21.タダスケとの戦闘で結構な葛藤
『いなほくんククンプ。ぼくガガガガガガガガガッ!えりあぼすに、されレレッ!レレッ!ちゃアアアアアアったァァァァ』
壊れたレコーダーのように嘆き叫んだのは、間違いなくあのタダスケだった。
骸骨のように痩せ細り、目は深紅に染まり、胸には確かに大きな梅干しの種子みたいなものが埋め込まれ、泣きそうな、怒り狂ったような、寂しそうな、悔しそうな顔で、目をひん剥いて、涙の代わりに唾液をまき散らして叫んだのだ。
全身が凍り付くのを感じながら、残された一粒の希望を探すように口を開く。
「……帰ろう。……だって俺たち、……お前の事、迎えに来たんだぜ?」
絞りだした言葉は滑稽な祈りの言葉。
そんなことは叶わないと判っているのに、悪い夢であってほしいと、勘違いであってほしいと願って零れ出ただけの、場違いで意味のない言葉だった。
その言葉に答えるかの如くタダスケの体は大きく身震いしたかと思うと、ゆっくりと右に傾けてから、「ケタタッ!ゥルタタタッ!」と笑う。
そして今度は、歯を食いしばって鬼のような顔を浮かべ、絶対的な何かに抗うようにして、叫んだ。
『ゲぼくを!ウン殺ニしてっくれイヨッッッッッ!』
――その悲痛な叫びをキッカケにタダスケの体に決定的な変異をもたらした。
体を縮めたタダスケの背中を突き破るように、幾本かのツタがドウっと生えてきたのだ。
『ィッ!……痛い痛い痛い痛いィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!』
それは一気に天井まで届いたかと思うとブワッと広がり、鋭利な槍のように各々が急激にある一点へと収束していく。
「――アオイッ!」
反射的に駆け出していた俺はアオイに迫るツタを横薙ぎにまとめて切り払った。
『ひぎぃ!……痛いいいいぃぃぃぃぃぃ!』
ツタにも痛覚があるみたいに泣き叫ぶタダスケ。
俺がそれに気を取られた一瞬。ツタはシュルシュルと纏まり太い鞭となって俺に襲い掛かった。
波打つツタがチラと見えて、俺は鉈一を――
「――がはっ!」
――振るのをためらってしまい、うねるツタが拳となって俺の腹に突き刺さる。
『フンゲェごめんねェェェ!アンドごめんェェェッェポグラシェ!』
「ゴホッ!……くそっ。……あいつ。アオイだけでも。くそっ」
胃からせり上がったものを袖で拭きながら、纏まらない思考を必死で回転させる。
『おねショがい、イころピンしてよ、もうこハンレろッテしてよゥ!』
タダスケの狂った悲痛な叫びが耳をつんざく。
アオイは生きてるのか?
タダスケに意識はあるのか?
ツタを切られると痛むのか?
どうにか治す方法はないのか?
そもそも、俺はこいつを殺して良いのか?
いくつもの疑問があふれては消え、何をするべきなのか判らずにただ頭の中がグチャグチャになっていく。
『パッころしたンパくないレロロッ!』
それでもタダスケが止まってくれるわけもない。
腕から新たに生えたツタで大剣を持ち上げて、タダスケは弾けるように接近してきた。
本来の人間ではありえないはずの不自然で爆発的な跳躍。
引きずられた大剣がカンカンッ!と地面に弾む音が聞こえたかと思うと、一瞬で目の前に来たタダスケは足元からそれを振りあげる。
――ブオンッ!
身に染みついた反射だけで体をのけぞらせてそれを避けるが、タダスケの追撃はそれで止むことはない。
片手で次々と繰り出される大剣の大振りを無様に転がりながら避け、寸前に迫る剣先を鉈で何とかいなす。
しかし、上下左右から迫るツタをすべて回避する事なんか出来ず、何度か殴られ、何度かは切り落とした。
そのたびにタダスケは悲痛な声をあげ、『痛い』とか、『殺して』とか、『殺したくない』とか、『ごめんなさい』とか、『もう嫌だ』とか、『イナホくん』とかって聞こえる言葉を発した。
その言葉が、その意味が。本当にタダスケの意識から来るものなのかはわからないけど、俺には確かにそう聞こえる。
タダスケの声に聞こえてしまう。
だけど、だからって、頼まれたからってどうしろっていうんだ?
お前が死にたいって言うからって、そう簡単にお前を殺せるとでも思うのかよ。
お前はまだ俺の名前を呼んでくれるってのに殺せるとでも思うのかよ。
どうにかすれば治るかもしれないっていうのに、殺してしまえるとでも思うのかよ。
……なんでお前を殺さなきゃいけないんだよ!
でも、俺の心がいくら嘆いても、そんなものが届くわけもなかった。
タダスケは大きく距離を取ったかと思うと、ニタァと笑い、あらぬ方向へと向き直った。
そして、ツタをも使って駆け出した。
……そっちにはアオイが!
『やだンゴッ!』
「――っ!」
道に転がる石ころみたいに蹴飛ばされたアオイが痛々しく床を転げていく。
そして俺の方を向き直り、右に傾いた奇妙な姿勢でもう一度ニタリして言った。
『……ぼぐを殺さないからアオイちゃんちゃんこちゃん……いだがっだんだよーぅ?』
「――お前っ!」
俺は駆け出していた。
頭に血が上って、色んなことを忘れて、いや、忘れたことにして、ぶん殴ってやろう、ぶっ殺してやろうと決意して。
あの痩せこけたせいで尚更腹の立つ顔に鉈一を叩きつけてやろうと思って突っ込んでいった。
なのに、……突然普通に微笑んで。
『……友達だよね?』
……なんでそんなこと言うんだよ。
タダスケは、普段知ってるタダスケの声で、あの時みたいにそう言ったのだ。
俺は呆気にとられて動くことを忘れた。
そして、タダスケはニッコリと笑う。
「――え?」
――刹那、床がボゴボゴ!と隆起してツタが伸び、俺の四肢を呆気なく絡めとってしまう。
持ち上げられた俺は天井に叩きつけられ、視界がグランと揺れに揺れて、気が付くと目の前にはタダスケの裂けた口が見えた。
それは人間の口というよりも、古く傷んだ骨格標本のような無機質さで、関節の開き具合とかも異常で、それでもタダスケの目だけは俺の事をジィーっと見つめながら、おれの頬っぺたを。
――ガブリ。
「――っがっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全てを忘れるようないまだかつてない激痛と、満足そうに咀嚼しているタダスケを見て理解する。
俺は頬を喰いちぎられたのだと。
そう理解した途端、さらなる痛みと恐怖が頭を満たし、ツタを振り払おうと必死にもがいてみるけど、的確に捕縛されているのか、自由なんてほとんどなく、身動きは取れなかった。
そして、タダスケの喉がゴクンと動いた。俺の肉を嚥下したのだ。
『……べりぃウマス』
タダスケは嬉しそうに俺の方を見やり、肩から新たに生やしたツタで俺の顔を動かないようにシッカリと固定する。
そして、顔の正面で大きな口を開いて、それがどんどんアップになっていき、俺の鼻を――。
――シュタッ!
――俺の鼻を喰いちぎることはなく、タダスケの頭は飛来した矢で横殴りにされた。
俺に絡まったツタは緩み、その隙に鉈一でそれを切り払って、転げながら脱出。
タダスケを見ると、矢はツタで防がれて先端しか刺さって居なかったけど、矢の勢いに押されて大きく傾いた態勢のままで、考え事をするようにジッと動かない。
「ヨーコ!」
扉の方を見ると、泣きじゃくるのを堪えて嗚咽しながら次の矢をつがえるヨーコがいた。
「……それ、タダスケなんだよね?」
「……まぁ。……そういうこと」
俺はポケットから急いで止血パッチを取り出して、肉の無くなった頬っぺたへと張り付ける。
ヨーコは再度矢を放つが、タダスケは微動だにせずシュシュシュとツタだけが集まって防壁となりそれを防ぐ。
「……遅くなってごめんなさい。……あなたたちにばかり任せて後悔してる」
ヨーコは溢れる涙を垂れ流しながら、躊躇なく矢をつがえる。
「……言っとくけど、これ、ただの地獄だぞ」
「……うん。……見ればわかる」
――シュタッ!
ヨーコの放った矢は、またもや紡がれた防壁に捕まった。しかしヨーコ。
「このバカスケェェェッ!アオイちゃんに何してんの!イナホにだって謝んなさい!あんた二人の事好きって言ってたでしょうがッ!あたしの事はわかんないの!?」
泣きながら矢を放つが、やはり防壁は貫けない。しかしタダスケ。
『アギィ?……よーこさん?』
大きく体を身震いさせて、悲しそうに吠えた。
『――オボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
悲しみに染まっていたはずの顔は笑い、泣き、怒り、恍惚、コロコロと色を変えながら、体をグニグニと捩り、次々と新たなツタが体を突き破りながら飛び出してくる。
それらは目標もなく彷徨うような動きを繰り返した後、一瞬で巻き戻すかのようにタダスケの体へビュルンビュルンと吸い込まれていった。
「……え?」
二人して何のことだかわからずにそれを見ていた。
タダスケの体は元のガリガリに戻り、空いていた穴は気持ちの悪い瘤だけを残して塞がった。
「……まさか」
ヨーコの呼びかけで、こんな簡単に?
――ありえない。
そうは思ったけど、目の前で起こる混沌に頭の理解が追い付かない。
タダスケは俯いたように立っていたが、ゆっくりと、病人の爺さんのような足取りでヨーコの方へと向かう。
「……おい、タダスケ」
しかしその足は止まらず、中ほどまで来たとき。
『イィィィィィィィィィィィギギギギギギイィィィィィィィィィィ』
タダスケの胸から爆発するように幾本かのツタが発射され、ヨーコを貫いた。
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