5.武器とスキルはトマト祭りの様相
嵐山に行った翌日。
今日はいよいよ新しい武器とアオイのスキル【破裂】のテストを兼ねた探索である。
あくまでもテストのつもりなので探索は一層を予定。
長兵衛以来のダンジョンなので一週間以上も期間が開いてしまっているし、俺にとっては戦闘スタイルからのやり直しになる。
正直恐ろしい気持ちのほうが勝っていたけど、そんな弱気はきっとつまらないものだ。
慎重さと恐れを混同しないように自分に言い聞かせてから探索を開始した。
※※※
相変わらず冒険者としか行き違わない本道を進み、あっという間に奥のエリアまで到着した。
「イナホさん。もしかして緊張してます?」
心配気に聞いてきたアオイは新しいワンピースに身を包んで、大破ついでに小型化改修したクロスボウを手に、イカツ過ぎる新武器【長兵衛の牙塊】を背中に背負っている。
【牙塊】を簡単に説明するとスパイクメイスに近いかもしれない。
打撃力に重点を置いた金属の塊に、鋭利な刃がゾッとするほどあしらわれている、持つのも気が引けるようなハードコアなシルエットだ。
おかげでイチカ特製の鞘(?)がなければまともに持ち運ぶことも難しい。
「……正直ね。コレの距離感が不安かな」
右の腰にぶら下げた【長兵衛の鉈一】に触れる。
ちなみに左には予備の【長兵衛の鉈二】もある。
刀身は触れずとも切れそうな不気味さが漂い、その妖しさは鉈というよりも巨大なカミソリ――昔の床屋にあるような――のようだった。
俺には不相応に思えるほど剣呑な仕上がり。
だが、普通の鉈よりも少し大ぶりに作られているものの、鉄パイプとは比べるまでもなくリーチで劣る。
「イナホさんならきっと使いこなせますよ」
穏やかな笑みを向けてくれるアオイ。
相変わらずええ子やなぁ〜と思うと、少し心が軽くなった気がするから不思議だ。
「よし。がんばんべな」
「はいな。……どうやら早速のお出ましですよ」
アオイがランタンを向けた先には青白い体をした虫型のモンスター鎌ドウマ。
首を小刻みに動かしながら、その名を表す鋭利な鎌のような前足を使ってコチラに跳ね寄っている。
ダンジョンではいつだって突然に物事は動く。
敵の動きは素早くて、接触するまでは数秒もない。
「いつも通りに叩くぞ!」
「あい!牽制行きます!」
俺は走りざまに【鉈一】を抜き、鎌ドウマの着地地点を予測して回り込む。
後ろからはダシュッ!とクロスボウが俺を追い越して行った。
「gigigigi!」
空中で首元を射抜かれた鎌ドウマはバランスを崩して横倒しに倒れこむ。
俺は【鉈一】をボーリング球を投げるごとくすくい上げるように振り抜く――
――寸前で、やんわりとその手を止めた。
「……アオイさんや」
俺は改めて【鉈一】を振りかぶり、死体となった鎌ドウマの首、関節部分をストンと切り落とした。
その切れ味に背筋がゾワッとしつつ、嫌味を一つ。
「……ワシの出る幕なかったのう」
「……たはは。まぁ、ラッキーパンチということで」
結構意気込んでた俺なのに、相変わらず様にはならないのであった。
無事に復帰初戦を終えられたので万々歳かな?と思っていると、さすがは奥エリアだ。
アオイは慣れた手付きでクロスボウを装填しながら。
「あ、お望みのおかわりですね。餓鬼二体です」
「望んでるってのは語弊モチ」
俺はそう言いながら駆け出す。
「一周回っても全然面白くないですよっ――」
――ダシュッ!
撃ち出されたクロスボウは手前の餓鬼の脚を射抜き、バランスを失って転がる。
俺は通り抜けざまに倒れた餓鬼の頭を思い切り蹴り飛ばしつつ、奥から来る小剣を持った餓鬼へと突っ込む。
餓鬼は手にした小剣を振り上げた。
――――よく視ろ、目線を、動きを、見極めろ。
袈裟斬りに振り下ろされる小剣を【鉈一】で弾き飛ばし、返す刀で首を狙う。
餓鬼はスウェイで躱そうとするが、それも視えている――
「debya!」
――スパッ! 【鉈一】から肉の切れる感触が伝わり、餓鬼は首の半分を骨ごとパックリと開いて背中から地に打ち付けられた。
直角に折れた首からは、壊れた排水管のようにゴボゴボと血が溢れ出す。
――確認するまでもない絶命。
俺が後ろの様子を見るためにすぐに振り返ると、アオイが倒れた餓鬼の頭に渾身のアッパースイングを炸裂させる瞬間だった。
――どブチャアッ!
餓鬼の頭部。アオイと【牙塊】にかかればスイカのような脆弱さで肉片が撒き散らされた。
もちろん、最悪の場所にいた俺にもベチャベチャと血肉は降り注いだわけで。
「……アオイくん。……今のって【破裂】かね?」
「わわ、ごめんなさい!まさかこんな凶悪だなんて!……でも、今はスキル無しだったんですけど……」
「……うそーん」
まさか、この殺傷力で通常攻撃とか。
多分、【牙塊】の特殊な形状が『裂きながら潰す』事を可能にしてるんだと思うけども、想像を遥かに超えている。
そして、俺は血まみれの体を拭きながら、今日の運勢を見ておくべきだったのかもしれないと後悔した。
そして、その悪い予感はある意味で当たっていたらしい。
※※※
それから何度かのエンカウントを繰り返したけど、肝心のアオイのスキルはなかなか思うように発動しないらしい。
【牙塊】を中心に薄っすらと赤く光ったりするのだけど、すぐに力無く立ち消えてしまうのだ。
そんなこんなで俺達は、奥エリアの行き止まりにある比較的エンカウントの少ない場所で休憩がてら話をしていた。
アオイはスキルについて、「出そうで出ないくしゃみみたいなんです」と例えた。
発動の兆候らしきものは感じるらしいのだけど、形にならないまま消失するらしい。
そこで俺は提案をしてみる。
「定番だけど、必殺技の名前を言うとかは?」
「え?……なんですその辱め」
アオイは心底嫌そうに答えた。
わかるよ。俺だって同じ立場なら恥ずかしくて言えそうも無いし、必殺技の名前叫んで許されるのは少年誌の中だけな気がするし。
でも、スキルなんて曖昧な力を制御するには悪い案ではないようにも思えるのだ。
「思い出してみて。カイだって『リバースエッジぃぃぃ!』って言ってたし、発動のキッカケにしてるのかもよ……ぷっ」
長兵衛戦のカイの様子を思い出して笑いがこみ上げる。
当時は必死だったから何も思わなかったけど、あれだけ必死に叫んで繰り出した技をあっさり躱されてんだから。ぷぷぷ。ざまみろ。
「あーイナホさんヒドイ。笑ってるじゃないですかぁ」
唇を尖らせて抗議してくるアオイに笑いながら。
「まぁまぁ。ほら、カサネって子も変な呪文みたいなの言ってたじゃん。『光がバンバン』とか何とか。……きっとカイみたいにキメキメのじゃなくたっていいんだよ」
「正しくは、『光、じゃんじゃん五月雨ろ。すごく槍っぽいやつで!』、ですね」
アオイはポーズ付きでヘンテコな呪文を唱えて自慢げだ。
「え?……覚えてんの?」
「スマホ買ってからアーカイブ見て覚えたんですよ。冒険者用のアプリで見れました」
アオイは嬉しそうに微笑む。カサネのファンだと言ったのは伊達じゃなかったらしい。
昨日の夜、カミヤの話をするついでにカサネと会ったことも伝えたんだけど、『行けばよがったー!』とソファに埋もれていた経緯もあったりする。
……でも。
「それを照れずに言えるなら、結構何でも言えそうな気がするんだけども?」
俺だったらまだ『リバースエッジぃぃぃ』のほうがマシかもしれない。……いや、難しいところか。
「うぅ、自分で考えるのとか恥ずかしいですよ」
あぁ、そういうことね。それもわかる。
「まぁ、必ず言わなきゃってことでも無いだろうけど、なんか叫びながらやってみればいいんじゃない?ハンマー投げとかの大声効果ってのもあるし。そもそも上手くいくかもわかんないんだし、色々と試行錯誤ってことで」
「まぁ、適当な言葉を叫ぶくらいなら出来そうかもですね。……やってみます!」
「おうよ。その意気だ」
座っていたアオイに手を貸して立ち上がらせ、再度探索に向かった。
偶然にも少しの間エンカウントはなかったが、しばらくして当然のごとく一体の大きな餓鬼が棍棒を手に襲いかかってきた。
いくらスキルのテストであろうと命の取り合いであることを忘れるはずもないアオイに油断は無かった。
遠距離での初手はクロスボウを放つも避けられてしまう。
しかし、接近までの短い時間に再装填からの二射目で見事に脚を射抜いた。
痛みと憎しみで獰猛に大口を開ける化物の姿。
「gyagyoooo!」
アオイはチラリと一瞥を寄越し、俺は「おうよ」と頷く。
餓鬼には悪いかもしれないけど、存分に試せばいいだろう。
フォローは任せとけ。
アオイが駆け出して【牙塊】を振り上げると、ハードコアライクなソレは赤い光を放ち始める。
切れかけの蛍光灯のようだった今までとは比較にならない確固たる発光。
――いける。
そう思ったと同時にアオイは辿々しく叫んだ。
「ダチュラ!」
「!?」
脳天から振り下ろされる【牙塊】は棍棒を圧し折りながら餓鬼の頭に接触して――
ドッパァァァンッ!
――強烈な赤い発光と鼓膜を震わせる破裂音。弾けるように飛び散るのは餓鬼だったはずの細切れの肉。
四方に爆散した血肉片の中心には、胸から上を失った餓鬼と、【牙塊】を振り切り残心するアオイが残った。
「……すげぇ」
力なく倒れていく餓鬼の残骸。
辺りに死の赤を飛び散らせた【破裂】は段違いに凄まじく、衝撃的な光景に言葉が出てこなかった。
そしてアオイはゆっくりと立ち上がり、振り返った姿を見て戦慄が走ると同時に、盛大に「ぶふぉっ!」と吹き出してしまった。
全身に餓鬼のミンチを浴び、新しいワンピースから顔面に至るまでをおびただしい血肉でメタ糞に汚されていたのだから。
その後、アオイはもちろんス○夫みたいに唇をとんがらせてイジケてたし、俺と同じような目にあったアオイに笑いが止まらなかった。
出来るだけキレイに拭おうとしたけど、それには抗いがたい限界というものがあった。
おかげで、ダンジョンから出た俺たちを、いや、正しくはアオイを待っていたらしい数人の観衆からは悲鳴やらどよめきが聞こえて、なんだかんだドン引きされる珍事となったのは言うまでもない。
【本編ではカットされたラストのシーン】
全身血まみれで振り返ったアオイはボソリと呟いた。
アオイ「……キャリー」
イナホ「……ブッフォ!」
※古いホラー映画キャリーネタです。
アオイ渾身のギャグですが、認知度が低すぎるため割愛させていただきます。まったく彼女の悪いクセですね( ̄ー ̄)




