14.おっぱいをめぐる冒険
「アオイ。……ほんとに良いのか?」
「きっと、私も行かないと後悔しますから」
「……そっか。じゃあイチカにメシは延期って連絡しとかないと」
「……ですね」
俺たちは緊張に顔を強張らせながら、ヨーコの待つ下鴨ダンジョン入口まで急ぐ。
あいつ自身が言った言葉を借りれば、タダスケはこちらの世界で出来た数少ない――少なすぎる――同性の友人ではある。
とはいえ俺自身、なぜ自分が死地へと向かう決断をしたのかが不思議でしかたなかったのだけど、アオイの一言でストンと腑に落ちた。
ただ、自分が後悔したくないだけなのだ。
サノのせいにするつもりはないけれど、あんな思いをするのは本当に二度と嫌だった。
たとえタダスケと会って十日やそこらだとしても、あいつが調子乗りで馬鹿だとしても、実力を弁えない故の自業自得だとしても。そういう事ではないらしい。
ただ、死んでほしくない。
この世から居なくなって欲しくない。
アオイにディスられるのを見ていたい。
やらかして、ヨーコにゴリってされてほしい。
毎日は絶対ウザいから、たまに会って元気でやっていると聞かせてほしい。
それが多分、俺の正直な気持ちだと思う。
きっと前の自分なら、命を張ってまで助けに行こうだなんて思わなかったはずだ。
俺には助けるなんてできるわけないし、アノ阿呆の責任だし、人生にはどうしょうもない事だらけで、諦めこそが人生における最良の哲学だし、転がりゆく運命を自分がなんとかするだなんて、そんなおこがましい人間になりたくはない。
今はそんなふうに胸を張って言えないのだ。
いや、そもそも胸を張って言うようなことじゃないけれど、前の俺なら恥ずかし気もなく言えてたと思う。
俺の考え方の変化に原因を求めるとするならば、やっぱりサノか、或いはアオイのせいにでもしておかなければやってられないのである。
※※※
「当時のメンバーは?来れないの?」
「……うん。……他にも野良で知り合った人とかにもあたってみたけど、やっぱり難しそうで。もちろん掲示板にメモは残しておいたけど。……ホントにゴメン。こんな話聞かせて、ホントにゴメンね」
頭に巻かれた包帯が痛々しいヨーコは泣き腫らした目に、また涙を浮かべてそう言った。
「俺たちだってどこまでできるかわからない。そもそも三層だって初めてなんだから、ヤバくなったらキッパリ諦めて帰ってくるつもりだし。……ほんとに期待しないでくれよ」
「うん。それでいい。そうしてくれないと困るから」
「ヨーコさん。ギルドには声かけたんですか?」
「ええ。【花屋の使徒】のこともそこで聞いたの。だけど、私達が出せるお金も討伐できた時の売却代くらいしか無くて。」
【花屋の使徒】と名付けられた塔の中の化け物は、本来三層には居ないモンスターであり、推測される脅威度からつい最近、区域主として認定されていたらしい。
つまり、素材代だけで動く人間ならばすでに動き出しているか、自分たちの対策や準備が出来てから挑むのが普通だろう。
わざわざ、見ず知らずの冒険者のために自分たちのペースを崩して挑むもの好きは多くない。
上級冒険者パーティーなら気まぐれで助けてくれるかもしれないけど、それを期待するほど物分りは悪くないし、特に、時間もなく生存の希望も少ない今回のケースだと尚更、手を挙げてくれるパーティーを期待するのはね。
あとは金を積めば違うのだろうけど、俺たちの金を足しても素材代に比べたらはした金だろうし、冒険者が名乗りを上げてくれる期待値はほとんど変わらないだろう。
一応カミヤに連絡はとってみたけど、ダンジョン攻略の最中なのか音沙汰はない。
「じゃあ、メンバーはこの三人か……」
人数、実力、経験、情報。どれをとっても不足だろうな。
普通、下鴨とはいえ区域主ともなれば、その階層よりも上で十分にやっていけるパーティー構成プラス人数に厚みをもたせてから、下調べと対策を十分に練った上で挑むものだ。
いや、むしろ、挑まない冒険者のほうが圧倒的に多いのだろう。
多くの情報や討伐方法が公開されている一般的なモンスターと比べ、その多くが希少種から成る区域主、階層主は、決まった攻略法など無いに等しい。
だから数少ない情報をもとに命を対価に討伐せねばならないわけで、そんな大変な思いをするくらいなら一般モンスターを効率よく狩って稼ぐってのが普通の冒険者の感覚だと思う。
もちろん、少なくない冒険者は自分の命をチップにして、一発逆転のボス狩りを敢行したりもするけれど、その蛮勇が成されることはとても少ないわけで。
夢見ただけで報われるような甘い世界ではないのだから。
そんなわけで発見されてから長い間、討伐されないままの低層ボスが多くいるわけで……。
俺の呟きを聞いたヨーコ。
「……ゴメン」
「あ、いや、責めたわけじゃ……」
「そうですよヨーコさん。もう謝らないでください。今度謝ったらイナホさんがその大っきな胸を揉みますよ?」
「えっ!なんで?」「おい」
アオイは手をワキワキさせてヨーコににじり寄った。
「だってここからは命を預け合わなきゃでしょう?卑屈になっちゃ困ります。だからおっぱいを揉むんです」
「ひゃっ!」
ヨーコの胸をタプタプと揉みしだく。
視覚的に感じる質量と柔らかさに、思わず目を背け……られるはずもなく凝視せざるをえないのだけど。
しかし「おぉ、これはつきたてのお餅です」と満足げなアオイに、ヨーコは「ちょっとちょっと!」と助けを求めてきたので、内心では『いいぞ!もっとやれ!』と思っていることを内緒にしつつ。
「馬鹿言ってんな。でもヨーコ。アオイの言ってることも一理あるぜ?カラ元気はしんどいかもしれないけど、俺たちが落ち込んでればタダスケが助かるってわけでもないんだから。こう言っちゃ元も子もないけど、むしろタダスケは死んでるつもりの諦め半分で行こうぜ」
「イナホさん。元気づけるのが下手なことこの上ないですね。そしておっぱい揉むのは否定せず」
「うるせい。……タダスケも言ってたけど、これこそが据え膳じゃないのか?」
「むぅ、冗談です。イナホさんもやっぱりおっぱいって揉みたいんです?」
「あ、……ん〜。そりゃまぁ男で、いや、違うなんていうかな――」
困った。正直言えば揉みたい気もするけど、その他の事情とか気まずさとかを考えると揉むのも正解じゃない気もするし……。
そうやって俺が言葉に窮して困っていると、クスクスと聞こえた。見てみると、ヨーコが小さく笑っていたのである。
「わかった、わかったわよ」
先程までの沈痛さはない。
「あら、ヨーコさんおっぱいを提供するんです?」
アオイは軽くそう言ってワキワキと手を動かすポーズ。
「別に私は良いわよ?……アオイが良ければだけど」
ヨーコがそう言ってニンマリと笑うと、アオイのワキワキがスッと停止した。
「……べ、別に私は関係ないかと」
「ふふっ、胸を揉まれた仕返しよ」
「……か、関係ないのですよ〜」
目をそらして否定の言葉をこぼすアオイにヨーコはパンダの赤ちゃんでも見るみたいな微笑みを向けている。
なんだかよくわからない女性の争いはアオイが劣勢に立たされたようだけど、ヨーコの様子を見るに、取り敢えずアオイの頑張りは実ったのだと思う。
数ある不安の一つが解消したに過ぎないのだけど、達成の見込みが非常に厳しい今回の旅においては大事な一歩だ。
俺は頷き、そして二人に言った。
「……俺、ホントにヨーコのおっぱい揉んでもいいの?」
「「………………」」
一瞬エアポケットのような空隙が生まれたあと、
「いいの?」とヨーコが聞き、アオイが「どどどうぞ。ヨーコさんがいいなら私は別に。そりゃ、別に」と言った。
どうやら言質は取れたらしい。
そんなわけで、俺達のオッパイをめぐる冒険……もとい、タダスケの救出のための過酷な冒険が始まった。
いや、オッパイは流石に冗談だけど。
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