3、この世界もやはり二人乗りには厳しいらしい
「そんなこんなで、両親もどこに居るのかわからないし、学校そのものがダンジョン関連の施設に変わってて、帰るところも行くところも無くなったと言うわけです」
アオイさんは川の向こう岸を懐かしむような目で眺めながらそう言った。
「そんなこんなか」
「そんなこんなです」
「俺もそんなこんなで河川敷だよ」
本来、この時期の鴨川河川敷といえば、カップルやファミリーがノホホンとするスポットなのに、俺たちときたらさぞ残念な背中をしていることだろう。
「書店もご覧の通りでしたからね」
「あれ?俺が行ったの知ってる?」
「はい。ケーキ屋さんから見えてましたから。看板が変わって驚いたところから塩撒かれたところまで」
「……全編見たのね」
恥ずかしい、というよりは情けなくてガッカリして項垂れた。
「でも、その前に私も撒かれたんですから、私たちは塩仲間です」
その時、俺は「青菜に塩だね、アオイだけに」と口走りそうになったが、あまり面白くないのでやめておいた。
「そういや社長が俺の前に誰か来たって言ってた気がするわ。……それで、これからどうするか決めたの?」
「一応、左京区役所に相談に行ったんです。そしたら生活保護か保護施設に入るかって言われたんですけど……」
「やっぱそうなるか」
「はい。でもあと一つ、勧められはしませんでしたが選択肢を提示してくれたんです」
「お。言ってみたまえ」
「驚きますよ。なんと。……冒険者です」
いつか見たように人差し指をピンと立てて言い切った。
「それって、ダンジョン探索で生業を立てるって意味?」
「ずばりです。今ならなんと新規参入キャンペーン……じゃなかった。京都市では新人冒険者向けの特例措置で色々と補助を受けられるそうなんです」
「へえ。詳しくたのむ」
「市営宿舎の無料利用の二食付きで、基本装備の無償支給、素材買い取り価格10%アップに、提携する店舗での料金は10%オフ。あとは訓練場などの市が管理する施設の無料利用や攻略の相談無料とかです。補助期間は一ヶ月」
「おお。それは今の俺らに持ってこいだな。でも、そのシステムじゃホームレスとかがその場しのぎの応募して溢れるんじゃ?」
「それは私も聞きました。すると、やっぱりこれは甘いだけの話ではなくてですね、事前審査を通過することがまず一つ。これらは一般的な教養があれば通過することが出来るみたいです。例えば家も住所もない方でも」
「社会復帰の側面があるわけだ。俺らも立派に家も住所もない方だしな」
「……はい、遺憾ながら。後は、規定された探索時間を上回らなければなりません」
「なるほど。そうしないと一ヶ月間食っちゃ寝するだけの人も居るだろうからな。妥当か。俺、それくらいなんのそのだけど」
「浮かれてるのは今のうちですよ?」
「お?かかってこい」
「これはかなりマジのやつですよ」
「溜めるね。結構乗り気になってんだから。早く言ってみな」
「言いますよ?……初心者の、つまり新人一ヶ月間を終えた時点で冒険者を続ける方は約23%だそうです」
とても真剣な顔でそう言った。
「…………まじか。四分の一以下。それだけツライってことか」
「ツライだけならマシなんですけどね、単純に生存率では65%です。再起不能の怪我人や心の障害を含めるともちろんそれを上回って、嫌だから辞めるって人は比率でいうと多くないらしくて」
「……あー。そういうことね。半分近く死ぬと。そうなるとさ、アオイさんはそこまで知って、よくやろうと思ったね」
「もちろん怖いんですけどね。それでもなんか腹が立っちゃって」
「腹立てたの?ダンジョンに?」
「そうです。ダンジョンに。……だって、目が覚めたらいきなりなんですよ?。我が物顔で存在してて、大して素晴らしくもなかったけど、それでもやっぱり思い入れのあった私の人生をアッサリ無かったことにしちゃったんですから。ちょっと仕返しくらいしたいじゃないですか」
「あぁ。…………仕返し」
彼女はまだ高校生だったはずで、それなのに友達や両親まで無くして、行くところもない。殆どの思い出が書き換えられてしまった。
それは、本当の意味での孤独にとても近いものだと思った。
そしてそれは俺も状況は酷似している。
彼女の決意は多分ちょっと幼稚で青い。それでもその気持ちが無性にキレイに見えるのは、……少し憧れてしまったのは、その幼稚さを、青さを俺が失いかけているからだと思う。
だから俺は……。
「……付き合うよ」
そう答えたのは、彼女がまだきっと受け入れないであろう妥協や諦めを、俺は当たり前のことにし始めていて、そんな自分が少し嫌いだったからだろう。
「やった。道連れ成功」
嬉しそうに笑う彼女はとてもかわいいが……。
「生存率の話聞いてからだと『道連れ』って微妙に生々しい言葉選びだからね」
「あ、そんなつもりはなかったんですよ」
慌てて手をバタバタと振るアオイさん。
「んなこたわかってるよ」
そう言うと、「へへへ」嬉しそうにするもんだからこちらまで笑ってしまう。
なんかこう、アオイさんの笑い方はとても平和な感じがするのだ。
そしてアオイさんは威勢よく立ち上がる。
「じゃあ早速手続きに行きましょう!いざ、ハローワークまで!」
「え?手続きってハローワークなの?京都駅のとこ?」
ダンジョンとか超ファンタジーなのに、その手続きが職業安定所とかマジかよ。
「そうです。この自転車があれば河川敷でスイスイーですよ」
俺の自転車のサドルをパンパンと叩いた。
「二人乗り?怒られるよ?」
「もしかしたらこの世界では容認されてるかも?」
「そんな都合は良くないだろうよ」
「試してみましょう!」
「はいはい」
俺とアオイさんの重さで軋む自転車がフラフラと進み始める。
「じゃあ改めて。いざ、ハローワークへ!」
そうして簡単に、安易に、やすやすと、それに見合った覚悟もなく。
あの魔境に行くことになったのだ。
通りかかった警官に二人乗りはもちろん怒られたわけだけども。