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13.鹿は美味しい。そして水面塔

「ヨーコさん達は来れそうでしたか?」

「いや、二人とも電話繋がらないんだよね。まぁ、とりあえずメール送っといたから。少なくともタダスケは気付いたら速攻で来そうだけど」

「う~ん。突然だし、しょうがないですよね」

「んだんだ。イチカもまだ仕事らしいし、腹も減ったし、先に食っちまおうぜ」


 アオイは「ですね!」と言ってキッチンへと向かう。


 アオイが作った【(ただ)れ黒鹿】のスパイシー黒シチューは予定していたよりも大量に出来上がってしまった。


 余ったとしても冷凍してしまえばいい話なんだけど、せっかくだから知り合いにも食ってもらおうと思いついて声をかけたわけだ。

 しかしまぁ、突然誘おうと思っても連絡もつかないんじゃしょうがない。


 普段のあいつらならとっくに探索なんて終わらせてる時間だってことは引っかかるけど、おそらく考えすぎだろう。


 ……さて、ナイフとフォークでも出しますか。


※※※


「はいな。おまっとうさんです~」


 アオイが料理をテーブルに置き、エプロンを外して席に着いた。

 そして、いただきますをしようかと思ったら、アオイはすぐに「……あ」と言って席を立ってキッチンへ向かった。

 何か忘れ物かいな?と思っていると、「うっしっし」と言ってスプーンを二つ持って帰ってきた。


「……あ、ごめん。うっかりしてた」


 シチューって聞いてたのに、ナイフとフォークじゃ食えるわけないのだ。


「ふふっ。役立たずめ」

「おい小娘」


 そう返すとアオイは嬉しそうに笑った。


 最近のアオイは口が悪くなってきたというか、冗談に含まれる毒が増えてきたというか。

 しかし、その中に悪気は全く感じないし、嫌な気持ちになることもなく、むしろ、こういった冗談を言うときの彼女は伸び伸びとしているように思えたりする。


 自意識過剰じゃないと思うんだけど、俺に対して気安くなったとか、心を開いてくれているって事だと思っている。


 まぁ、そんなくだらないやり取りをしつつ、手を合わせていただきますをしてから食事を始めた。


 【(ただ)れ黒鹿】のスパイシー黒シチューの味はというと、ガンガンお替りするくらいに美味かった。

 はじめはパンと食べてたんだけど、途中から白ご飯に移行するくらいに肉々しいのに、胃もたれしなさそうな不思議な感じ。


 ビーフシチューの牛肉の代わりに癖の強い燻製肉が入ってるみたいで、あとはスパイスとかハーブっぽくて、『トルコのシチューですよ』って言われてたら多分信用してたような感じである。

 ちなみに、トルコ料理なんて食ったことないけど。


 そんな感じで、初めて自分たちで狩ったモンスターを食べるジビエ会は大満足で幕を下ろしたわけであります。


 シチューはやっぱり大量に余ったけど、イチカも後でくるって言うし、まぁ何とでもなるだろう。


※※※


 そして二人で洗い物をしている時のこと。


「カミヤさんからのメール見ましたよ」

「ふふっ、なんか変なやつだろ?」

「あの文面からだと、すごい人っていうより和菓子好きの人って印象しか残らなかったですね。それより、ダンジョンからお茶が採れるとかビックリしました」

「あぁ、それな。俺もビックリ――」


 話している最中に。


 ――ワンダバダバ・ダンダバダバ・ダンダバダバダン!と、置いていた俺の携帯電話が鳴り響いたのだ。


「え?なんですその変な音楽」

「音楽は気にすんな。ただの着信音なのだよ。……あ、ヨーコだ」


 慌てて手を拭いてスマホの通話ボタンを押して耳に当てると。


『……イナホ。……タダスケが。……タダスケが』


 ヨーコの声は小さく震えていたのだ。


「どうした?何があった?」


『……タダスケが、……区域主エリアボスに捕まった』


 その言葉に息が詰まった。


「イナホさん?どうかしたんですか?」


 アオイの心配げな顔を見て、ようやく息の仕方を思い出す。


 そして、電話の向こうで泣きそうな声が聞こえる。


『……こんなこと聞かせてごめん。……でも、もうイナホたちしか頼れなくて』


 ……あぁほんと。なんでこんなこと聞かされなきゃいけないんだ。


 三層なんて行かなきゃ良かったのに。


 そんな実力じゃなかっただろうに。


 野良パーティーなんかやめときゃ良かったのに。


 ……『大丈ブイ』って言ってたくせに。




「……とりあえず聞いてみる」




※※※


 ヨーコから聞いた話はこうだ。


 いつものように野良パーティーを組んで三層で狩りをしていたところ、メンバーの一人が遠くに見える湖に妙なものが見えると言い出したらしい。


 数人が興味を持ったので行ってみたところ、大きな湖の水面には()()()()()()【蔦にまみれた塔】が映りこんでいたのだという。


 その奇妙さを面白がった一人が水面にだけ見える塔に触れようとしたところ、大変なことが起こった。


 水面の塔に絡まっていた蔦が突然水上に伸びてきて男を絡めとったのだ。

 そして、男は水面へと引っ張られ、バシャン!と水しぶきが上がる。


 慌てたほかのメンバーたちは逃げたり、その場でおろおろしたりと野良パーティーらしく思い思いの行動をとる中、タダスケは即座に湖へと飛び込んだらしい。


 しかしその思いは叶わず、再度水面に映る塔から伸びてきた蔦に絡めとられて、先ほどの男と同じようにバシャン!

 

 ヨーコも慌てて湖へと近づこうとしたのだけど、運悪く複数のモンスターが現れて交戦することになった。

 そしてパーティーの動揺と人数減からか、無様に壊走したのだという。


 ヨーコはと言えば、途中でモンスターに殴られて気を失い、気が付いた時には治療院に居たというわけだ。


 帰ってから集めた情報によると、それは【水面塔】と呼ばれているらしく、それ自体は()()()()()()()()()()らしいのだけど、そこに絡まった蔦や塔の中に見えたものから察すると、どうやら三層の区域主エリアボスで間違いないらしい。


『それが何でタダスケが生きてるかもしれないと?』


 そう聞いた俺にヨーコは答えた。


『……逃げる前に水面に映る塔の最上階の窓に見えたの。……真っ黒い何かに呑まれそうになりながら、タダスケが必死に窓を叩いていたのが』


 それが何でタダスケが生きてるかもしれないと?


 同じ質問をしそうになったけど、やめておいた。


 はっきり言って、タダスケが生きている根拠は余りにも乏しい。


 だけど。


 だからと言ってヨーコは諦められなかったんだろう。


 そして、それを聞いた俺も。馬鹿な考えが頭から離れてくれそうもなかった。

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