17.快進撃その3 と、うらはらな心模様
「AWWOOOOOOOOOOOOOU!!」
群れの中央あたりに位置する一際大きな【空色オオカミ】が吠えたのか。
恐らく10体以上はいるであろうオオカミたちが塊となってこちらへと向かってきた。
俺たちは、広い平原にポツンと生えた木の下で『来るのを待てば良いんじゃないの?作戦』で待ち構える。
「き、来た!?ホントにやるの!?」
ヨーコはそう言いながらも水鉄砲のレバーをカチャカチャと動かして空気を送り込んでいく。
ちなみにタンクはリュックみたいに背負うタイプなので、火炎放射器やゴーストバスターズを連想させた。
「もちろんだ。俺も手榴弾で援護するから安心しろ」
「何が手榴弾よ!ただの水風船っ!」
「ツッコミは良いけど適度に緊張感持っとけよ」
「それはこっちのセリフだから!」
「あ、やった。一匹仕留めました」
俺とヨーコで言い争いをしてる間にも、一番射程の長いクロスボウで射撃を開始。
倒れた空色オオカミは擬態が溶けて灰色の毛並みを露わにする。
さて、そろそろ射程に入ってくる。
水風船を両手に持って号令をかけた。
「ヨーコ、射撃開始だ!」
「ああもう、知らないからね!」
ヨーコは嘆きながらも空へ向けて水鉄砲を発射する。
それは空に大きな弧を描いた。
攻撃に気づいたオオカミたちは咄嗟に散開したのだが、風にさらされて飛沫となった緑色の液体はオオカミたちの体に小さなシミを作り始めた。
俺も負けじと手榴弾こと水風船の投擲を開始、
……したのだが、こちらはヒョイヒョイと避けられて、草原を汚していくだけ。
水風船に関しては完全に想定外である。
「ちっ」
「なんで当たると思ってた顔してるのよ!水鉄砲すら怪しいと思ってたのに!――」
ヨーコは水鉄砲のレバーをカチャカチャと動かし加圧し続けて連続放水に余念はなく、空色だったオオカミたちは避けきれない飛沫を浴びて緑色の汚れが目立ち始めている。
俺たちは一層でかき集めた緑スライムの粘液を持ってきたレモンで中和させてシャバシャバにした。ヨーコの背中のタンクにはそれが満タンまで入っている。
だが、作戦を説明したときヨーコに『せめて墨汁とかなかったの?』と指摘されたときには愕然としたのだけれど……。
それによく考えたら、水風船なんて当たってくれるわけもない。
まぁ、飛び散った液体に被爆してくれるやつもいたので成果がゼロではない。……ということにして、水風船は早々に諦めて鉈一を抜く。
これで空からの攻撃や、それに伴う連携の驚異を半減させることには成功だろう。
「ヨーコは木の後ろまで下がって!」
この時すでに七体の【空色オオカミ】は間近に接近してきていた。
すると、ヨーコは後退しながら叫ぶ。
「確かに見えやすくはなったけど、【空色の壁】の恐ろしさはそこじゃないでしょ!?」
「わかってるって。お前も割と心配性だな――」
ヨーコの言うとおり、空色の擬態は彼らの最大の特徴ではあるものの、最大の驚異はそれを操る知能と統率力だろう。
クロスボウで削られたとはいえ七体も残っているのだ。
安全策を一つ打っておく必要があった。
「――アオイ!」
下がりながら目をやると、アオイは「失敗したらごめんなさい」と言った。緊張した面持ちだが手に持つ【牙塊】は赤みを帯びて光り始めている――
二層での【破裂】の撃ち損ねから生まれた凶悪な必殺技。
スキル自体の発動率は上がっているけど、100%でもなければ、威力の調節も完璧とは言い難い。
だけど、俺は知っている。アオイは決めなきゃいけないときほど決められる強さを持っている。
あとは、『俺も居るぞ』と背中を押してやるだけでいい。
「大丈夫。ミスってもなんとかするから」
【空色オオカミ】達はもうすぐそこ。
「……はい!」
アオイは【牙塊】を振りかぶると、眼の前にある木目掛けて渾身のフルスイングをぶちかます。
「ぶっ飛べぇっ!」
目も眩む赤い閃光と、木を殴ったとは考えにくい甲高い破裂音が鳴り響く。
――ドパァァァァァァァン!
撃ち抜かれた木の幹は指向性を持って爆散。
「GYAN!」
破壊された木片たちが散弾となって遅いかかり、オオカミ達のいたるところから赤い飛沫を飛び散らせる。
中には、頭部に塊が直撃して、抉れるように持っていかれたやつもいた。脳みそが見えて恐ろしい。
ざっと目に入った感じだと動けそうになくなったのが四体。残る三体もそれぞれ負傷が見受けられる。
「……凄い」
ヨーコは目の前の光景に唖然として立ちすくむ。
うん。俺も初めて見たときは腰を抜かしたぜ?
まさか生き物以外にも通用するとは思わなかったんだから。
だけど思い出してみればイチカは『細胞を膨張』とか言ってたし、つまりは植物にだって細胞はあるわけで、もちろん木にだって通用するのである。
そして、もし俺がアオイと喧嘩したとしたら、指先一つであっさりと殺られそうな気がして怖い。
というのは流石に冗談だけど、この必殺技には決定的な欠点がある。
「避けろ!木が倒れるぞ!」
だるま落としのように支えを失った木が倒れて来るのだ。
それも高確率で手前側に。
「キャア!」
俺は慌ててヨーコの手を引く。
――ドゴォォン!ズサササァ!
凄まじい音をたてながら倒れていく木。
「悪い、説明している時間がなかった」
「ゴホッゴホッ!……うん。……色々と聞かされなさすぎてると思う」
「……すまん。でも、オオカミ来るの早すぎたし」
舞い上がる土埃から守るように咳き込むヨーコを抱きしめる俺。…………抱きしめる俺!?
慌てて飛び退いた。
畜生!色々柔らかかったという記憶はあるものの、肝心の感触とかは全然思い出せないじゃないか!絶好のチャンスだったというのに!…………絶好のチャンスってナニ!?
いや、いかん。……今はそれは置いといてだ。あちらさんも混乱しているようだけど、早いうちにやっちまわないと。
「だいぶ楽になった」
武器を杖にして荒い息を吐くアオイにそう言うと、
「ふう、ちょっと疲れました。ヨーコさんと後ろ下がってもいけますか?」
「おう。悪いけど牽制は頼む」
「それはもちろんです」
力んだせいか、アオイは普段【破裂】を使うときよりも疲労の色が目に見えて濃かった。
ここまでやってくれたのならば、俺が男を見せないわけにはいかないだろう。
「何馬鹿なこと言ってるのよ!一人じゃすり潰される」
ヨーコもやはり心配性だ。
「いや、案外藪ネコ並っぽいしなんとかなるだろ」
俺は鉈一を握り直して残る【空色オオカミ】へと切り込んだ。
「藪ネコを何だと思ってんのよ!」
後ろでヨーコのこえが聞こえるけど、応える余裕は流石にない。
一際大きなオオカミは、この群れのボスなんだろう。
早々に復帰したそいつを中心に三体のオオカミが代わる代わる牽制や攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを躱しつつ、可能な範囲で足や胴体に切れ込みを入れていく。
そして、俺が必死で爪やら噛み付きやらを避けているっていうのに、牽制の合間に女性陣が話している声も聞こえてきた。
「……イナホさんって、最近特にああいうタイプは得意なんですよ。藪ネコとかは闘牛士みたいにヒラヒラ避けちゃうんですから」
「ああいうタイプって?」
「うーん。……長兵衛みたいな近接タイプかな?
きっと相当悔しかったんだと思いますよ。每日探索後は訓練所行って頭の中で長兵衛と戦ってるんです。だから、あれくらいじゃどってことないのかもしれませんね」
……ああクソッ。恥ずかしい!なんでこうもバレてるのかね。
そういや、はじめの頃も頭の中でアオイと連携しながら訓練したときも丸バレだったみたいだしな。
まあ、聞こえなかったことにしとけば良い。
残りは群れのボスだけ――
シュタッ!グサッ!
――と思ったら、女性陣から飛んできた二本の矢が、ボスの頭と胸に突き刺さった。
しかしボスは踏み留まった。
「AOOOOOOOOOOOOOOOON」と鳴いてからこちらを睨みつけた。
が、目からゴポゴポと血が溢れてきたかと思うとその場にゆっくりと丁寧に膝を折りたたんで、まるで眠たくて仕方がないとでもいうかのように腕を枕にして、……眠るように息絶えていった。
その飼い犬のような仕草に彼の性格を見たような気がして少し胸が痛くなったけど、ここはそういう世界なんだし。受け入れられないわけじゃない。
「……ふぅ」
俺は緊張感から解き放たれて尻もちついた。そしてアオイ達に警戒頼むとそのまま寝転がる。
アオイはあんなふうに俺を褒めてくれたけど、いや、まぁ、恥ずかしいのは置いておいてだよ。
そんな楽なもんじゃなかった。
三体のオオカミは手傷を負っていたにも関わらず、先程口走ったような藪ネコレベルではあり得なかった。
【空色の壁】は、アオイの【破裂】が無ければ負けていた、死んでいた可能性は十分にあったと感じているのが率直な気持ちだ。
この先に居るはずの区域主は当然それよりも強いのだし、つまりはこのあたりで引くのが正しい選択だとも思える。
アオイはどんな気持ちかな?と顔を見てみると、何を気負うでもなくヨーコに血糊を拭いてもらってのほほんとしていた。
……まだ余力があるってことなんだろう。
……でも。
俺はもう一度ため息をついて、薄っすらと霧のかかる寒々しく白んだ空を見上げた。
タダスケ。
俺たちは、ホントにお前を助けられるのかな?




