12,アオイは今、ジビエってる
二層で活動するようになって10日ほどたったある日、糺の森の鍛冶屋に一人で来ていた。
なぜ一人かというと、アオイは先に帰って晩御飯を作ってくれているから。
アオイは元々料理好きって程ではないらしいのだけど、二人暮らしを始めてからは作るのが楽しいらしく、本まで買って勉強しているようだ。
勉強っつっても基本的には元の世界の料理と似たようなものだけど、ダンジョン由来の食糧がある分まったく知らないことも多いらしい。
それで時間のある今日はというと、二層で狩った【爛れ黒鹿】という、名前の通り焼け爛れた醜悪な肌が特徴の鹿っぽいモンスターを食ってみようという事になったのだ。
【爛れ黒鹿】はこの世界ではそれなりに一般的な食材で、臭味や癖はあるらしいのだけど、炭火焼きのような香ばしさやスパイシーな風味が特徴の食材。
アオイ曰く、宿舎時代の食堂で俺たちも食べたことがあるそうなのだけど俺は記憶にない。全く気付かずに食べていたということである。……バカ舌かよ。
そんな感じで、アオイは【爛れ黒鹿】をジビエってる頃だろう。
で、俺は今日の売却を担当してあちこち行った帰りにイチカの所に立ち寄ったわけである。
「こんな感じだけど、こんなもんか?」
俺はギルドで貰った買い取りとクエストの明細をイチカに見せる。それをじっくりと眺めてから、
「……まぁ。適正価格ってところじゃない?今はまだ二層ぽっちだからうちの方が高く買い取れるけど、将来的に見れば間違いないよ。ギルドってのは付き合いを重ねれば良い仕事も回ってくるんだから」
「そうか。なんやかんやいつも悪ぃな」
「……うるさい。メンテしてやるから【鉈一】よこせ」
相変わらず照れ屋のイチカさんである。ちょっと感謝を口にしただけで目も合わせないでやんの。
実は今日から、イチカからの提案でこれまでイチカに卸していた素材や魔石類をギルドへと納品してみたのだ。
買い取り価格や依頼などと合わせても、イチカに任せたほうが多少高く買い取ってくれていたわけだけど、深い階層へと進むにつれて買い取りは難しくなりそうだし、税金の処理や今後舞い込んでくるであろう指名依頼等を見越せば、二層に進んだこのタイミングでギルドとの取引を始めておいたほうが有利だと勧められたわけだ。
自分の儲けは少なくなるだろうに、『本業で稼がないでどうする』と気の大きなことを言っていた。
本業が稼げている雰囲気はいまだ無いのにね……。
で、当の俺たちと言えばだね。
二層に入ってからの収入はそれなりに調子が良く、三日潜って一日休養という無理のないペース。
俺が勤める予定だった本屋の正社員よりも少し多く稼げている感じ。
俺たちみたいな少人数パーティーというのは少数派みたいだけど、今のところ命の危険を感じることなくやれているし、やっていくには問題のない収入となっている。
逆に、あれからヨーコとタダスケ――会話の流れで敬称はやめになった――とはあれから何度か会って飯をくったりした時の話では、野良パーティーでの収入はそれほど多くないらしい。
基本的には大人数で少数のモンスターを叩く戦法が主流なので、分配される金額は当然に低くなるそうで、収入を上げるために最近では三層にまで足を運んでいるらしいのだけど、大丈夫かな?と心配になる。
実際、「大丈夫かいな?」と聞くと、タダスケは「大丈ブイ!」と両手をピンとVの字にして言ったので唾を吐きかけてやりたくなったけど、ヨーコに「うざいわ」と言われてたので、それで良しとしておいた。
ちなみに三層では、カイと同じパーティーになったらしい。
あいつも無理してんじゃないか?とは思ったけど、今や接点もないし偶然に会うこともなかったから。……まぁいい。
「イナホ、携帯出しっぱ。今鳴ってたし。それにまた忘れるからちゃんとポケット入れとけ。……ったく、子供かよ」
そう言ってカウンターにあった携帯をイチカに手渡される。
「うるせい。……オカンかよ」
「オカンとか言うなっ!」
おれは「へいへい」と言ってメール画面を開いてみると、差出人は【カミヤ】となっていた。
『今、宇治ダンジョンの攻略中だよ。
次のアタックでの攻略の目途が立ったから、それが片付き次第アオイに会いに行くので伝えておいてくれないか?
あと、クルリに会った時の伝言も忘れないでくれると助かる。
お礼と言ってはなんだけど、宇治橋のそばにある和菓子屋『駿〇屋』の水無月がとてもおいしいから買って行きたいんだけど時期的に売ってるか微妙だ。六月末なら間違いないんだが……。
どうか、わらび餅か茶団子で我慢してほしい。いや、我慢という言葉は似つかわしくないほどにおいしいんだけどね。
宇治ダンジョンで新茶もいっぱい取れてるので、合わせて楽しみにしていて欲しい。
実は僕、案外お茶を入れるのが上手いんだよ。』
「……あいつ。京都人の鑑かよ」
【修復同盟】のリーダーともあろうに、自分でお茶を入れるのか?とか、なんでそんなに食い物に詳しい?とか。
本題以外の所に目が行く内容だったけど、面白いのでとりあえずメールをアオイに転送しておいた。
でもまぁ、アオイは【修復同盟】に興味ないみたいだし、クルリなんてそもそも全然会ってない。
俺だってお礼も何も言えてないわけで、会いたいと思っていてもどうやって会えばいいのかも分からない。
カミヤには和菓子とお茶をご馳走してもらうだけになりそうだけど、それは俺の責任ではないし、その『〇河屋』の和菓子にはかなり興味があるし、カミヤの入れたお茶にはもっと興味があるし。つまり俺は、次にカミヤと会うのが結構楽しみになっていたりする。
「何笑ってんだよ気持ち悪い」
「うるせい。お前だってみたらし団子好きだろが」
「何の話だよ」
「あ、下鴨がみたらし団子の発祥って知ってた?」
「んなもん常識だろ?ってか、何の話してんだよ」
そうやって苛立つイチカと戯れながら、夕日が落ち始めたころに帰路につくことにした。
そんな感じで俺たちは結構順調な生活を送り始めていたのだけど、人生というのはどこでどうなるかわからないもので。
特にダンジョンのあるこの世界では色んな事が目まぐるしく急転する。
つまり何が言いたいかと言えば、俺の知らないところで、すでに悲劇は始まっていたという事である。
ご覧いただきありがとうございます!
お話、お楽しみいただけてましたら嬉しゅうございます。
作中に登場する和菓子屋さん。もちろんフィクションなのですが偶然にも全てが一致する有名なお店がありまして(白々しい)、作者はマジで大好きです。
京都宇治は10円玉で有名な平等院(鳳凰堂)などもありますし、お立ち寄りの際にはぜひ食べてみてくださいね!(突然の観光案内)
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