23.歓声、そして治療院
そして、地上への帰路。
歩けないヨーコはタマジロウに担がれ、未だ目を覚まさないアオイは無理を押して俺が担いだ。
六人中三人が負傷者という悪条件。
誰かが無理をしないと戦闘にかなりの支障が出る。
無理を通したところで、大きな盾と戦斧を持ったオッサンとリバーズエッジの濫用によって玉のような汗を浮かべているカイを中心に切り抜けねばならなかった。
幸いタマジロウはクロスボウの扱いに長けており、急襲されてもヨーコを担いだままでもそれなりに戦闘参加出来るのだから器用なものだった。
そんな状況だったので【空色の壁】は迂回して進み、時間をかけながら二層へ到達。
そして、【門番】たちは総力戦で切り抜けた。
それぞれに多少の傷を負ったけれど、二層の中盤辺りでオッサンと知り合いだという野良パーティーと遭遇し、彼らは親切にも一層への門まで送り届けてくれた。
オッサンの人徳の賜物だろう。
俺はオッサンに心からの感謝を告げたが。
「今度別の誰かが困ってたら、そいつに返してやってくれ」
そう言って、またしてもブサイクでチャーミングなウインクをかまされた。
俺が女だったら惚れてる案件だったぜ。
そして、一層の本道に入った時隣を歩いていたタマジロウにも感謝を述べる。
すると。
「まぁアレだ。……あの時は初めて組んだパーティーが全滅喰らって苛立ってたからよ。そいつとチャラにしようぜ。……あ、いや、ちょっと待った」
「耳を貸せ」と言われて近くによると、彼の背中でグッスリ眠るヨーコを親指で指して。
『アオイちゃんも隠れ巨乳だと思ってたが、このネエチャンは弩級だな。もう、なんつうか、背中がずっと幸せでよ、地上に上がるのが名残惜しいっつうか。……その、飯とかさ、お茶とかさ、……なんかうまいことやってくれよ。それでチャラとか。いや、借りにしてくれても良いしさ、……どうだ?』
つまり、紹介しろということらしいのだが。
「タマジロウも前にパーティー組んだことあるんじゃないの?それくらいは自分で誘えよ」
「お、お前。パーティー組んだだけで飯誘うとかどんなリア充だよ!」
何という童貞気質!
「あー。じゃあ、どうせ入院することになるだろうし、まずは見舞いにでも行ってみれば?」
「おいイナホ、天才かよ……!マジでホストとか出来んじゃね?」
「ぷっ。何その中学生男子みたいな発想」
見舞いを提案しただけで女心マスターみたいな扱いはあまりに大げさである。
やはりこの上ない童貞気質……!
「笑うなリア充!」
そんなこんなでケラケラと男同士のバカな話をしながら、今回は途中で意識が途切れることもなく地上へと上がっていく。
そして、入口の外に広がる光景に瞑目した。
――大勢の観衆が俺達の顔を見るや『おおおおおおおおおお!!』と沸きたったのだ。
『お前ら良くやったぞ!』
誰かの声を皮切りに。
『おかえり爆殺!』『アオイちゃーん!』『おもろかったぞ!』『また頼む』『おかえり!』『カイさーん!』『痺れたぜっ!』『『ハートさまぁ!』『イナホ〜!』『よっタマジロウ!』『このいぶし銀ハゲ!』『おかえり!』
――とにかく騒々しくて、聞き取れたのはこのくらい。
そんな光景を露程も予想していなかった俺はたじろいで立ちすくんだ。
ちなみに俺を呼ぶ声はどれも野太い男どもの声。まさか自分が注目されることになるとは思いもよらなかった。
それでもやはり誰かに認められるというのは正直に言って心が震えた。
あとはタダスケに関する心無いヤジも多少聞こえたけれど、オッサンは『気にするなよ』と背中をバンバンと叩いてきて痛かった。
その罪は俺が一番わかっていることだし、知らない奴らに言われる筋合いはないとあまり気にもならなかった。
観衆の中にはツバメとヒナさんの姿もチラッと見えたが、カイには気付かれなかったらしい。
で、キザったらしく観衆に応えるカイや、堂々と手を上げるオッサン、『うおおぉぉぉ!』とか言ってるタマジロウを横目にして、俺は手を上げるのとかは小っ恥ずかしくて会釈だけして治療院への道を進む。
するとそこには目を真っ赤にしたイチカが腕を組んで立っていて、ジトッと睨みつけてきた。
近寄って「ただいま」と声をかけると、俺の胸をゲンコツでかなり強めに殴ってきたあと、アオイを寄越せってジェスチャー。
言われたとおりに降ろすとイチカは俺の代わりにアオイを背負って歩きだす。
で、歓声が五月蝿くてほとんど聞こえなかったけど、多分「……おかえり」と言ったのだと思う。
そして、治療院に着き、それぞれに診てもらった。
一番心配だったアオイは精密検査を受けることになったけど心配はないとのこと。
本当に良かった。
ヨーコは重体だがこちらも後遺症が残るようなものではないらしい。
俺はというと、頬肉の再生治療や脇腹に開いた穴や数々の裂傷と課題こそ多いけど、まあ大丈夫だ。
で、俺は早急に済ませるべき気の進まない用事のために治療を抜け出して帰ろうとしているカイに声をかけた。
「……今回は助かった。……感謝してる」
するとカイは、
「ふんっ。お前が死にかけてて助かった。これでチャラだ。ようやく清々した。……じゃ、もう関わることも無いだろうよ」
そう言って立ち去っていった。
「……相変わらずクソ憎たらしいな」
だけど、アイツが来てくれなかったら間違いなく終わってたわけで。
まあ、それでもやっぱり感謝してる。
※※※
俺も結局入院することになった。
その日の治療はとりあえず済んで病室のベッドで考え事をしていた時、病室の扉がノックされる。
イチカだった。
睨まれ、その後は目も合わせずに不貞腐れたような顔で椅子に腰かける。
しばらく無言。何かを言おうとしては口をつぐんで言いにくそうにしていたので、「どした?」と聞いてみると。
「……なぁイナホ。……あまり無茶するなよ」
下を向いたまま拗ねたようにそう言った。
……なにそれ。コイツの柄じゃない。
「あん?お前がしおらしいと気持ち悪いけど。……アオイの飯食い損なっていじけてんのか?」
思ったことを正直に。ついでにいつもみたいに茶化してやろうと思って言うと。
「…………ざけんな。こっちは真面目に言ってんだよ!」
またギロリと睨まれて、『ああ、これはマジで怒ってるな』と気付く。
いつも怒りっぽいイチカだけど、どうやらいつものソレではないらしく、俺はゆっくりと息を吐いて「……どういうこと?」と真面目に聞き返すと、溜まっていたものを吐き出すみたいに泣きそうに、叱りつけるように言った。
「お前は口で慎重だとか言っておきながら誰かが関わると全然だ!全ッ然!人に対して甘すぎるし、もっと自分の価値を、アオイの価値を大事にしろよ!私にとってはお前らがっ――」
そこまでを一気に言うと、急にピタリと動きを止める。
「……で?続き何?」
するとイチカはギロリと睨んできて、
「…………なんでもない。別に好きにすればいいんだ」
と独り言みたく言って席を立った。
「おい。なんだよ急に来て。すぐに帰りすぎだろうが」
「うるさいなっ阿呆っ!」
「……えぇ〜」
小学生みたいな悪口になんとも言えない気分になるが、去り際のイチカは思い出したように付け加えた。
「……アオイ、目ぇ覚めたし」
そしてイチカは本当に去っていった。
「心配してくれたって事でいいのかね」
俺はベッドから降りて、アオイの病室へと向かった。




