15.快進撃その1 フランケンシュタイナー
焚き火が轟々と燃える一層【門】があるモンスター部屋。
その入口にランタンを持ったアオイが一人立つ。
そして、構えたクロスボウの引き金に手をかけて――
「……お邪魔しますよ」
――ダシュ!
放たれた矢は、革で作られた簡易投石機を持つ餓鬼のコメカミを貫く。
餓鬼は小さく呻き声を上げて倒れ伏し、体を痙攣させて動かなくなる。――見事な一撃死だ。
当然の如く人間の侵入に気付いたモンスターたちが弾けるようにアオイへと牙を向けるのだが、落ち着いた様子のアオイは手早く次の矢を装填してから踵を返し、もと来た道を駆け出した。
――タダスケ的な囮をアオイが担っているのだ。
俺たちの中で確立され始めた一層【門番】の攻略法。
もちろん相手の数や武器などによって臨機応変に変えていかなければならないわけだけど、この10日ほど試行錯誤した末に導き出した俺たち二人の最適解がこれである。
今日はそこにヨーコの弓も加わるわけだから、安定性は増すだろう。
ランタンを掲げ走るアオイめがけて跳ねるように追いかけるモンスター達。
俺は岩陰に身を潜めて二体をやり過ごし、次に通った餓鬼に目を付ける。
「おいでやす」
俺は岩陰から飛び出して、棍棒を振り上げてガラ空きになった脇腹めがけて鉈一を振り抜いた。
スパッ!
「higyaaaaa!」
醜く膨らんだ不健康な腹が裂かれ、内容物がボトボトッと地面に撒き散らされる。
餓鬼は完全な不意打ちに目を見開いてこちらを見たが、返す刀でその顔をスパリと割ってやると、飛び出してきた目玉を彩るように血の花を咲かせた。
俺は続けて、勢いよく顎を突き出してくる鎧ムカデの首関節を切り落とし、部屋を見渡すと残ったのは足が超絶遅いグリーンスライムだけだった。
近づかなければほぼ無害なそいつを無視してアオイ達の方を振り返ると……。
脳みそを撒き散らした頭のない餓鬼の死体と、ヨーコにとどめを刺される矢の刺さった鎌ドウマの姿。
「アオイー。あとこっち頼むー」
「はいはいー」
アオイは頭の潰れた餓鬼から引き抜いた矢の血を拭いながら歩いてくる。
そして、相手の推定攻撃可能距離よりも少しだけ遠くに膝立ちになり、ノソノソと蠢くスライムに照準を合わせた。
――ダシュ!
放たれた矢はスライムの中心にある核を的確に射抜き、緑色の塊はドロリと溶けるように保持力を失った。
以前のクロスボウの貫通力ではスライムを倒すことはできなかったのだけど、長兵衛戦で大破したのをキッカケに小型に改修してもらった。
その時にお金をかけたこともあって、貫通力と命中精度が大幅に上がっている。
他にもアオイの腕も上がったことや、スライムの動きに合わせて核の守りが薄くなったタイミングで射抜く技術で安全な討伐が可能になった。
「よし。確保じゃ」
「はいな!」
俺とアオイはグリーンスライムの粘度の高い体液を掻き集める。
イチカには悪いけど、鉈一と鉈ニをヘラのように活用してます。
さすがナタ。生活道具の扱いやすさったらない。
「……スライムなんてわざわざ倒して、しかもそれ、何やってるの?」
ヨーコが心底不思議そうにしていた。
理由は二つだろう。
スライムは近づくとかなり凶悪だけどすこぶる足が遅く、素材としての価値が高くない。
下鴨ダンジョンで活動する冒険者の殆どは一層のスライムを完全無視する傾向にあるってのが一つ。
もう一つは、今回の救出作戦では時間が惜しいため素材回収をせずに最小限の荷物で潜行しようと話していたからだ。
「ああ、後で使うんだよ。悪いけどしばらく周りを警戒しといてくれ」
「……誰と使うつもりかしら。そのまま使ったら荒れちゃうわよ?」
そう呟いて警戒へ向かうヨーコにアオイと二人で顔を見合わせて首を傾げた。
……誰かと使うってなんぞや?
※※※
そして俺たちは二層の森林を進み、当然のようにモンスターとエンカウントした。
「――ほいさっ!」
アオイが【牙塊】をフルスイングすると、突っ込んできた【雉の小人】の上半身は炸裂した。
「どうしようっ!後ろから【藪ネコ】二体と【足だけグリズリー】も来たわよ!」
焦ったヨーコは叫びながら頭の無い(前後がお尻のように見える)クマみたいな魔物に弓を乱射する。
そんなに慌てちゃ当たらないだろうに。
「――おう。じゃあアオイ残りのシカ頼んだ」
「はい。すぐ行きます!」
そう言ってアオイはツノを突き出して襲いかかって来た【爛れ黒鹿】へと踊りかかる。
「ヨーコはターゲットを【藪ネコ】に。近寄らせない感じで頼む」
「そんな事言ったってこの数に来られちゃ――」
「良いから、大体こんな感じでっ――」
俺は【藪ネコ】へナイフを投げるが、それはもちろん避けられる。
だが、それでもいいのだ。
奴らは攻撃的でありながらも警戒心が強くてこちらの敵意に敏感。一時的に動きを止められるだけで十分なのだから。
「この状況やばくない?こんな数が相手じゃ」
ヨーコはそう言いながらも【藪ネコ】へと矢を放つ。
普段の野良パーティーでどのような戦法を使っているのかわからないけど、少なくとも数的不利な状況には慣れていないらしかった。
「焦んな。乱戦だけ避けりゃそうそう事故らないから」
俺はもう一体の【藪ネコ】にナイフを投げてから、寸前まで迫った【足だけグリズリー】の突進を躱す。
しかし、驚異の脚力でその場に留まった奇怪な猛獣は俺の頭めがけて手を振り上げた。
俺は掻い潜るように踏み込んで太い腕を躱す。その爪はブン!と風を伴って頭の後ろを通り過ぎていった。
「うぉ、危ね」
【足だけグリズリー】の後ろへと回り込んだ俺は、その背中めがけて鉈一を振り抜いた。
――ズパンッ!
念の為、も一つ――
――ズバッ!
「ヨーコ。手前の殺るから後ろの遅らせて」
「……イナホ。……お前は」
ヨーコが何か言いたそうにこちらを見るが、視線を外すなと言いたい。
「――前見ろ!」
隙を見つけた【藪ネコ】二体は驚異の跳躍でヨーコへとか飛びかかったのだ。
ヨーコは弓をどちらへ射てばいいか戸惑うが――
「――ヨーコさん左!」
後ろから聞こえたアオイの声に反応して矢を放つ。
それは見事に左の藪ネコの口内を突き破ったが、残る右の藪ネコがヨーコを爪にかけようとして――
――ブチャ!
アオイの【牙塊】が頭を吹き飛ばした。
【藪ネコ】はもちろん即死して、返り血を浴びるヨーコは尻もちをついた。
「……信じられないわ」
「あ、ごめんなさい、血がかかっちゃいましたね」
「……そうじゃなくて」
俺は矢を射られた【藪ネコ】にとどめを刺した。
これで戦闘終了と一つ息を吐いてから二人に話しかけた。
「なに?どしたの?」
するとヨーコは。
「……二人ともすごいことしてるのね。……アオイは評判通りというか、ホントにやるんだって驚いた」
「え、やめてくださいよ」
「まぁ、こいつはデカいクランからも声かかってるくらいだから」
「うん。それも当然って感じ。三層行きの野良パーティーにはこんな次元で戦ってる人居ないもの。同じ時期から始めたとはちょっと思えない。化け物じみてるわ」
「ば、ばけもの……」
しょぼちーんとなるアオイを見て笑いがこみ上げる。
「やーい。バケモーン。フランケンシュタイーン」
「あ、ひどい!……それにフランケンシュタインは作った博士の名前ですからね!」
「……細けえな」
さすがの文学少女である。
俺の小学生並みのからかいを生真面目に突っ込んできやがった。
確かにフランケンシュタインの怪物という作品内で、フランケンシュタインと言えば製作者のヴィクター・フランケンシュタイン博士であり、ツギハギの怪物には名前などない。生み出された瞬間から博士は怪物を憎悪し、一握りの愛すら与えられていないのだから、もちろん名前も与えられることはなかった。
まぁ、名前の代わりにクリーチャーとか悪魔とか惨めなものとか、散々酷い呼び方をされるのだけど……。
あ、話を思い出して切なくなるじゃないか。
「……そう言うイナホも十分化け物だって言ってるんだけど」
「は?……変なこと言うなよ」
ヨーコは話をこちらに向けて、ため息を吐いた。
以前にも一度。今日だってこれまで戦ってきたのに急にどうしたというのだろうか。
まぁ、こう言っちゃ悪いけど、タダスケやヨーコに比べると多少戦えてるのかな?とか思ってしまうけど、化け物とかは大袈裟。
俺が化け物ならば、上の冒険者たちは神様だとでも言うのだろうか。それもやっぱり大袈裟である。
強いて言えばアオイだって、ヨーコや世間が言うほど飛び抜けてるわけでもない。
そりゃド派手な立ち回りだし、肝は座ってるし、華があるってのは間違いないんだけど、ポカミスだってするし、ケガをすることもむしろ俺よりも多いくらいだし。
あぁ、いや、俺からするとよっぽどすごいんだけどね。世間の評判との乖離って意味ではそう思ってるわけで。
とか考えてると。
「へへ。ようやく気づいてくれる人が現れました。……イナホさんって結構すごいんですよ?」
アオイが嬉しそうにしながらヨーコに手を貸して助け起こした。
「ほんと。なんで評価されてないのか不思議。それに、なんであなた達がまだ二層に居るのかもやっぱり不思議」
「そりゃ、死にたくないからに決まってんだろうに」
「それにしてもよ」
「……はいはい」
どこまで言っても平行線のような気がして、話半分に聞いておくことにした。
この先には二層の未開拓エリアやら【門番】やら、三層には【空色の壁】と呼ばれる初心者殺しの代名詞となっている極悪なモンスターが跋扈している。
ましてやそこの区域主ともやるんだぜ?
浮かれてなんていられるわけが無い。
もしかしたらヨーコなりに正直に言ってくれてるのかもしれないけど、それを真に受けてバカを見るのはしょうもない。
まぁ、何気に他人に褒められたのはイライザ以外初めてなので、もちろん悪い気はしてないけども。




