1 新しい日々が始まって
昨夜カーテンを締め忘れたのだろう。
窓から降り注ぐ陽光が眩しくて寝返りをうつと、いつもと違う柔らかなベッドの感触があった。
「……そうか、新しい家に来たんだ」
【首切り長兵衛】という地獄から何とか生き延び、俺が入院している間にアオイは有名になってテレビ出演までして、……そんで同居することになった。
数ヶ月前には全く一切考えたこともなかった現実だけど、世界がおかしくなってからは切に願っていた日常が始まるのだ。
だから、とりあえずは……
「……もっかい寝よ」
夢の二度寝じゃい。うけけけ――
ブルルル、ブルルル。
――と、思っていたのだが、新しく買ったスマホが震えた。
億劫ながらも開いてみるとイチカの名前。
『10時、迎えに行くから』
イチカらしい素っ気なさに苦笑した。
「……そういや約束してたもんな」
自然とニヤついた顔になってしまうのはしょうがないだろ?
だって、壊れた鉄パイプの代わりに新しい武器を用意してもらうのだから。
※※※
歯を磨いてリビングに入ると、暖かくてひどく懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。
「あ、イナホさん。おはようございまーす」
笑顔で迎えてくれたのはもちろんアオイ。
いつものセーラー服ではない。
ざっくりとした黒い麻のワンピースは昨日一緒に買ったものだ。
普段の印象とはまるで違って大人びて見えて、『似合ってるね』とか『素敵だぜフッフッー!」とか言うべきなのかもしれないけど、まあ、当然そんなこと口に出せるはずもなく。
「……おはよう。早起きですな〜」
と、何でもないことを口にすると、アオイは「イナホさんは普通起きですな〜」と言って笑った。
変な言葉につられて笑い、ふと見たテーブルの上には湯気の立った朝食が並べられていた。
先程感じた優しい香りの正体だろう。
「あれってまさか。もしかして……」
すると、アオイは恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔で。
「あ〜、……え〜と。あんまり慣れてないんですが。……お口に合えばな〜とか思ったわけでして。……食べてもらえますか?」
いやいや、そんなのもちろん。
「……食うに決まってますがな」
※※※
食卓につき、焼きウインナーを頬張る。
ポキっ!と気持ちの良い音と共にジューシーな肉汁が口内を満たしていく。
「……うま。……最高です」
「ふふ、何せ奮発したのでシャウエッ○ンですからね」
「なる程、そりゃ美味いわけだ。って、そういうことじゃなくてだな。……そうだな、つまり、……すごい美味いんだよ」
朝食のラインナップや味は多分普通。酷い表現かもしれないけどごくごく普通だろう。
だけど超絶美味しいと感じるのも本当なわけで。
一人暮らしが長くなり、コンビニのおにぎりやパンで済ませるご飯というのは、味はさておき大事な部分が空っぽに感じることがある。
栄養素表示には記載されることのない満たされない何かだ。
それに比べると宿舎の食堂はそれなりに美味しかったけど、どうしても十把一絡げに作られている寂しさは拭えなかったのだろう。
アオイが作った普通の朝食を口にすると、それらが浮き彫りになっていくというか。
食欲と別の何かがモリモリと満たされていくというか……。
だから結局、一言で言うと美味いのだ。
「ふふ、イナホさんって時々急に語彙が乏しくなリますよね」
何か含むところがあるみたいにイタズラに笑うアオイ。
「……どう考えても元々だよ」
「はいはい。そういうことにしておきますね」
「うるせいうるせい。……あ、そういや今日は結局どうする?」
「おっとそうでした。イチカちゃんにはもう連絡したんですけど、今日はやっぱりヒーちゃんのお見舞いに行こうかなと思うんです」
「うん。それがいいかもな。こっちは多分問題ないだろ」
ヒナさんは先の長兵衛戦で深手を負ってから意識不明だったのだけど、昨夜目を覚ましたと病院から連絡があったのだ。
状態としてはあまり芳しくないらしいのだが、俺だって気にかかる。あんなことがあったとはいえ仲の良かったアオイが気にかかるのは当然だろう。
「任せちゃってスイマセン。あと、……お土産期待してますね」
「え?……行くっつっても嵐山だぜ?オルゴールでも欲しいの?」
どこの観光地近くに住む人も似たようなものだと思うけど、京都に住んでるとわざわざ人の多い観光地に行くことも少ない。
いや、何度も行ったことはあるんだけどさ。
嵐山で買ってくるお土産なんてオルゴールくらいしかピンとこなかったりする。
「……いえ、オルゴールなんて高くなくて、それに百円くらいのものでいいんですよ?」
「うーん。土産ってほとんど買ったことないから全然わからんけど。なんか良いのがあったらな」
「はい!」
アオイは嬉しそうにしているけど、近場のお土産が欲しいだなんて変わってるよな。
お土産といえば、やっぱペナントとかコケシかな?
……この世界でも売ってるといいけど。
※※※
北大路通りを西へと進む。
「この車も魔石燃料で動いてんだよな」
「あん?……今更何言ってんだよ」
イチカが運転する古い型の軽バンは嵐山へと向かっていた
そしてその乗り心地はガソリン車のそれと変わらない。
「冒険者も人の役に立ってるんだなと思ってさ」
この世界のエネルギー資源の大半はモンスターから得られる魔石で賄われているし、繊維や鉱物や、果ては食料まで算出するのだから、それなりに人の役に立っているのだろう。
「それも今更。……時々変なこと言うよな。……アオイもそうだし」
イチカは少しふてくされたようにそう言った。
「ん?さてはアオイが来なかったの寂しいんだな?」
「……そんなことないし。別にお前も来なくったって良かったんだからな」
俺の軽いジャブにイチカは反抗期の男子みたいにそっぽを向き、
「ふふん。でも、実際そうなったらイチカは泣くからなー」
ふざけついでにからかってやると、
「泣かないし!……泣くわけないし」
「……お、おう」
すごい目で睨まれたよ。
こいつ美人な分だけこういう顔が様になるんだよな。
迫力があるというか。
まぁ、たまに冗談が通じないのがイチカクオリティーである。
いつものことなので気にすることでもない。
それを証拠に何もなかった顔で話しかけてくる。
「それよりイナホ。アオイの武器はスキルに合うように調整するでいいんだな?」
「ああ。アオイとはちゃんと話し合ったし、スキルストーンは昨日摂取してたから」
結局【破裂】はアオイに託すことになった。
もちろん俺が使っても良かったんだろうけど、俺達がこれまでにやってきた戦い方を考えれば、最大火力はアオイに持たせたかった。
そんなこんなでアオイは昨晩、えづきながらスキルストーンを摂取したわけだ。
「ん。そうか。だとすると問題はお前なんだけど、ホントにアレで良かったのか?」
「んー。多分?……イライザとお前が言うなら、そんなに間違っちゃ無いとは思うんだけど。……正直怖いけどな」
入院中、見舞いに来てくれたイライザに次に持つ武器は何が良いか相談したところ、
『長物は足が止まりがち、あなたの慎重さとマッチしすぎてるのかもね。むしろナイフの方がよっぽど危なげなく見えたわ。武器はともかくとして、近接格闘も習うべき。これはマストよ。それならアタシのマストだってロンギヌスなのに』
と言われて、半信半疑の俺はそれをそのままイチカに伝えたわけだ。
するとイチカは、『そいつはお前をよく見てるな』と偉そうに言っていたもんだから、
『そんなこと言うお前も結構見てるってわけだな』というと、躊躇なく傷口を殴られたという経緯がある。
運転席のイチカは「うーん」と唸ってから、
「確かに長物よりナイフの方が動けてるとは言ったけど、実際にメイン武器で使ってるやつなんて少ないぜ? 武器なんて基本的に長いほうが有利なのに。……しかも鉈だなんて」
色んな短い武器を持ってみたところ、重心や丈夫さなどの具合がしっくり来たのが鉈だったのである。
「おいおい、今更お前がビビらないでくれよ。余計怖くなっちゃうじゃん」
俺としては、リーチのある鉄パイプを頼りにしてたから、ショートレンジで戦うのはかなり怖いことだった。
これまでも度々サバイバルナイフを使う場面はあったけど、いつだってヒヤヒヤしながらだったのだ。
でも、強くなるためにはと……。
長兵衛戦で痛感した未熟さや弱さを乗り越えられるような気がしてしまって、短い獲物を使う決意をした。
……のに。
気分的には10メートルくらいの槍でも使いたいところであるからして、勧めた本人が日和らないでほしいです。
「まぁ、長兵衛の爪と牙を使えば、それほど悪いものにはならないと思うよ」
そう。イチカは長兵衛の素材を捌いてくれたわけだが、俺達がそのうち使うだろうといくつか残しておいてくれたらしい。
出来た職人である。
癪ではあるけど、そういうところもいわゆる一つのイチカクオリティーなのだ。
「頼むぜ親方」
親愛とからかいを込めてそう言うと、
「うるさい冒険者」
と言って、高速道路の領収書か何かを投げてくる。
それは俺に当たることもなくヒラヒラと舞って、後部座席へフワリと落ちた。
そして、そんなこんなであっという間に目的地。
嵐山ダンジョンのある渡月橋に到着したのである。
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