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11.雉の小人とバッティングセンター

 俺たち二人は深い森の中を歩いている。


 歩くたびに、落ち葉や枯れ枝を踏みしめて『パキッ』とか『カサッ』とか音を立てる。


 風が吹けば草木は揺れるし、太陽()()()ものは生い茂った木々の隙間からレーザー光線のような木漏れ日を作り出す。


 つまり何が言いたいかというと、下鴨ダンジョンの二層は、一見すると普通の森と見紛う作りだということ。


 まさかここがダンジョンの中だとはにわかに信じられないほどである。


 しかし、率直な感想を述べると、この森はそこはかとなく気持ちが悪い。


 例えれば、ダリやマグリットなどシュールレアリスムの絵画を見る感覚に似て、誰かの精神世界にでも迷い込んだような曖昧な世界。


 抗いがたい違和感の正体を探して注意深く観察してみると。


「この木も日当たりが悪い」


 自然の森や林では普通、穏やかに見える木々たちでさえも生存競争を行っているものだ。


 太陽光の奪い合いである。


 生まれた場所によって陽光を得られない植物は十分な成長が出来ず、或いは芽すら出すことが難しい。


 逆に立地条件の良い木は光合成をしまくり、さらに枝を伸ばしてさらなる光合成を。

 どんどんと肥え太り、堂々とそびえ立つ。


 まるで社会の縮図である。


 いや、話が逸れるところだった。


 話を戻すと、この森らしきものにはその常識が当てはまらないのだ。


 立派な木に覆い隠された地面に、生き生きと生い茂る若木の新芽がブリブリと顔を出している。


 他にもわかりやすいところで言えば。


「どこ探しても虫とか微生物とかいる気配がないし」


 ひっくり返した大きな石の下には、虫が居るどころか、押しつぶされたドングリから緑々しい新しい芽がモヤシのように伸びていた。


「イナホさんイナホさん。私も見たいです」


「あ、すません。ちょっと夢中でした」


 現在はアオイが周囲の警戒を担当してくれて、俺は興味に没頭していた。


 生存のための把握でもあるから、単純な知的好奇心とも言い切れないのだけど、今まで知っていた常識とは違う摂理で動く世界を面白いと思わずに居られなかったのだ。


「ううん。モンスターが居なければ観光で来たいくらいですよね」


「絶妙な不思議さが見ていて飽きない。でも、この世界の人にとってはダンジョンだから当然って認識なんだもんな」


「スキルやモンスターの存在と同じでしょうね。もちろん研究している人なんかもいるでしょうけど、大抵の人は『在るんだから在る』って感じでしょう。私たちが枝豆の薄皮に疑問を抱かないのと同じかもしれませんね」


 そう言って警戒役を代わる。


 アオイはドングリをつまみ上げて「うへぇ〜」と関心を露わにしている。


 石の下を嬉々として見ている女子高生というのも変だと思って笑いがこぼれる。


 だって背中には厳つい武器まで背負ってるわけだしな。


 アオイはサバイバルナイフで木の皮を剥いでみたりしてるが、それになんの意味があるのかはわからない。


 きっと彼女なりの興味があるんだろうと、周囲の警戒を続けると――


 ――ササッ


 かなり向こうの木の陰で、鮮やかな赤と青い色合いがチラついた。


「アオイ。なんかがこっち見てるぞ」


「どこです?」


 彼女はすぐに肩にかけたクロスボウを構える。


 俺が指を指して知らせると「あれが【(きじ)の小人】でしょうか?」と目を凝らす。


 【(きじ)の小人】とは、鳥のキジと人間を三対一でかけ合わせたような面妖な化け物。


 体長はマチマチだが、よくいるサイズで1メートル2、30らしいけど、映像で見る限りは腰を90度近く曲げた奇妙な姿勢だったので数字よりは小さく見えた。


 ただし、不気味さで言うとこの階層で随一だった。


「多分そうだな。……あ、引っ込んだ」


 こちらの視線に気付いたのか木の陰に隠れて見えなくなってしまった。


 しかし。


「アレは確か、それなりにずる賢いはずです。注意しましょう」


「……おう」


 俺は【鉈一】を引っこ抜き、周囲を警戒する。


 二階層に来ての初めての戦闘だ。つまり、新たなモンスターや森という慣れないフィールドでの初戦という事になる。


 一層や長兵衛との戦闘で多少の自信がついたとはいえ、気を抜いてポカをやりたくはない。


「……車は慣れたときに事故る」

「……それは5回は聞いてます」

「……いや、言わないとすぐ気が抜けて――」


 言い終わる前、ガサッと木の揺れる音が聞こえた。


 慌ててそちらを向くと、真っ赤な顔面で緑の羽を広げた(きじ)の小人がグライダーのように滑空して迫っていた。


「来るぞ!左からだ!」


「撃ちます!」


 ダシュン!


 言うや否や発射された矢は的確に鳥頭の眉間に吸い寄せられていく。


 ――しかし。(きじ)の小人は翼の角度を少しだけ変えると、ヒュッと機敏な動きで躱した。


 そして羽を畳んだかと思うと、その滑空速度は弾丸のように早くなり、俺に標的を絞って猛烈に迫ってくる。


 俺は【鉈一(なたいち)】を構えて迎撃のタイミングを計った。

 門で戦った鎌ドウマのようにすれ違いざまに斬り付けてやる。しかし【(きじ)の小人】はクルンと回転し――


「――避けて下さい!」


 アオイの声に反応して慌てて体を捩らせるが、


 ピシピシッ!


「――っつ!」


 【(きじ)の小人】が突然に広げた翼に太ももを軽く切り裂かれ、地面に無様に倒れこんだ。

 アオイが叫ばなければ翼に巻き込まれて酷い目にあっていたところだ。


「イナホさん!」

「……いや、大丈夫。それよりまたすぐに来るぞ」


 【(きじ)の小人】は通り過ぎた先でクルンと翻り、再度加速を始めている。


「アレは私向きっぽいですね」


 アオイは立ち上がった俺にクロスボウを寄こし、【牙塊(がかい)】を鞘から外してゆったりと構える。


「おい。無茶しないでくれよ」


 そうこう言っている間に【(きじ)の小人】は翼を畳んで特攻体制に入る。


「イナホさん。バッティングセンターって150キロとかあってですね、実は私、――」


 アオイは【牙塊(がかい)】を大上段に構えたは良いが、焦った様子もなく話を続ける。


 しかし鳥頭はそんなことで止まってはくれず、むしろどんどん加速し、先ほどとは違い電動ドリルのように回転しながらアオイの胴体を剛速球のように貫こうとして――


 【牙塊(がかい)】が的確に振り下ろされた。


 ――ドチャッ!


 真上から地面に叩きつけられた【(きじ)の小人】。


 【牙塊(がかい)】の刃はその後頭部から背中にかけて見事に食い込み、その重量で体も少しひしゃげているだろう。


 アオイは微動だにしなくなった化け物の背中を踏みつけながら【牙塊(がかい)】を引き剥がし、こちらを見て先ほどの続きらしい言葉を口にした。


「――実は私、バッティングセンターに一度行ってみたいんです」


 俺は見事な討伐ぶりに感動しつつも、突っ込まざるを得なかった。


「……行ったことないんかーい」


 話の流れで言うと『150キロとかバンバン打ってたんですよー。えへへ』じゃないの?と思ったけど、アオイはボケたつもりもないらしく話を続ける。


「梅田のバッティングセンターの特集をN〇Kで見たんですけど、京都ってどこにあるか知ってます?」


 俺、【(きじ)の小人】との戦闘、結構やばいと思ってたのに……。


「……はぁ。……俺も知らねぇけど、上賀茂の方にあった気がする。あと、ラ〇ンドワン?」


「う。……あんまり興味ないですか?」


 アオイは俺のため息に反応したのか、少し『しまった』といった表情を浮かべた。

 今のため息は『バッティングセンターとか興味ない話しやがって』ではなく、『なにこの子?胆の据わり具合ってすごくね?なに平然としてやがるんだか』のため息だ。


 俺も大概だと思うけど、こいつも結構抜けてるのである。

 なんか誤解させちゃってこっちが申し訳ないじゃないか。


「……んじゃそのうち行ってみる?」


 そういうとアオイは「にひひ~」と笑い、「ちょっとズルかったですかね?」と聞いてきた。


 そもそも会話の行き違いがあるから、俺はよくわからなかったので首をかしげて素直に「わからんちん」と答えておいた。


 そんな感じで二層での初戦闘は終わったわけです。


 今日は元々様子見のつもりだったけど、傷も浅かったことから引き続き安全そうなエリアを回り、何度かほかのモンスターとの戦闘も経験した。

 さっきの鳥頭戦が悔しかったので、俺も内心では結構頑張ったりしたり、アオイもスキルを試したりしていた。


 で、【(きじ)の小人】とはもう一度エンカウントし、先ほどとは違う動きを見せたので後ろに居たおれは一人で焦ったりもしたけど、それもアオイにかかれば恰好の獲物といった様子だった。

 『あれはむしろ得意球です』と胸を張っていたくらいである。


 そんなこんなで、初めての二層探索を終わらせたのであったとさ。


 あ、帰り道の【門番】は四体居たけど、二人で倒しましたよ。

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