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4、講習が終わり、見上げたカヌレは多分甘い

「あーー。講習、まさか半日かかったね」


 京都の中心部。河原町通りに面する古き良き建物、京都市役所の会議室を出た俺達は二人して伸びとアクビをした。

 

「流石はお役所仕事ってところでしょうか。A4の半ペラで纏まるのに細かすぎるところまでフォローしてましたから」


 アオイさんが取り出した大学ノートのページは箇条書きにされてきっちり半分だけ埋まっていた。


「どれどれ、見てやろう」


「あ、見せてくださいでしょ?半分寝かけてたの気づいてたんですからね」


 まったく、昨日は一人だけスヤスヤ気持ち良さそうに寝やがって。

 アオイさんが未成年かつ制服ってこともあり、泊まれるところが逆にラブホしか無かったのが痛かった。

 もちろん指一本触れてないけど。

 向こうも初めはソワソワしてたくせに、途中から安心しきってグッスリだよ。

 まぁ、誰のせいで眠れなかったと言うならば、間違いなく俺のメンタルのせいだけども。


「うるせい。よこしやがれくださいコノヤロー」


「あ、ひどい」


 アオイさんからノートを奪い、目を通していく。


「ふむふむ。……モンスターからとれる魔石はこの世界における主要エネルギーである。モンスターによっては素材や食料となり、それらを含めてダンジョンから産出される資源は社会を形成するにあたり必要不可欠の…………。要は冒険者ってわりと大事な仕事ってことね」


「……大体あってます」


 アオイさんからのジト目をサラリと受け流して続きを読むことにする。


「で、京都の有名なダンジョンは難易度順に高い方から【嵐山】【伏見】【下鴨】の三つが主。俺達は当然【下鴨】だな」


 自転車を押しつつ北に上りながら話を続ける。


「無料宿舎もその近くにありますから、それが前提なんだと思いますよ」


 つまり、補助申請を受けた冒険者が下鴨ダンジョンに集中することになる。

 新たにパーティーなんかも組みやすいのだろう。

 命を預け合うと考えれば、実際に組むかどうかは悩みどころだけど……。


「で、規定探索時間ってのを下回らないようにしないと放逐されると。第一週は計7時間ね。」


「休養日を2日入れるなら一日あたり1時間24分ってことですね」


「そうか。一見短そうに思えるけど、結構シビアかな」


 これが長いか短いか捉え方はそれぞれだろうけど、俺には長く思えた。


 化物との命の取り合い。それを想像することはまだ十分には出来てないけど、例えば野生の獣の巣に放り込まれたと想像することは容易い。

 トラやゴリラが徘徊する空間で彼らと敵対しながら1時間以上過ごすなんて普通なら御免こうむる。


 初心者向け補助制度を利用したタダ飯喰らいを避けるためとはいえなかなかに厳しいルールだと思えた。


「討伐数が項目に入っていないだけマシと考えましょう。もし有名になりたければ討伐数が多いに越したことはないでしょうけど。……イナホさんは興味ないですよね?」


「無い。全く無い」


 ダンジョン攻略には色んな側面がある。


 素材やアイテム等を集めて売却するのが基本的な稼ぎ方だ。

 クエストという形で依頼された素材を納品したり、指定の場所を探索したり、依頼者の望みを叶えることで発生する報酬もある。


 他の方法で有名なものは、探索風景をテレビ放送をしていることもあってスポンサーが付いたり、テレビや雑誌などの出演、取材でギャランティーをもらうなどがある。


 これらにはもちろん知名度が不可欠だ。テレビで見た【カミヤ】などはきっとそれに当たるのだろう。


 アオイさんが話す討伐数の話はここに繋がっている。


 未来の英雄を探すマニア向け放送というキャッチコピーを隠れ蓑に、死傷率が高いことや、不慣れさからのアクシデントも見れるとあって、ルーキー専門の深夜放送やネット配信というものがある程度の人気を博しているらしい。


 つまり初心者期間というのはテレビに映るチャンスでもある。


 スポーツ選手よろしくルーキーの間に注目される程の活躍が出来ればスポンサーが付きやすくなり、いわゆるスター街道を歩みやすいわけで、有名になりたかったり大金を稼ぐには、新人期間に名を上げるのが手っ取り早い。


 アオイさんは俺に「その気はあるのか?」と聞いたわけだが、俺はそんなつもりもそんな自信もさらさら無かったわけだ。


「だと思いました。ちなみに私も、まずはしっかりやっていけるようになりたいです」


「おうよ。当面の目標は『死なないように』だろ?」


「はい!あわよくば美味しいデザートも食べられればです。……あっ!…………ここだ」


 アオイさんは突然立ち止まり、雑居ビルの最上階を眺めている。


「急にどうした?」


「ここの5階にカフェがあって、カヌレがすごく美味しかったんですよね。他のところとは次元が違ってて」


「あぁ、美味しいってのは雑誌で見たことがある」


 カヌレはフランスのボルドーあたりの修道院で作られてたお菓子だとかなんとか。

 小説にカヌレが出てきたので調べたことがあって、京都でカヌレと言えばここの店ってのを見たことはあった。

 カヌレなんて食ったとことねぇけどな。


「……また来たいな」


 アオイさんは少し寂しそうに言った。


「なら、死なないでやれたらここに来ようか」


「……はい。私もそう言おうと思ってたんです」


「ん。約束な」


「はい。約束ですね」


 アオイさんは微笑んだが、それでもやはり寂しげに見えた。


 アオイさんは以前この店に誰かと来たのだろうと思った。

 それが家族か友達か、はたまた別の誰かはわからないけど、過去の人間関係が失われた今、自分達が思い出と思っているものは、他人にとって空想妄言と何ら変わらない。


 俺たちの思い出は世界から消失したのだ。


 彼女と交わした小さな約束は、俺に出来る数少ない彼女への慰めであり、それこそが暗闇を行くための篝火になるような気がした。


 がんばろ。

お読み頂きありがとうございます!

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