち去ろうかとフェンスから離れると、
「後ろを見てごらん?」
「え?」
そう言われて振り返って見ると、フェンスの向こうにはガラス張りの温室があり、その中には青い花がたくさん。目を凝らして見てみると。
「青いバラ?こんなにたくさん?」
私は目を見開いてそれを眺めた。テレビか何かで見たことはあったけど、実際に目にしたのは初めてだったし、溢れんばかりの数は圧巻の一言だ。
「その様子だと知ってそうだね。昔は青いバラを作ることは不可能とされていて、当時の花言葉はそのまま【不可能】とされていたんだよ」
「へぇ。そうなんですね」
「だけど、みんな憧れたんだ。生まれ得ない青いバラに。……そしてその熱が力となって、研究者たちは長い年月を費やしてついに青いバラを生み出した。今では普通に買うことも出来るし、こうやって育てることも出来るようになったんだ。ここまでは知ってるかな?」
「はい。何となくですが聞いたことがあります」
「うん。つまり、憧れが不可能を可能にした実例だ。そして、少し素敵な余談があってね。青いバラの元の花言葉は【不可能】だったわけだけど、最近では、【夢は叶う】に変わったんだ」
「……あ」
話をそこまで聞いてようやく、おじさんが私を元気付けてくれようとしているのだと気がついた。
「はは。少しキザだったね。そういう年頃なんだから大いに悩むと良いよ。ちょっと待っててくれるかな」
「え、あ、……はい」
足か腰が悪いのか、僅かに右へ傾いた独特な姿勢で温室へと向かい、1分と経たないうちに戻ってきた。
右手に植木用のハサミを、左手には一輪の蕾んだままの青いバラを持って。
そして、ハサミをポケットにしまい、バラを差し出した。
「お待たせ。記念にこれを貰っておくれ」
「え、いや、そんな大事なもの貰えません。悪いですから」
私は阿呆みたいに手をバタバタと振るが、おじさんは笑ってそれを否定する。
「花屋なんてのはね、元々無くても困らないような仕事なんだ。それなのに、何故未だに廃れてないかわかるかい?」
突然の質問に、咄嗟に頭を捻らせる。
「……えっと、無くても困らなくても、あれば生活が彩られて。それこそ人生が華やぐ。……とか?」
「ふふ。それも正解だね。でも、今、この場で最もふさわしい答えは――」
おじさんの言葉に惹きつけられて、私は息を呑む。
「――悩める乙女には花が一番似合うから。……なんていうのはどう?」
おじさんはウインクをして、私の手に切り花を渡してくれた。
私は思わず――
「……ぶふっ!」
吹き出してしまった。
「……す、すいませんっ。馬鹿にしたわけじゃないんですよ!?ちょっと思ったより決まってて、映画みたいだなと思いまして、本当失礼ですいません!」
しかしおじさんは、
「ふふ。笑ってくれるのが一番だから気にすることはないさ」
「そう言ってくれると助かります。でも、おかげで元気になった気がします。お花も、せっかくなので遠慮しません。へへ」
私はさっきの続きみたいに笑って言った。
「ああ。きっと君なら素晴らしい花を咲かせてくれるだろうね。さあ、元気になったのならお行きなさい」
「はい。ありがとうございました」
おじさんは笑って手を振ってくれた。私も手を振り、その場をあとにした。
※※※
青いバラは花瓶に挿してベッド際の窓辺に置いた。
それを見ていると不思議と勇気が出てくるような気がして、もし、今度遠野さんに会ったときには、少しだけ、ほんの少しだけでも頑張ってみようと思った。
もしかしたら、そんなことを思えているのは今だけかもしれないけれど、今までそんなことすら思いつかなかった自分からしてみれば大きな進歩だ。
そんな気持ちにさせてくれた偶然の出会いと親切が嬉しくて、これから咲いてくれるであろう青い蕾の側で本でも読めばさぞ楽しいだろうと浮かれた私は、制服から着替えるタイミングを逃したまま、今日は仕事で遅くなると言っていた両親に邪魔をされることもなく、ご飯のこともすっかり忘れたまま、ベッドの上で窓辺にもたれ掛かってドップリと本を読んでいた。
読んでいたはずだった。
だけど、私の髪の毛にサワサワと何かが触れたような気がして何気なく振り返ると、貰って来た青いバラがグングンと今もなお伸びていて、その勢いは止むことはなく、最終的には一軒の家ほどの大きさにまで成長した。
『結構成長するの早いな』
私は靴を脱ぎ捨てて、大きなイバラの周りを観察しながら歩く。周りはいつの間にか真っ黒な空間になっているけど、視界はハッキリとしていた。
すると、イバラの各所についていた大量の青い蕾がどんどんと開いていき、あっという間に満開。濃厚な甘い香りが充満し、顔を近づけてその匂いを嗅いでいると。
『きゃ』
突風がスカートを捲りあげようと暴れるのを抑え込み、なんとか堪えて顔を上げたとき、目にした景色は青いバラの吹雪だった。
『すご、これぞバラ吹雪。……バラ吹雪って、……なんだ?』
疑念を持った途端花びらは消失し、イバラも灰になって風化していたらしい。
私はこのあたりで何となく気が付く。
『ははーん。さては私、寝落ちしたな』と。
しかし、その夢はまだ続く。
イバラが消えた真ん中あたりに元の花瓶に入ったバラが一輪あって、しかしその花弁の変わりに小さな実が成っていた。
『ローズヒップ。美味しいのかな?』
その実をもぎり取ると途端に石のように形が変わってしまったけど、夢の中なのを良いことに遠慮なくそれにかぶりつく。
意外に甘い。ジューシー。
『さらに芳醇。そしてなんかラグジュアリー』
……ラグジュアリーってなんとなく下着っぽい響きなんだよな。
とか考えたら、下着姿になってるのが夢の恐ろしいところで。
しかも、その下着姿を遠野さんに見られるのだから恥ずかしくってしょうがない。
これはだめだ。夢に出てくれたのは嬉しいけれど、ある意味これは悪夢だ。
近づいてきた遠野さんは茹でたカニの爪を両手に持って微笑み、キザったらしく言った。
『悩める乙女には蟹工船が一番似合うぜ?』
そしてようやく目が覚めた。
とてもいい天気だった。
もちろん夢の内容なんてほとんど忘れてしまったけど、なんだか凄く恥ずかしい感覚だけが心に残っていた。
多分変な夢見たんだけどなーと思い出そうとしてみたし、いつもだったら思い出すまで精一杯考えるはずだったんだけど……。
その日。夢よりも余程突拍子もない夢みたいなことが起こってしまって考えることも忘れてしまった。
だって、すっかり世界がすげ変わってしまっていたのだから。
ダンジョンのある世界に。
ボチボチ再開しようと思うのですが、はじめのうちは投稿ペースを探りながら進めていきつつ安定した周期を見極めたら曜日を決めて連載出来れば良いなと考えております!
楽しいお話を書けるようにがんばりますよ!




