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4.聞かされたり貰ったり。あげたり。

「良かったのか?あんなこと言って」


 カミヤと別れてオギさんの工房へと向かう道中。

 パーカーのポケットに手を突っ込んだままのイチカが軽く体をぶつけてきた。

 ほんの少しよろめきながら、自分の考えをまとめるように話す。


「そりゃアオイの自由だし、だってカミヤのとこってすごいんだろ?」


 関西トップクランは伊達ではない。

 高額な報酬だけに留まらず、負傷時の保障や引退時の年金、死亡保障に遺族年金、休暇の多さなどの福利厚生も手厚い。


 野良の俺達と違い、対外的な信用も段違いにあるようで。入団から数年経てば家のローンも普通に通るそうだ。


 そして重要なのが、攻略を主軸にしたクランなのに冒険者の平均的な死傷率を大幅に下回っているということ。


 なんとまぁ羨ましい話である。


「そりゃそうだけど。……トンチキめ」


「トンチキって普通に使うやつ初めて見たよ。ってか、そもそもアオイが修復同盟(レストアラーズ)に行くとは思ってない。ただ、俺が勝手に選択肢を潰すのはどうかと思っただけだから」


「何とも立派な思いやりだよ。……バカ見ても知らないから」


 イチカはそう言ってツカツカと前を歩いていった。


※※※


 そして俺達はオギさんの工房へと到着。


 イチカが作業をしている間、俺はオギさんと世間話をしていた。

 その流れの中で、家を安くで貸してくれたことに感謝を伝えたところ。


「君達が来てからあの子が楽しそうだからね。……お互い様だよ」

「……はぁ。そうですか。それならまぁ、こちらこそです」


 そう言って笑うオギさん。深く刻まれたシワが実際の年齢よりも上に見える。

 まるで可愛い孫の話をする爺さんのようだ。


 俺たちだってこの世界での数少ない友人である――少なくとも俺達はそう思っている――イチカと知り合えたことで、救われてることは多い。


 その半分くらいはムカつくこともあるわけだけども。


「そもそも、イチカの父親は私の師匠みたいな人でね。口も世渡りも下手だったけど、そりゃもう一流の職人で、現代の名工にも選ばれるほどだったんだ。【一徹】って聞いたことないかい?」


「すんません。俺、そういうの疎くって」


 オギさんは「昔の話だから」と笑った。


「あの家は元々奥さんも早くに亡くしてたから二人家族だったんだよ。そしてあの子がまだ中学生の頃、一徹さんは素材採集に出かけたんだ。いつもはギルドに依頼してた簡単な採取だったんだけど、伏見ダンジョンの低層だったこともあって気が向いたのかな? でもそこで運悪く例の【羽衣(はごろも)心読丸(しんどくまる)】に出くわした」


 ……おうふ。いきなりなんてこと聞かせんだよ。


 イチカの生い立ちに興味がないわけじゃない。

 それでも今まで深く聞かなかったのは、多分アイツは聞かれたくないし話したくないタイプだから。


 時期が来りゃ話してくれるかもしれないし、話してくれなければそれでも問題無いとか思っていたわけで、まさかこんなタイミングで不意討ちみたいに聞かされるとは思わなかった。


「……ええと、【羽衣(はごろも)心読丸(しんどくまる)】ですか?」


 と、微妙に話を逸らそうとしたところで奥の扉が開いた。


「――オギさん。喋りすぎ。声もでか過ぎ」


 イチカは不貞腐れた面でオギさんを睨みつけるが、オギさんは諭すように話す。


「イチカ。親しい人に自分を知ってもらうのは良いことだよ」


 しかしイチカは気に入らない様子。

 

「うるさい。別に親しくなんか無いし。……それより、なんか用事あったんじゃないの?」


「……全く素直じゃないなぁ」


 オギさんはオッサン特有の茶目っ気でそう言ってから紙箱を一つ持ってきた。


「……これをアオイちゃんに渡してはくれないかな?」

「ええと。はい。……まぁ」


 俺の不思議そうな顔を察したらしいオギさんは付け加える。


「アオイちゃんにはCメッセで伝えてるんだけど、彼女のとりあえずの装備だよ。前の服はボロボロだったし、聞けばアレは普通の服だって言うじゃないか」


 オギさんアオイとCメッセしてんのかよ!というのはスルーしておく。

 なんかヤブ蛇っぽいし。


「ええまあ。でも、初心者は大抵そうだと聞いてますよ?」


 オギさんの店においてある装備もそうだけど、ダンジョンで取れる素材を使った普段着のような見た目の装備というものがある。


 配信などで人に見られる機会も多いことが関係しているみたいだけど、そのようなものは初心者が持てるような値段設定ではまずありえないのだ。


 普通の金属や革で作られたものですら結構な値段がするし。

 実際、一層で出会う冒険者達の防具なんてせいぜいが胸当てや盾を持っている程度だった。


 武器にはそれなりのお金をかけて、防具は有り合わせというのが初心者の定番である。


「でも有名人がそれじゃイケないからね。それに私はアオイちゃんの一番のファンだから。お近づきの印ということで」

「いやいや、そんなの悪いですから」


 オギさんの工房で売られているものは総じて高額だから、簡単に受け取れるようなものではない。

 しかし、オギさん。


「大丈夫。急場しのぎの安いものだから。気にしないで。ささ」


 そうして押し付けられるように受け取ってしまった。


「じゃ、じゃあ。ありがたく使わせてもらいます」


 俺が頭を下げると、「イナホ君は(・・・・・)気にしなくていいから」と引っかかる言葉が聞こえたけど、もう一度お礼を言い、準備ができたらしいイチカと工房を後にし、下鴨へと帰宅した。


※※※


 オギさんの言葉の真意がわかったのはその日の夜。


 アオイと一緒に頂いた紙箱を開けたときだった。


「……イナホさん、なんかすいません」


 広げられたワンピース型の防具を見てアオイは申し訳なさそうにする。


「……いや、……俺の分があるとは一言も言ってなかったから」


 そうなのだ。アオイのワンピース以外には封筒が一通だけ。

 

「……ほんと、なんかごめんなさい」

「……謝ることないし、クーポンくれたから……」


 『イナホくんへ』と書かれた封筒には全商品ニ割引のクーポンが入っていた。


 しかし、武器にお金をかけた後だから――特にスキル用に調整したアオイのは高かった――二割引とはいえオギさんの高級な防具を買う余裕なんて俺たちには無いという……。


 もちろん、アオイの分をもらっただけでありがたいのだけど、素直に喜べないのは俺が狭量だからかもしれない。


 ちなみに、オギさんの露骨なアオイ贔屓はまだ始まったばかりだったりするのだけど、それはまだ先のお話。


 精神衛生上、俺が邪険にされていないだけマシだと考えたほうがいいのかもしれないと結論付けて話を続ける。


「防具のことは良いとして、さっき話したカミヤの事はちゃんと考えなよ?」


「ぶぅ。……その話は断ったじゃないですか。それともイナホさんはその人のところに行ったほうが良いと思います?」


「だって、悪い話じゃないだろ?……俺が誘われたとしてさ、一人だったら行くだろうなと思うし。それに、もし俺のこと心配してるなら気にしなくていいぜ?何とかやれるさ」


 本心では一緒に冒険を続けたいと思っているけど、それは口に出せない。


 アオイの性格からして、俺がそんな事を言えば、カミヤのところに行きにくくなるだろうし、きっと頼りない俺の心配とかもしてるのだろうけど。


 そんなのを理由にしてせっかくのチャンスを不意にしてほしく無いんだよな。

 客観的に見ると修復同盟(レストアラーズ)の方が良いに決まっているんだから。


 だから俺は、アオイに出来るだけフラットに考えてもらえるように少し強がったわけで。


 でもアオイはニシシと笑いながら。


「……一人だったら(・・・・・・)って言っちゃってますよ?」


 あ、くそ。……こいつ、こういう些細な言い回しまで酌み取りやがるから困る。


 俺は慌てて言い直す。


「……あ、いや、ちょっと待って、言い方間違えただけだから。二人だとしても一応は考える(・・・・・・)と思うし」


 その言葉にアオイはなおも嬉しそうに。


 嫌な予感である。


「イナホさんの間抜けな正直さに感謝ですね。私もおんなじなんですから」

「はぁ?間抜けとかちょっと言い方酷くねぇか?」


 箸が転げても可笑しいお年頃。その後もアオイにキャッキャとからかわれる羽目になった。


 そして、例のお土産の小話。

 竹編みの栞を手渡すと、


「わぁ!イナホさんなので変な置物とかだと思ってました。普通に可愛くてビックリです!」


 と、アオイは小さな毒を維持したままで想像以上に喜んでくれた。


「お、おう。……そりゃ良かった」


 喜んでくれて嬉しいような、アオイの物言いに腑に落ちないような、……イチカのセンスに負けたような。


 何とも複雑な気持ちだった。

チラと見たのですが、ここまで読み進めるのに平均200分ほどかかるそうです。

それほどのお時間を頂けてると思うと、それだけで自信になるというか、より楽しんでもらえるようにと意欲が出てくるというか、とにかくありがたくて嬉しいです。


そして、もし気に入っていただけましたのならブクマや評価、感想などをポチポチしていただけると嬉しいです(/ω・\)チラッ

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