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3.うどんと豆腐と三つのお願い

 カミヤに連れられてきたのはひなびたうどん屋。


 入り口に小さな民芸品コーナーがあったので待っている間にアオイへのお土産を探してみることにした。


 嵐山といえば竹林が有名なこともあって竹製の小物が多くあり、その中で、染色された竹ひごで編まれた栞に目が留まった。


 アオイは本が好きだし、悪くはないのかもしれない。コケシやペナントに比べればお土産感が薄いのでどうしたものかとイチカに相談してみたところ。


「絶対に栞だろ。バカじゃねぇの?」


 ……だとよ。


 その自信はどっから来るんだと言いたかったが、自分がなぜコケシに執着しているのか急にわからなくなったので、渋々アドバイスに従った。




 さて、お店の方はと言うと、一流冒険者のカミヤが連れてきてくれるところだから、懐石料理とか霜降りの肉みたいなのを想像していたのではっきり言って拍子抜けである。


 しかし、カミヤおすすめの【田舎うどん定食】が運ばれてきたのを見て、その考えに疑念が浮かぶ。


 そして、いざ食ってみると。


「やばしうまし」


「でしょ?」


 カミヤはしてやったりのドヤ顔で、イチカも無言で頷きながら舌鼓を打っている。


 メガネイケメンかつ一流冒険者で、安くて美味い飯屋を知っているとは、なんとも感じのイイヤツである。

 逆に妬ましさすらあったりするけどね。


「このごま豆腐も濃厚なのに後味まで透き通った水を感じる」

「ごめん。その表現はイマイチわからないけど、森○の豆腐が使われてるって話だよ」

「ああ、嵯峨の○嘉ね。どおりで美味いはずだ」


 京都ナンバーワンとの声も名高いあの豆腐屋だ。

 いや、京都の人にはそれぞれに好きな豆腐屋があるのだろうから、あくまで参考程度だけど。


 ちなみに俺は吉田○品がベスト。普段はスーパーの一番安いやつでいいんだけどね。


 たまに美味しい豆腐を食べると、『あぁ、美味しい豆腐はやっぱり美味しいなぁ』と思うのである。……普通か。


 ひとしきり食べ終わると、カミヤに気を利かせたらしい女将さんが茶菓子と日本茶を持ってきてくれた。

 

「で、そろそろ本題を聞かせてくれるか?」


 こんな有名人が俺みたいな三下を探してまで話したい内容なんて一つも想像つかない。


 強いてあげれば『アオイを紹介しろ』とかならありえるかもしれないけど、話しているカミヤの印象から考えるとその線も薄そうだ。


「ああ。話したいことは全部で三つある」


 カミヤは指を三本立てて(薬指は立てず親指入りの三本だ)そう言った。


「……多いな」

「それはこっちも驚いてる。運命論者ではないんだけどね、そういうものの力を感じるくらいだよ」


 肩をすくめるカミヤ。

 彼の言ってる意味が掴めなくてイチカを見ると、「……まあ」と曖昧な言葉をこぼした。


 カミヤは続ける。


「まず一つ目、クルリと連絡がとりたい」

「へ?……クルリ?」

「ああ。下鴨一層の階層主討伐の際、アイツも来てただろう?」


 カミヤは【首切り長兵衛】戦の事を言ってるのだろう。


 だけど……。


「あれ以来会ってないぜ?」


 そう言ってからイチカの顔を見る。

 俺達に代わってクルリとやり取りをしてくれていたからだ。


 だけどイチカ、「……こっちも同じようなもの」と首を振った。


「……そうか。アレのことだからそんなとこだろうとは思ったけど」


 と、呆れたような口ぶりに目の前の彼とクルリとの関係が伺えて、「仲良いの?」と聞いてみると、


「あー、どうだろうね」と苦笑いをした。


「何度か組んだことはあるけど。ほら、この間の七層ボスだって、クルリを何とか捕まえて、ようやく勝ち目が見えて急遽アタックすることになったくらいだから。……だけど、まぁ、三毛猫のオスみたいに見つけにくいし、見つけても野良猫みたいに逃げていくし。……何度もウチに誘ってるんだけどね」


「へぇ。すごいとは聞いてたけど、そんなにすごいやつだったんだな」


 噂には聞いていたし、目の前で見たクルリの動きはすごかった。


 でも、テレビでアレ程の扱いを受けていたカミヤがそこまで買っているとなると、世間的な評価は相当だろう。


 いや、この世界を殆ど知らない俺の中では十分強いヤツだったんだけど、『変なやつ』という印象が強すぎてさ。

 

「……知らなかったとはこっちが驚きだよ」

「こいつはそういうやつだから」


 若干引き気味のカミヤに、イチカは手に持った茶菓子で俺を指しながら、退屈そうにそう言った。


「うるせえわ」


 とりあえず箸袋を投げておいたら、ヒラヒラと床に落ちていった。


 カミヤはそれを拾いながら、


「まぁ、そんなわけだから。見つけたら捕まえるか、連絡をくれると助かるんだけど」


「俺はクルリに恩があるから全面的に協力はできないけど、とりあえず頭に入れとくよ」


 箸袋を受け取りながらそう言うと、カミヤは「十分だよ」と微笑み、「それで二つ目だけど……」と続ける。


「……カサネとも知り合いなのか?」


「……かさね?知らないな。……いや、どっかで聞いたことがあるような気が」


 それでも全然思い出せなくて頭を撚る。


「あれ?でも今日会ってたでしょ?嵐山で二人で居るのを見たって報告が入ったんだけど……」


 カミヤの不思議そうな顔を見てようやく記憶がつながっていく。


「あ?……あ〜、そうか。今日つけてきた変な子か!それに、どこかで見たことあると思ったら、前にアーカイブで見たわ」


 この世界に来て間もない頃、アオイと一緒にスキルとは何ぞやということで見たアーカイブ映像の少女。


 迫りくる羽虫を光の魔法で撃墜しまくって、見終わったあとにアオイがファンになったと言ってたあの子である。


「ということはホントに知らない?」


「全然。……そのカサネって子も勧誘か?」


「まぁね。実績は無いに等しいけどスキルが強力でね。攻略に加わればきっと大きな戦力になるよ。でも、何故か表に全然出てこないんだ。クルリがオスの三毛猫ならカサネはツチノコだね」


 それを聞いて、路地からピョコピョコ覗いては隠れる今日の様子を思い出して少し可笑しくなった。


「はじめの頃は目撃例も多かったけど、今じゃすっかり聞かなくなった。配信で見つけたら現場に誰かを向かわせるんだけど、それでも全然捕まえられないんだよ」


 カミヤは手を上に向けて肩をすくめた。


「……なんか大変そうだな」


「まぁ、彼らは例外と言ってもいいけどね。こう言っちゃなんだけど、ウチに入りたいって人ならいくらでもいるんだから」


「へぇ。そんなもんか」


「……そんなもんって。関西トップクランだと自負してるんだけどな」


「だから言ったろ?こういうやつなんだ」


「まあ、否定はしないけど腹立つな」


 イチカに投げた箸袋はまたしても床にヒラヒラと舞い落ちて、焼きましたみたいにカミヤがそれを拾いながら、「それで最後の要件なんだけど――」と言う。


 箸袋を差し出しながら、カミヤはこう続けた。


「アオイを修復同盟(レストアラーズ)に迎えたい」


「……あー。……なるほどー」


 突然の申し出。


 全く予想していなかった話に虚をつかれ、俺は受け取った箸袋に書かれた電話番号を何度もじっと眺めていた。

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