5、ヒーローショーはヒーローに厳しく、大女(仮)のは俺にも厳しい
俺達は講習を終えた足で指定の宿舎へと向かった。
下鴨ダンジョンのほど近く、鴨川沿いにあるヘンテコな建物だった。
「このあとは装備取りに行ってから、一緒に攻略の予習しとこっか」
「そうですね、じゃあ、荷物を置いたらロビーに集合で良いですか?」
「おっけ。なら後でね」
アオイさんの部屋とは男女なのでもちろん階が違う。
俺は3階で彼女は最上階の5階。
先にエレベーターを降りて自分の部屋を探し、扉に鍵を差し込んで回す。
ドアノブを引いてみるが。
「あれ?」
扉はうんともすんとも言わなかった。
「鍵は合ってんだけどな」
そう呟いてもう一度鍵を入れようとすると、中からカチャリと鍵の開く音が聞こえ、扉はゆっくりと開かれた。
「ごめんごめん、鍵を開けっ放しにしてたから」
中から顔を覗かせたのは同い年くらいの物腰のやわらかそうな男だった。
俺は改めて部屋番号を確認して事情を呑み込んだ。
この人が同室になるんだな。
「いや、気にしてないし気にしないで。今日からこの部屋に来ることになったトオノイナホです」
「ああ、聞いてるよ。僕はサノジロウ。わからないことがあったら何でも聞いてよ。まぁ、僕も一週間前に入ったところだから知ってることもたかが知れてるけどね」
嫌味なく笑うサノに釣られてコチラも笑顔になる。
初めて会ったというのに、全くそんなことを感じさせない気安さがあり、とても好感を持てた。
案内された俺は大して無い荷物を整理しながらサノと少し話をした。
サノは俺より2つ上の24歳。
大学卒業後は普通に就職したそうだが就職先は普通ではなかった。
遊園地などで開催されるヒーローショーの運営会社。
子どもたちの感動がダイレクトに伝わると、やりがいと意欲を持って仕事に取り組んでいたそうなのだが、徐々に業界の闇を知っていく。
彼自身は事務やブッキング、衣装の手配や台本の制作などが主で、忙しくて給料が安いのは大変だったけど、それを我慢できる程度に楽しかったし仕事に満足もしていた。
しかし、キャストと呼ばれるアルバイトの面々に相談されて知った事実がサノの平穏を狂わせた。
キャストのショー当日の日当は8000円。当然設営から撤収までを含めるのでその日の拘束時間は12時間にもなる。
そこまではよくあるブラックな職場で済むのだが、これは3日間のリハーサルや打ち合わせなども含めての給料だったそうだ。
「……もうつづけていけないんです」
サノはキャストの一人にそう言われて愕然とした。
世間にブラック企業と呼ばれる仕事場はいくらでもあるが、4日間で8000円しかもらえない仕事など聞いたことがない。
サノはすぐに上に掛け合ったが、直属の上司であり社長でもある人物は鼻で笑う。
「みんな好きでやってるんだから重要なのはお金じゃないんだよ。子供に夢を与えるのが生き甲斐なんだ」
そう言った社長のデスクには前日に行ったらしいキャバクラの名刺が散乱していた。
「子供の夢を盾にしないでください」
子供じみた正義感だったとサノは話した。
「なるほどね。……ウチ、そういう人間は必要ないんだよ」
それが最後の言葉だった。
その会社は適当な理由を付けられてあっさりクビにされる。
それならば、本当はやりたくて出来なかった夢を追ってみよう。子どもたちの憧れを目指してみよう。
そうして冒険者を目指したと語った。
「馬鹿だと思ったろ?」
サノは自嘲気味に笑った。
「まぁね。馬鹿だと思った」
「はは。ひどいな」
「でも、そういう不器用さって嫌いじゃないんだな」
長いものに巻かれる人を否定するつもりもなければ、むしろ素直に羨ましくも思う。
でも、そうやって不器用な生き方しか出来ない人には否応なく共感してしまうし、仲良くやれるような気がするのだ。
「ごめん。なんか語りすぎちゃった」
「いやいや、俺が聞いたんだから」
「そうか。なら今度イナホの話も聞かせてくれよ。今から装備取りに行くんだろ?」
「おうよ。俺の話なんて2分で終わるくらい薄いと思うけどな。とりあえず行ってくるよ。また後で」
「ああ。忘れてた……ケツの穴締めて行きなよ」
「はぁ?」
「多分彼女のタイプだと思うんだよな」
イタズラに笑うサノ。その言葉の真意は直後に知ることとなる。
※※※
「ここじゃないですか?ほらここ。相談室って書いてあります」
アオイさんに言われて見ると、ドアノブにぶら下げられたカマボコの板に確かに【相談室】と書いてある。
京都市は初心者向けに中古の装備や道具を無償で提供していて、役所の案内では確かにこのビルの相談室で支給されるとのことだった。
だが、役所関係とは思えない外観で、キワモノ感がにじみ出た奇抜な色で埋め尽くされていた。
「なんか思ってたのと違う。……でもとりあえず入ってみるか」
「……はい。ヤバそうなら撤退しましょう」
ドアノブを引くとキキィ〜と甲高い音と共に中が明らかになっていく。
中は薄暗く、カウンターにはいくつかの椅子が置いてあり、ミニマルなテクノミュージックが店の規模に不釣り合いな大きなスピーカーから流れていた。
これが相談室だと?ただのバーじゃないか。
呆気に取られていた俺達だが、本当の驚きはその後だった。
「あら、いらっしゃい」
奥の扉から出てきたのは身長2mはあろうかという大男。いや、大オカマか?……違う、モラル的には大女と呼ぶのがきっと正しいのだろう。
ピタピタのシャツはおへその辺りで結んでいて、裾の広がったベルボトムジーンズがある種の独特の色気を際立たせている。
「ふふ。アタシを見て固くなるのはわかるけど、それは夜に取っておいてね♪うふっ」
「……これのことか!」
サノが別れ際に言っていたセリフが頭をよぎり、思わずお尻を抑えた。しかしそれが不味かった。
「あら、あなたネコちゃん?」
口に手をやって蠱惑的な笑みを浮かべた大女。
「ちげぇよ!ネコでもタチでもヒロシでもない!……そういう人たちを否定するつもりはないけど、俺はどノーマルだから勘弁してくださいっ!」
秒速で頭を下げると、彼女はケラケラと笑い出す。
「まぁいいわ。そのあたりはゆっくり理解してくれればいいもの。ところで話は聞いてるわ。装備でしょ?奥にあるからいらっしゃい。セーラーちゃんもね♪」
「は、はい!」
俺達はその後も散々翻弄されまくりながら、各々に合う装備を手に入れた。
でも、その装備がかなりアレな感じになっているとはその時は気づかなかった。
主にオカマの勢いに誤魔化されたせいで……。
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