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6.感想戦と二層へのススメ

 地上へ帰還した俺達はダンジョンそばにあるシャワー施設で汚れを洗い落としてからイチカの鍛冶屋へと向かった。


 店の前で腕組みをして立っていたイチカは「……遅い」と呟いてから店内のカウンターへと踵を返し、アオイは小走りで隣に並ぶ。


「イチカちゃん寂しかったんですか?」

「違うし!使い心地が聞きたかっただけだし!」


 イチカは真に受けて怒ってらっしゃるけど、アオイはニシシと笑って何やらご満悦である。


 二人の仲睦まじい様子を横目に、俺は腰にぶら下げていた【鉈一】を鞘ごとカウンターの上に置く。


「ほらよ」

「……ん」


 受け取ったイチカは鞘から抜いた【鉈一】を眺め、じっくりと刀身を眺めた。


「……心配はしてなかったけど刃こぼれ一つしてないな。これくらいなら研ぎは無しでいい。今朝渡した【ホロ革】で拭いて【誘いツバキの油】差しとけ」


 鞘に戻した【鉈一】を手渡される。

 俺はそれを腰に戻しながら、使った時の感触を思い浮かべる。


「それにしてもすごい切れ味でゾッとした。まるでテレビショッピングの包丁でトマト切ってるみたいな感触だったよ」

「はぁ?なんだそれ。褒めてるつもりか?」


 一層のモンスターだと鎧ムカデを除けばスパスパ切れるし、その鎧ムカデですら鉈特有の刀身比重のおかげでぶった切るのも無理はない。


 まぁ、接近戦はやっぱり怖いし精神力がガリガリ削られてくから長い時間潜るのはまだ無理だと思うけど、それはこちらの問題。


 つまりはこういうことだ。


「べた褒めだよ。……照れちゃうか?」

「まあ、それなりに頑張ったから。……当然」


 俺は少しからかってやろうとしたのだけど、イチカは意外にも満足そうに頷いた。


 その顔を見たら茶化すのも違うと思ったので、俺も正直に「ありがとな」と言っておくことにした。


 当のイチカは何も言わずプイとアオイの方を向き、指をクイクイとして武器を降ろせと合図している。


「……で、【牙塊(これ)】は実際に使って何か問題はあったか?」


 聞かれたアオイはため息をついた。そして恨めしそうに言った。


「血と肉が飛び散ってドロドロになって惨めな気持ちになる以外は使いやすさも破壊力も全く問題ないですけど?」

「すぐに慣れるよ。……いや、血じゃなくて扱い方の話な」


 イチカは【牙塊】を念入りに眺めながらぶっきらぼうに鼻で笑った。 

 それを聞いたアオイはカウンターに腕と顎を乗せて「うぅ」と不貞腐れる。


「……だといいんですけど。また変なあだ名つけられちゃう」


 【撲殺】以上の変なあだ名って何だろうかと考えつつ、気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういやアオイ。スキルはどうだった?疲れとか無いのか?」


「う〜ん。そうですね〜。使う寸前までは急激に気力が充実していくような感覚だったんですが、発動した瞬間にガクンと疲れましたね。海に遊びに行った帰りの車くらいグダーってなりました」


「へぇ。じゃあ何発も撃つのは難しそうか」


「やってみないとですけど、発動自体が難しそうな気がしますね。……一発であれだけ苦労したわけですし」


 そこにイチカが片手間に口を挟む。


「いや、スキルってのは威力を加減したり、慣れれば何発も撃てたりって話だ。何事も一朝一夕にはできねーよ」


「なるほど。……すごく納得です」

「……確かに」


 言われてみりゃ、そりゃそうだろうな。

 いくらスキルストーンが超常の力だとはいえ、食べてすぐにスキルを習熟できほうが不思議だ。


 イチカの言った通り、一つ一つ積み重ねて経験していくことでようやく身につくのが自然な形だろう。


 今日のアオイだって初めはうまくいかなかったけど、試行錯誤でようやく発動できたわけで。

 もっと上達すれば毎回血まみれになることもないのかもしれない。


 しかも発動のきっかけがダチュラだったとは……。


「そういやダチュラ……」


 アオイがスキルを発動する時に叫んだ言葉を思い出して笑いそうになるのを堪えた。


「はわっ!そんなの思い出さないでください!やっぱり読んでましたか?」


「バ○スと並ぶ滅びの呪文だからな」


 餓鬼を爆散させてしまったあの破壊活動にはピッタリフィットの掛け声である。


「……しまった。照れくさいです」


「古いし、多分誰も覚えてないから気にすんな。上手く発動できたんだから先生に感謝しときな」


 アオイは「確かに」と言って東の空に手を合わせた。


 それを見たイチカは退屈そうに呟く。

 

「……配信じゃ声まで聞き取れなかったし」


 その言葉に機嫌を取り戻したアオイは顔を上げて言った。


「あら?やっぱりイチカちゃん配信見ててくれたんですね?」


「ばか!今日はその、たまたまっ……って、あれ?今日は見てても良くないか?武器の具合くらい見たっていいはずだし」


「いつだって見ちゃだめなんて言ってませんよ?お仕事さえちゃんとすればですけど」

 

 ニコニコ笑うアオイと顔の赤くなったイチカ。


 「うるせぇ」とか「きゃきゃきゃ」とか、女子らしい空間になってきた。

 微笑ましいやら所在が無いやらで、こっそりと外に出て【鉈一】の手入れを始めることにしたのだった。


※※※


 帰り際。


「お前らは明日から二層に行けよ?」


 俺たちは顔を見合わせてイチカの言葉に首を傾げた。


「いや、レベルが違うから狩場荒らしみたいなもんじゃねぇか。そのうち反感買うし」


「……そりゃいかん」


「ま、大丈夫だと思うけど、一層のゲートキーパーにも気をつけてな」


「そういやそんなのもいるらしいな。ヤバかったら撤退する」


「……長兵衛に比べりゃ屁でもないのに」


 というような助言があって、明日以降の探索は武器やスキルの習熟を兼ねて初の二層に決定した。

 

 そして、その前に行くところが一つ。

 今日は二人でヒナさんの病院へ寄ろうと思う。


 大事な話があるそうだから。

【作中の補足】

ダチュラ。別名はチョウセンアサガオ。曼陀羅華(マンダラゲ)、キチガイナスビの別名も。

日本へは江戸時代に薬用植物としてもたらされた。

強力すぎる幻覚作用をもたらすことから、別名「魔王」「地獄への落とし穴」「悪魔のトランペット」などとも呼ばれている。


そして、村上龍著「コインロッカーベイビーズ」の中でダチュラという印象的な言葉が出てくるのだが、それは全くの偶然である。……偶然だったということにしてほしいのである。


(この後書き何だろう?)

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