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7.謝罪とツバメと丸っぽい月

 ――コンコンコン


「はーい。どうぞー」

「入りますよー」


 病室をノックすると子供の声が返ってきた。ヒナさんの声ではない。

 しかし、アオイはお構いなしに入っていく。


「イナホさん?大丈夫ですよ」

「……おう」


 アオイに促されて病室に入ると目についたのは、椅子に座った10歳くらいの少年。それ以外には誰も居ない。


 その少年は焦点の合わない目でコチラを見つめて口を開いた。


「だれ?」

「昨日も来たアオイだよ」


 アオイが彼に近寄りながらそう言うと、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「撲殺かぁ!また来てくれたんだ!」

「えっと、昨日も言ったけど、撲殺はやめて欲しいんだよ?アオイだからね?」

「へへ、わかってるって、姉ちゃんは今検査だけど、すぐ戻ってくるよ。それでそっちの人は?」


 アオイとのやり取りを見るにヒナさんの弟らしい。

 元気の良さそうな子供である。

 

「あ〜。はじめまして。イナホです」

「……へー。俺ツバメ。姉ちゃんの友達?見たことないよね?」


 首を傾げるツバメ少年にアオイも同じように首を傾げる。


「あれ?ツバメ君、長兵衛の放送見たって言ってなかった?」

「見たよ?テレビで。それでアオイのことも好きになったんだもん」

「あ〜、え〜と、そうか。……えっとね、このお兄ちゃんも一緒に戦ってたんだよ?すごい頑張ったんだから」


 アオイが諭すようにそう言うと、ツバメは大きく頷いた。


「……ああ!あのやられてた人!」

「おい子供コノヤロー」

「だってやられてたじゃん!」

「あほかっ。俺は――」


 そう言われて思い起こしてみると、テレビで何度も取り上げられてたのは俺がヤラれそうな所をアオイがスマッシュで仕留めたシーンだ。


 後は、クルリがアオイを救出してからの戦闘シーンや、ヒナさんやカイの痛ましい場面である。


 サッカーのニュースで得点をとったスター選手ばかりが取り上げられるようなものだろう。


 ディフェンダーだってピッチで必死に頑張っているのだけどね。

 どうしてもテレビ的には地味なのである。


 それならそれで。


「……いや、しゃあないか。そうだよ。そのやられてた人だよ」


 まぁ、俺自身それなりに頑張ったつもりはあるけど、編集されていたにせよ事実とそれほど遠いわけじゃないので潔く受け入れることにしておいた。


「そっか。よろしくな!」

「おうよ。よろしく」


 差し出された手を握り返すと、ツバメ少年はニカッと気持ちよく笑った。


 そして、しばらくツバメと話していると病室の扉が開く。


 看護師に車椅子を押されて入ってきたのはヒナさん。


 以前に見た彼女よりも随分とやつれており、襟元から覗く分厚い包帯が痛々しかった。


「おっす。お邪魔してます」

「……ッ」


 まだコチラに気づいていなかったヒナさん。

 手を上げて声をかけると、彼女は目を見開いて声を詰まらせた。


 時間が静止したように感じられた中、アオイがヒナさんの車椅子へと近寄ろうとすると、首を横に振り、静かに口を開いた。


「イナホさん。……すいませんでした。今回のこと……ホントに。……ごめんなさい」


※※※


 泣きながら話し始めたヒナさんの話は取り留めも無かった。


 彼女の話をまとめてみると、カイの様子が何かおかしいと思いながらも言い出せなかった。止めることが出来なかった。そんなものに巻き込んでしまってごめんなさいって事だったと思う。


 涙と鼻水でグチャグチャになっている彼女を見て、本当に傷ついているのは誰かというのは明白だった。


 きっとそれは彼女自身なのだろう。


「もう気にすんな。謝ってくれりゃそれだけで良かったんだから」


「……でも」


「だってアオイはもう許したんだろ?」


 俺がヒナさんに思うところがあるとすれば、結果としてアオイを裏切る形になったこと。


 当のアオイは昨日ヒナさんと話をしていたはずだし、今の二人の空気感からしても仲直りしているのだろう。


 それなら俺が口を出すようなことじゃない。


 しかしアオイ。

 

「許してませんよ?」


「「え?」」


 慌てて二人してアオイを見ると、イタズラが成功した子供みたいに口を抑えて笑いを堪えていた。


「ふふ、冗談です。イナホさんには悪いですが、私は初めから怒ってないんです」


「うぅ、アオイちゃん」


 ヒナさんはその言葉にまた涙を溢れさせてアオイにすがりつき、そのアオイといえば楽しそうに「ふふ、騙されましたな」と笑っていた。


 なんだか自分の役割は終わったような気がして、二人を残して廊下へと出る。


 すると、話をするにあたって外に出されていたツバメが、据え付けになっているベンチに一人ポツンと座っていた。


 特に行くところもないのでその隣に腰を掛けた。


「誰?」


 俺の方をジッと見てるけど、焦点が合わないのか何度も瞬きをしている。


「さっきのイナホだよ」


「……そっか。今日は特に調子悪くて」


 ツバメはそう言って目をこすった。


「……どっか悪いのか?」


 普段だったら聞かないような話に踏み込んだのは、相手が子供だったからか、何なのかはよくわからない。


「うん。【怪視病】っての」

「へぇ、聞いたことないわ」


 ツバメが何の抵抗もなく答えてくれたことでコチラも随分と気安くなる。


「そんなときは、カブンニシテって言うんだぜ?」

「ははっ。そうそう。寡聞にして存じ上げませんナマイキな子ども様よ」


 俺のふざけた言い方に腹を立ててツバメは腕を殴ってくる。


 イテェなおい。


「ツバメ!俺の名前はツバメっての!」

「知ってるよ。ツバメとヒナだろ?覚え易すぎる。で、どんな病気?」


「ひどいときは人とか動物とか動くものが怪物みたいに見える。……で、もっと悪くなると何も見えなくなるんだって」

「ほう。なかなかワンダーだな。聞いたことない。治んないの?薬とか手術とか」


 元の世界でも存在した病気なのかもしれないけど、それこそ寡聞にして知らない。


「高いってさ。治るかもわかんないんだって」

「……そうか」


 なんて返すのが正しいのか考えていると、ツバメは気にせずに続けた。


「でも結局、治るかどうかもわからないから『地狐の妙薬』を探すほうが早いくらいだってさ」

「ん?何その薬。それも知らないけど。……探せばあるってこと?」


 するとツバメは不思議そうな顔で俺の方を見る。


「『地狐の妙薬』知らないの?カブンニが過ぎるよ?カブンニが」

「カブンニじゃねぇから。か・ぶ、ん。……んで?どういうこと?」

「うるさいなぁ、知ってるし。カブンくらい知ってるし。……それはただの昔話で、遺児院の先生が言ってたけど、それを引き合いに出すくらい治すのが難しいってことなんだって」

「……なるほどねぇ」


 この世界ではダンジョンがある分、薬のレベルが高いと思っていたんだけどな。

 今の話を聞く限りじゃお金をかけて手術しても治る見込みは少ないと言う事だろう。


 俺にできることはないんだと残念な気持ちが浮かぶ。

 それと同時に、今までの俺ならそもそもこんな気を使いそうな話に首を突っ込むことすらしなかったはずなのにと不思議に思った。


 なんでかな?


 その理由を探そうと思索していると、ツバメは「それよりさぁ――」と服を掴んできた。


「ん?どした?」

「じゃあさ、カイにいちゃんとも一緒に冒険したってこと?」

「まぁ、そうだな」


 するとツバメは目を輝かせ、「……いいなぁ」と呟いた。


「良いもんかよ。二度とゴメンだっての」

「……そっか。カイ兄ちゃん強いから、イナホ兄ちゃんは付いてけなかったんだな。……頼んなさそうな顔してるもんな」


 ツバメは心底同情するようにジッとコチラを覗き込んでくる。


「変な勘違いすんな。ただ、……仲悪いだけだよ」

「そうなの?それなら仲直りすればいいだけじゃん。ちゃんと謝んなよ?」

「なんで俺が悪いかね。……ったく。まぁいいけどさ。……そういやなんか飲む?」

「え?いいの?じゃあ……緑茶!」

「……欲が無い」


 普通はコーラとかジュースじゃねぇの?と思いつつ。

 目の前にあった自販機でペットボトルを二つ買い、片方を渡すとツバメはそれをグビッと飲んで。


「俺さ、大きくなったらカイにいちゃんみたいになりたいんだ」


 ツバメはまたニカッと笑った。


「へぇ」

「かっこよくて、強くて、優しくて。ねぇちゃんのこと大事にしてくれるし」

「……まぁ、そうかもな」


 憧れの対象として語られるカイ。

 もちろん俺のイメージとは大幅に異なるけど、ツバメから見るとそんなふうに見えるのかもしれない。


「で、俺の夢はカイ兄ちゃんみたいな冒険者になって、ドラゴンとか倒して、姉ちゃんとカイ兄ちゃんと家買うんだよ。フラット35で」

「何故ローン!そこは夢なんだから一括にしとけよ」

「でも、カイ兄ちゃんが言うにはお金は手元に残しつつトーシに回せばネンリの差額で結局支払いよりも収入……あれ?なんだっけかな?」

「アイツ面倒くさいこと教えてんのな!」


 子供に大金の動かし方をドヤ顔で語っているのを想像するとなんか腹が立ってくるぜ。


「ツバメもツバメだ。もっと普通のポケ○ンの話とかしなさいよ」

「何それ?」

「……あ〜。なんでもない。カイの話でも良いから」


 びっくりした。ポ○モン無いのかよ。

 もしかしたらダンジョンとかモンスターとかが現実に居るのが何らかの理由なのかも知れない。


 てことは、ドラク○とかF○とかも無い?……いや、まぁいいけどさ。


「あ、そういや内緒にしろって言われたんだけど、実はカイ兄ちゃん、リンゴ剥くの超下手っぴなんだぜ?皮がこーんな分厚いんだもん」

「へえ。笑えるな。そういうアイツが聞かれたくなさそうなやつもっと聞かせろよ」

「えー。怒られちゃうよ。あ、そういえば、姉ちゃんと二人のときだけ、カイ兄ちゃんって姉ちゃんのこと――」


 そんなこんなでツバメの話に大笑いして、慌ててやってきた看護師さんに怒られたのであった。


※※※


 帰り道。

 少し欠けた月だけがポカリと浮かぶ空の下、二人で並んで歩いていた。


「イナホさん。私からも。巻き込んじゃってごめんなさい」


「ん?ああ――」


 カイとヒナさんに誘われて、なんだかんだ長兵衛と戦うことになったけど、誘われるキッカケや誘いに乗るキッカケは、どちらかと言うとアオイの縁から始まったとも言える。


 多分そのことを謝っているのだろう。


「――二人で決めたことだろ?全く謝られることじゃないから。ヒナさんに対してもホントに気にしてないし、むしろ早く良くなればって思ってる。まぁ、恨むとしたらカイくらいのもんだよ」


「……多分そう言ってくれるんだろうなとは思ってました。でもやっぱり。……ううん。じゃあ、ありがとうございます」


「ホントはそれも要らないんだけどな。まぁ、一応受け取っておきます」


「はい。目一杯差し上げます」


「なんじゃそりゃ」


「……そのカイさんなんですが。ヒーちゃんは言い訳みたいになるのが嫌だって中々話してくれなかったんですけどね。……聞きますか?」


「……あー。聞いても問題なければ」


「じゃあ話そうかな。まず、ヒーちゃんの生い立ちからになりますが――」


※※※


 ヒナさんが育った場所は亡くなった冒険者の遺された子供達が集まる施設。――通称【遺児院】


 そこで育ったとはいえ、ツバメとは実の姉弟であり、ヒナさんが冒険者になった理由というのは彼を大学まで進学させたい気持ちからだったという。


 そして、もし冒険者として成功出来たのなら、ツバメの【怪視病】の桁違いの手術費用も稼げるかもしれないと思っていたらしいのだが、しかし彼女は、それはあくまで夢だと割り切っていたのだという。

 ……自分には到底無理だろうと。


 そしてある時、その話を何気ない世間話としてカイに話したらしい。


 振り返ってみると、二人の関係がおかしくなり始めたのはその頃だった。


 元々上昇志向の強かったカイだが、なかなかステップアップ出来ず、ルーキーズ!!にも殆ど取り上げられない自分たちに苛立っていたようで、ヒナさんにも強く当たりはじめ、強引な探索を始める。


 俺と初めて会ったのはちょうどその頃だ。


 カイの強行でヒナさんの役割が完全な荷物持ちになっているのを申し訳ないと思いつつ、初心者の割には稼げ始めていたことに安堵していた。


 しかし、時が経つに連れて二人の関係は捻れていく。


 そこに優しかったカイは居らず、また、従順なだけの荷物持ちが居たのだ。


 そんな時、カイが俺たちへのオファーをヒナさんに提案した。


 その時、ふとツバメの手術費用のことがカイを変えた原因なのではないかと思いあたり、『ツバメのことは気にしなくていいから、無理するのはやめよう』と言った。


 しかしカイは『関係あるか』と取り合わなかった。


 そして、あとは俺達の知るところだ。


※※※


「面倒なことを聞かせてくれましたな」


 これじゃあカイの野郎を殴りにくくなる。

 

「でも、きっと聞いてた方が良いでしょう?」


 後ろで手を組んで歩くアオイは俺の顔を覗き込んでくる。


「どうだか。まぁ、頭下げるまでは許すつもりなんてないけどな」


 どんな理由があったとしても、そう許せることではなかったのだし。


「お好きにどーぞ」


 アオイはクスッと笑った。

 なんだか心を透かし見られているようで、なんだかなぁという感じである。


「アオイくん。仕返しに一つ聞かせてやろう」

「なんです?」

「カイはヒナさんと二人の時だけヒナさんのことを――」


 馬鹿みたいに笑う二人の上では、相変わらず星はなくて、少し欠けた月だけがポカリと浮かんでいた。

ご覧いただきありがとうございます!

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