断章 マイ・フェイバリット・シングス
三人称視点での閑話です。
※グロ注意警報
結構きつめでして、苦手な方は読み飛ばしていただいたほうがいいかもしれません。
ページ下部にある後書きに要点をまとめておきますので、そちらをご覧いただければお話の流れは把握出来ますので。
では、続きをどうぞ〜。
イナホたちがダンジョンへと続く坂道を降り始めた頃のこと。
下鴨ダンジョン三層、通称【水面塔】と呼ばれる不可思議な建物の最上階の出来事。
※※※
三層ではいつでも、太陽らしきものは頂点にあり続けている。
地上が朝であろうと昼であろうと、ましてや夜中であってもそれは変わらない。
しかし、この【水面塔】の内部から見える風景だけはその摂理とは異なっており、具体的に表すとちょうど90度ほど違うことになる。
塔から窓の外を見ると、ゆらゆら揺れる水面の先、太陽らしきものは真正面に位置している。
水面に横倒しの状態で存在するのだから、窓から見える景色が空であるのは当然なのだけど、そのおかげで、室内は薄く青白い水面の模様が揺らめいて。
水こそないけれど、まるでプールの中のようでもあった。
そんな幻想的な部屋の一角には、グロテスクなブドウのような塊がツタに絡め取られて二つぶら下がっている。
ちょうど人くらいの大きさで赤黒い。それが僅かに蠢いているのだからなおさら悍ましい。
近づいて見ればすぐにわかるのだけど、そのブドウ一粒一粒はニホンザルの頭蓋骨ほどに膨れ上がった大きなダニのような魔物であった。
対象から吸い上げた血液で水風船のように膨らみ、薄く伸びた体に透けて見える赤黒い色はもちろん血液なのだが、では、その対象とは一体誰か。
それはもちろん、ヨーコとパーティーを組んでいた冒険者二人。
片方の名前はわざわざ出す必要がないので控えておくが、向かって左側にぶら下げられている元々ふっくらとしていた人物は皆様が知るはずの人物である。
致死量以上に吸血された彼は、それでもまだ生きていた。いや、正しくは生かされていたわけだが、指先一つを動かすのも億劫なほどに不自由な体とは裏腹に、彼の意識は意外なほどハッキリとしていた。
だから、目の前にいる真っ赤な目をした奇天烈な服装の人物(?)が部屋に入って来たのもすぐに気づいたし、彼がやけに右に傾いた奇妙な姿勢で歩くことも、石畳に響く甲高い足音も、彼の手に花屋が使うのと同じような鋏が握られていることにも気がついていた。
そしてしっかりと聞こえるわけだ。
「種子を植えるなら隣の彼より断然君だね。どんな花が咲くか楽しみだよ」と。
しかし、人生には見えない方が、聞こえない方が、感じない方が幸せな時も多々あるものだ。
タダスケの場合だと、幼い頃に見た記憶。
彼の父が彼の母に行う折檻がエスカレートした時、指の骨二本を折ったときの軽やかに響くパキンという音と、悲痛に泣き叫ぶ母の姿だろうか。
幼い彼は必死で眠ろうとしたのだけど、そんな日に限って眠れる訳もない。
他にも、小さなものだと中学の野球部の監督との話だとか、大学のサークル合宿の夜だとか。
しかし今日、【花屋】に出会って為されることの全てが、生まれたことすら後悔するほどの恐怖と痛みと悍ましさだった。
――バツンッ
声にならない声で泣き叫ぶが、鋏に付いた血糊をその都度ハンカチで神経質に拭い去る【花屋】は、三日月のような笑顔を貼り付けたまま鼻歌を歌っているのだった。
――バツンッ
古いミュージカル映画の有名な曲。
雷に怯える子どもたちを元気づけるためにに若い家庭教師が歌っていた歌。
――バツンッ、バツンッ
タダスケでさえ耳覚えのあるメロディに乗せて、ガリガリになった肌に食いついたダニを取り除いては放り投げ、飛び散る血液が彼の顔にかかっても眉一つ動かさない。
そして、伸び過ぎた生け垣を刈るような気楽さで、タダスケの体にリズミカルに鋏を入れてはなにかの種子を埋め込んでいく。
――バツンッ!
タダスケは気が狂いそうになりながら絶叫するが声を為すわけもない。
つい今時分、喉をやられたのだから出なくて当然。
しかし、パックリと開いたはずの傷口たち。
ブロッコリースプラウトみたく細く頼りないツタが、早送りのようにシュルシュルと生えたかと思うと、見る間に塞がっていく。
ただし、その表面は細かな瘤が隆起し蠢き、決して元通りとはいかなかった。
そして、最後にタダスケの胸に、広げた鋏を突き立てて――
「前の子の代わりに階層主なんて呼ばれることになるけれど、そんなことは気にしなくていい。……ただ、花はあるがままで美しいのだから。……伸び伸びと、優雅に咲き誇るんだよ」
――バツンッ!
――心臓のあたりを無理矢理に裁ったのだ。
そして、ゴム手袋をはめた手でひときわ大きな種子をグリグリとその傷口にねじ込んでいった。
「――――――――――――――――――――――――!」
その種子から何かが伸びて体を分け進んで体中を駆け巡る感触は、タダスケの精神に目まぐるしく壮絶な感覚をもたらす。
それはまるで、あらゆる人間の断片的な思考をごった煮にした大鍋の中に溶けていくような混沌だった。
タダスケの意識は、その時ようやくにして暗く沈み込んでいく。
お別れだ友よグッド・バイ。
読み飛ばして頂いた方へ 今回のあらすじです。
ツタに囚われたタダスケの元に【右に傾いた姿勢で赤い目をした奇天烈な服装の人間(?)】がやって来て、鼻歌を歌いながら体中に種子を埋め込んでいきます。
最後に胸元へ大きな種子を埋めこみ、「君、今から【花屋の使徒】ね。キレイに咲きたまへ。るんるるーん」と言います。
タダスケは意識が混濁してブラックアウト。アポーンってなりましたとさ……。おしまい。
ってな感じです。(多少楽しげな脚色がされていますが、あまり気にしないでください)
次話からは戦闘でござります!
お楽しみいただけるようがんばりますえ!(*´∀`)




