9.走れタダスケ君!みんなのために。
「……え。……イナホ君。それマジで俺がやるの?」
タダスケは大げさに目を丸くして言った。
「……これが一番安全だと思ったんだけど。……どう?」
俺がヨーコさんに話を向けると、「まぁ、単純だけど乱戦よりは遥かにいいわよね?」とアオイを見る。
アオイは「相手に遠隔持ちは居ませんし、タダスケさんは引き際だけ見誤らないようにって感じでしょうか?」とタダスケを見る。
するとタダスケ。
「……おいおい。アオイちゃんに期待されたんじゃ、やらなきゃ男が廃るってもんだ。据え膳食わぬは男の恥って言うくらいだから」
「タダスケ、水を差すようだけどアオイちゃんは据えられて無い」
呑気なタダスケ君にヨーコさんの冷静な指摘。しかしタダスケ君は決め顔で言い放った。
「……あわよくば、……そういう展開も期待している!」
ヨーコさんのゲンコツがタダスケの頭に触れ、引っ掻くようにゴリっとした。
「……ッつ~」
音を立てないようにとの配慮だろうけど、地味に痛そうである。俺もアオイも二人の掛け合いにクスクスと笑ってしまった。
「ったく。馬鹿なこと言ってないで。やれるでしょ?」
「……あいマーム。……アオイちゃん、タダスケ無双見ててね」
アオイは下手糞なウインクにたじろぎながらも「はい。頑張りましょう」と下手くそに笑う。
「じゃあ、すぐにランタンのセット済ませて位置につこう。アオイは後方警戒も怠らないように頼む」
「りょーかい!」「わかったよ」「はいー」
それぞれ準備を進めていく。
タダスケだけは「アオイちゃんのリアクションに大きな開きがあるよな~」と隣でぼやいてるが、「そりゃ付き合いの長さで考えろよ」と言うと、「だよな!これからだよな!」とテンションと声量が上がってしまったので慌てて口を塞いだりしたけど、幸いにも準備中にモンスターたちに気づかれることは無かった。
※※※
準備を終えた俺たちはそれぞれのポジションについている。
俺とタダスケ君はモンスター達の一番近く。
ヨーコさんはそれより後方の物陰。
アオイは最も後ろ。複数のランタンで明るく照らされている。
動いたり動かなかったりするモンスター達の位置取りを確認して、完ぺきとはいえないまでもそれなりに有利なタイミングが来たのでタダスケ君に肘で合図を出す。
「……あ~、イナホ君、俺さっきアオイちゃんの前だからあんな大見得切ったけど、……心臓バクバクなんだけどな~。………自信ないんだよな~。……変わってくれないかな~」
「え?それマジで言ってんの?」
「……結構マジ」
そう言われて見たタダスケ君の手は、ブルブルと震えていた。
本気でビビっているらしい。
「言っとくけどこの作戦。取り残されることになる俺の役割のほうがハードなんだぜ?……で、念の為聞くけど、戦闘経験はあるよな?」
「それくらいある。この間も二層行ったけど、8人パーティーだったからな~。数で押し切った感あったんだよな~」
「なるほど」
テンプレパーティーの弊害とでもいうのだろうか。それならそれで、今回も人を集めて挑めばいいのに。
でも、騙された。……とは思わないぜ?
本来の作戦というと、タダスケ君が飛び込んで1,2体切りつけた後にダッシュでアオイの所まで逃げてもらう予定だった。
追いかけてきたモンスターの隊列が伸びたところを各々の遠距離攻撃で足を削りつつ、可能な限り数を減らしてから接近戦で叩いていくという石橋を叩いて渡る作戦だ。
タダスケ君さえきっちり走ってくれるのであれば、二人が例え初心者であろうと俺とアオイで処理できると思うし。
タダスケ君には悪いけど、囮になってくれさえすれば比較的安全に【門】までたどり着けるって計算だったんだけどな。
……でもさ。ここまで準備したんだ。悪いけど役に立ってもらおう。
タダスケ君なら許してくれるだろう。
「……タダスケ君。それでもカッコつけたいとは思わない?」
「そりゃ思う!……なんかいい方法あんの?」
急に目を輝かせるタダスケ君に、内心で『後で謝る』と思いながら話す。
「ちょっとこのギリギリに立ってみ?あっちから見えないギリギリの所でいいから」
「え?こんな感じ?………でもこれって大丈夫?」
呑気に言ったタダスケ君に微笑みを返し、大事な忠告をしておいた。
「射線には入らないように。攻撃もしなくて良い。ひたすら走ればオッケーだから。……あと、先に謝っておきます」
「いや、それって――」
――ゲシッ
俺はモンスター達のいる部屋にタダスケを蹴りだした。
タダスケ君はどさりと尻もちをついて「うそん」と目を丸くした。
その音に反応してモンスター達の目はタダスケ君に集中した。
「走れタダスケ君!アオイのところまで駆け抜けろ!」
「あーー!酷っ!イナホ君、思ったよりも酷っ!」
柔らかそうなお腹を揺らして飛び起き、走り出すタダスケ君に襲い来るモンスター達。
一番反応が早かったのは咀嚼蜘蛛だった。
壁面にいたはずのそいつはピョンピョンと跳ねてタダスケ君に覆いかぶさろうと跳躍。
「ひぃ~~!」
「ばかっ!はよ走れ!」
見かねたヨーコさんの声が響く!
しかし、タダスケ君は恐怖からか、後ろばかり気にしてチンタラ走り、頭を押さえて喚き、毛羽立った真っ黒な巨体がその頭上に降り立とうとして――。
シュタンッ!
「――gitya!」
「ちゃんと前見て!こっちまで来てくださいっ!」
アオイが放ったクロスボウの矢は、咀嚼蜘蛛のでかい胴体を射抜き、タダスケ君の寸前で捩れるように墜落。蜘蛛はそれでも起き上がるが、先ほどまでの勢いはない。
「今行くよ!アオイちゃん!待っててね!」
あっけらかんな小太りは、まるで少女を助けに行くヒーローのように叫ぶ。
自分で気づいてるのかわかんないけど今のマジで危なかったんだからな!
慌てて俺まで飛び出しちゃったじゃないか。
アオイはよくあの距離で誤射を恐れず撃てたもんだよ。ヨーコさんが撃てなかったのは当然だと思うし。
まぁ、蹴りだした俺が言うのもなんだけどさ。マジで助かったぜアオイちん。
無事に走り出したタダスケ君はひとまず置いておいて。
モンスターたちはバラバラに部屋から飛び出してくる。
獲物であるタダスケ君を追い、煌々と照らされたアオイに気を取られているらしい。
多少のアクシデントはあったけど、こちらには何とか気づいていない様子。
俺は物陰に隠れ、餓鬼を一体やり過ごし、次に通った鎌ドウマの着地の瞬間を狙って背後から投げナイフを投擲。
ストッ
百発六十中くらいの投げナイフ。見事に鎌ドウマのお尻の真ん中に突き刺さると、鎌ドウマはバランスを崩したのか突然進行方向を変えて壁に激突。
俺はさらに通り過ぎる餓鬼と鎧ムカデをスルーして、【鉈一】を抜いた。
部屋に残るのは鎌ドウマ一体ともう一匹の鎌ドウマだけ。ここから俺は近接戦だ。
部屋を出ようと飛び出した鎌ドウマにタイミングを合わせて横に振りぬく!
――スパッ
【鉈一】の刃は抵抗などほとんどしなかった。
鎌ドウマの顔から胴体にかけてパックリと裂くと、白い巨虫はドサッっと地面に横たわった。
「あと一つ」
続けて、カサカサッと不気味な音を立てて這い寄る鎧ムカデに自分から突っ込むと、相手はそれに合わせて顎を勢いよく突き出してくる。
「ワンパターンッ!」
鎧ムカデの攻撃は見た目以上に力強い。だから俺は頭部に照準を合わせて、タイミングで軽く振ればいいだけ。
――ベキッ!
「gititititititititititititi!」
さすが硬質な鎧ムカデ。一刀両断とはいかないけど、相手の力を利用するだけで頭部深くまで【鉈一】が突き刺さり、お尻をばたつかせて喚いている。
【鉈一】が食い込んだ頭を足で引きはがし、ジタバタと暴れる鎧ムカデの胴体を踏みつけた。
「おまけじゃい」
――ストン
関節部分めがけて【鉈一】を振り下ろすと、先ほどと違って恐ろしいほどあっさりと切断。
よし。こっちは終わった。
慌ててアオイたちのほうを見ると、ほとんどのモンスターは死屍累々。
しかし、ようやくアオイのもとにたどり着きそうなタダスケ君のすぐ背後に鎧ムカデが迫っている。
「馬鹿スケ!射線外れろっつってんでしょ!」
ヨーコさんが叫んでいるように、ヨーコさんからもアオイからも誤射が避け難い位置を走っているのでどうしようもない。
「あ~もう!」
アオイの珍しく苛立った声が聞こえたかと思うと、クロスボウを手放して背中の【牙塊】に手をかけて、振りかぶった。
「ひぃぃ~。アオイちゃん殺さないで~」
「違いますっ!早くしゃがんで!」
「――あいっ!――ひあっ!」
ブチャア!
慌ててしゃがんだタダスケ君の背中を掠めるようなダウンスイングは、寸前まで迫った鎧ムカデを無残に押しつぶし、その体液を周囲にバラまいた。
「……ふぅ」
おでこの汗を拭うアオイ。
タダスケ君は自分が助かったことを知ると……。
「……二回も助けられちゃったね。……さすがはマイ天使」
にこやかに笑ったのである。
「この馬鹿スケっ!緊張感持て!まだ他に生きてんでしょ!」
ヨーコさんが叫びながら小剣を餓鬼に突き立てる。俺も近づきながら横たわったモンスター達にとどめを刺していく。
「…………ふぅ」
アオイもため息をついてあとかたずけに取り掛かると、タダスケは「あとは任せときなって」と言って大剣をようやく抜いた。
その時にアオイがぼそりと「……ホント馬鹿スケ」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
いや、静けさを取り戻した洞内では思いのほかその声が響いて、誰も聞き逃さなかったのだ。
ヨーコさんと俺はそれを聞いて噴き出して、当のタダスケ君は「ほほっ!もっと呼んでいいぜ?」と楽し気に小躍りしている。
アオイだけが『あちゃ、聞こえてしまったか』というような顔をしたが、すぐに「じゃあ遠慮なく。この馬鹿スケ!」と言って遊んでいた。
まぁ、今回の共闘は疲れたけどさ。
知らない人でも、自分と考えが合わないかもと思った人だとしても、今の気分は案外悪くないなと思ったわけです。
気のいい奴は得だなぁ。
あ、後でちゃんと謝りましたよ?




