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8.門番、協力、二層に至れ!

 ヒナさんの病院に行った翌日。


 ダンジョン探索を再開して2日目となる今日は、『一層だと反感買うぞコンニャロー』というイチカの勧めもあって初めて二層にチャレンジすることになった。


 低階層の情報はCネットなどでも多く公開されていたので、下調べには余念がない。


 モンスターの性質や注意事項などにしっかり目を通したうえで、公開されていた大まかな地図をちゃっかりダウンロードしてコンビニプリント済みである。


 洞窟型の一層とは異なり、二層は森林エリアらしく、空や太陽まである浮島だというのだからかなりワンダーな感じなんだろう。


 新しい化け物に出くわすのは緊張や恐れを否めないけど、そんな現実ではありえない不思議の国のアリスじみた世界に期待と憧れを抱かずには居られなかった。


 だがしかし、俺達にはそこへたどり着くための難関が待ち受けている。


 ――【門番(ゲートキーパー)


 次の階層へ向かう冒険者たちを阻止するかの如く集まってくる化け物たちに付けられたあだ名。


 とはいえ、常に同じモンスターが居るわけではなく、誰かに倒されればもちろん居なくなるし、時間が経てばどこからともなく一定のモンスターが集まってくる奇妙な現象。


 このあたりにダンジョンの意思、あるいは化け物たちの本能みたいなものを感じたりするけど、今考えても詮のないことだろう。


 そんなことよりも重要なのは、俺たち冒険者が階層を探索するにあたっての難易度を表す指標となっているということだ。


 その階層の【門番(ゲートキーパー)】を倒せてようやく、次の階層へと挑戦するに値するパーティーだとされている。……いや、されていた。というのが正しいかもしれない。


 ダンジョン中継などがされていなかった頃の冒険者たちの間では常識だったらしいのだけど、低階層の考察が進んで攻略テンプレが公開されている現在ではあまり重要視されていない傾向にあるようだ。


 攻略テンプレ曰く。


『一層はただのチュートリアル。ちゃっちゃと二層行ってサクッと稼げ。門番(ゲートキーパー)?数集めれば?』


 というような常識を安易に信じることが恐ろしくて二層攻略を先延ばしにしてきたわけで。


 だって実力が伴わなかったと嘆くのはすべてが終わった後になるのだから。


 だから、慎重派かつ、昔の人の言うことって現実味があるよね派の俺たちにとって、その指標は安全管理のためにはありがたいものだと思っているわけで。


 で、実際ここの門番(ゲートキーパー)はどのくらいの難度かと言いますと。


 人の出入りが少ないダンジョン深部なんかだと、強力な個体が【門番(ゲートキーパー)】をしていることも少なくないらしいのだけど、下鴨ダンジョンの一層の【門番(ゲートキーパー)】というのはいわば京都の中でも最低難度といっても差し支えない。


 つまり、此処くらいは俺たち二人だけでも攻略できないと話にならないのでございますよ。


※※※


「さすがにこの道もモンスターが少ないな」


「……ですね。本道並みにモンスターが居ません。でも、Cネットによると【門番(ゲートキーパー)】の補充だけは速やかだそうですから、戦闘は免れないかと」


「そうだよな。……手汗出てきた」


 俺はランタンを持ち替えながらズボンで汗を拭いつつ、【鉈一(なたいち)】のグリップを握り感触を確かめる。


 ――大丈夫。イチカ特性のグリップは手によく馴染んでくれるし、気持ちも落ち着いてる。


「……そろそろ門だよな」


「……はい」


 ウネウネとした洞窟を進んでいくと、先のほうから薄っすらと光が漏れてきている。


 おそらくあそこが【門】だろう。


 俺たちはランタンを消してから、息を殺して近づき、岩陰からその部屋を覗く。


「――ッ!」


 その空間の壁には何体もの巨大なモンスターの影が踊るように揺れていた。

 その光景は、まるで悪夢が催す狂気の宴を覗いたような気分だったが……。


「……焦った」


 部屋の中央には焚火が轟轟バチバチと燃えていて、それに照らされた見慣れたモンスターたちの影が壁面に大きく映し出されていただけだった。


「視認できたのは餓鬼2体、鎧ムカデ2体、咀嚼蜘蛛1体と、鎌ドウマは……2体ですかね?」


「……多いな。死角もあるからまだいる可能性もある」


「……一気に来られたら不味いですよね。遠距離でどれだけ仕留められるかってところでしょうか?」


「そうだな。それプラスどうにかして乱戦を回避――」


 ――ザッ、ザッ……


 そこまで話したところで後ろから聞こえた足音にふり返ることになった。


 俺たちが来た道からやってきたのは、初めて見る二人組の男女。


 男は小太りな体形に似合わない大きな剣を背中に背負い、女は弓と小剣装備。

 その武器は遠めに見ても大したことがなく、【相談所】で支給される程度のものだ。おそらく初心者と見て間違いはないだろう。


 すると、男はにこやかに笑いながら近づいてくる。

 俺はその無神経な足音に軽く苛立った。


 いや、おそらくモンスターには聞こえてないし、俺が心配性なだけかもしれないけど。


 そして男はしゃがんで俺たちと目線を合わせ、嬉しそうに話し出した。……それなりに小さい声で。


「うわぁ。アオイちゃんじゃん。共闘できるとかマジで嬉しいんだけど」


 そう言って男は手を差し出してきた。握手のつもりだろう。

 だけど、アオイが俺を一瞥する。多分困ったんだろうな。


 俺は失礼にならないように男に手のひらを向けた。


「チョイ待ち。……共闘するなんて話どこで出た?」


 しかし男。


「いや、だって。……普通そうだろ?」


 男は()()に驚いた顔で目を丸くして俺を見る。


「……普通ね」


 ……いわゆるテンプレではそうだと言いたいのだろう。


 ギルドであらかじめ募集をかけて人数を集めるか、門の手前で待機して人を待つか。

 そんな風に書いていたと思う。


 どの業界にも傍目じゃわからないような時代の流行や常識があるのはわかるし、共通認識や決まり事があった方がお互いにやり易いものだとは思う。


 だけどさ、それを当然のごとく押し付けられるのはあまり気分がよろしく無いのだ。

 それが命を懸けたダンジョンではなおさら。

 軽いように思えてならない。


 さて、どうしようか。と、頭を掻いていると女のほうもしゃがみ込んできた。


「悪いわね。気を悪くしないでよ。コイツこういうところはマジで鬱陶しいけど、悪い奴じゃないんだ。むしろ馬鹿な分だけイラつきはするけど、実害は無いと思って良いと思うわ」


 女は肩をすくめて下唇を突き出した。


「あっ、酷っ。それかなり酷っ」


 男はコケにされても堪えた様子もなく、あっけらかんと女を非難した。


「……私はヨーコでこっちはタダスケ。そっちと同時期に始めた初心者だけど、よかったら一緒に【門番(ゲートキーパー)】潰さない?」


 突然の誘いにアオイと顔を見合わせると、『イナホさんに任せます』といった表情。


 タダスケは「いや~。まじ天使。天使ザ撲殺だな~」とか言ってデレデレしている。


 ヨーコと名乗った女が言ったように発言こそ無神経だけど、いい奴特有の呑気さに見えなくもない。

 当のヨーコはサッパリとした気持ちのよさそうな性格であるし。


 敵の数や構成を考えると俺たち二人では少し荷が勝っているだろうし、知らない同士の共闘が不安なのだとしたら、それを鑑みた作戦を立てればいいだろう。


「ああ。一緒にやろう」


 俺はヨーコと握手を。

 意外にスベスベでびっくりしたが、そんなことは置いておいて話を続ける。


「んで、いい作戦を考えたんだけど――」


 ……ちょっとタダスケには悪いけど、おいしい仕事を頑張ってもらおうと思う。 

ご覧いただきありがとうございます!

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