24、死地を記す地図
合同での探索は二日目を迎えた。
いつものように本道を通り、奥エリアにある分かれ道の前でカイから一つの提案がなされた。
「俺たちならもっと奥でもやれる。……昨日でわかったろ?」
昨日の探索エリアより、さらに奥へ行きたいと。
確かにこの四人だと一層のモンスターなら大丈夫だろうし、同時に複数体と出くわしても対処できると思う。
「まあ、そうかもな。【首切り長兵衛】にさえ気をつければだけど」
「……そうだな」
カイなら悪態の一つも返してくるかと思ったから不思議に思ったけど、わかってくれてるならいい。
昨日過ごしてわかったことだけど、カイはいいやつじゃないにしろ、悪いやつな気もしなかった。
個人的に腹が立つことはいっぱいあったけどな!
「……行くぞ」
マップを片手にあるき出したカイ。
ヒナは俺たちを見たが、すぐに目をそらしてカイに続いた。
妙な不自然さを感じてアオイと目を合わせたが、『どうせまたカイに強く何かを言われたんだろう』くらいに考えて、肩をすくめただけで俺たちもカイに続いた。
思えばいろいろと違和感はあったのに、カイとヒナの関係にばかり気を取られて一つの重大な危険を見落としていたのだろう。
俺たち四人はそれぞれ間抜けだった。
自分たちが死地に赴くのをを知ってたものも知らなかったものも、等しくその結末を想像していなかった。
――残酷な未来を。
※※※
「なぁ、奥まで来すぎてないか?」
不安に思った俺はカイに言った。
「そんなわけあるか」
カイはこちらも見ずにそう答え、ヒナさんは心配そうにその袖を持った。
「……カイくん」
カイはヒナさんを睨みつける。
「何度も悪いけど気をつけてくれよ」
奥エリアの地理は俺たちにはわからない。
この中で一番慣れているカイが先程からマップと照らし合わせながら進んでいるのだ。
任せて問題ないだろう。……問題ないよな?
「ああ。気をつけてるさ。……あっちにでかコウモリが出たぞ」
「……おう」
そうやって頻繁に出てくるモンスターを、倒しながら素材をバックパックに詰め込んでいく。
そうしてしばらく進んでいき、そろそろ折り返しても十分な稼ぎになりそうだと思いカイに言ってみても「問題ない」と取り合わない。
道はどんどん険しくなっていき、モンスターとのエンカウントもうなぎのぼりに増えていく。
おかしい。
途中から違和感は感じていたが、今は違和感どころか異常しか感じなくなり始めていた。
カイとヒナさんの関係にばかり気を取られていて、自分たちがやばいことに巻き込まれているなんて考えることもしなかった。
俺はいい加減我慢できずにカイに詰め寄った。
「ちょっと地図をみせてみろ」
さっきから肌身はなさず持っているカイのマップ。
「信用できないか?」
相変わらずの冷たい目で言い、口元は薄く笑っているように見える。
そんなカイの表情は、俺を焦らせるには十分だった。
「悪いけどそんな言葉遊びをするつもりはない。これはおかしい、せめて状況と場所を把握させろ」
何かまずい状況になっている。
得体のしれない焦燥が頭の中を埋め尽くしていく。
「もうこのあたりだよ」
洞窟の中では一際大きな空間で、広場と言っても差し支えがない場所。
「……何がだ」
俺たちが用のある場所なんて無い。
強いて言えば地上に上がる出口くらいのものだろう。
カイの言い方に酷い違和感を感じ、脂汗が滲み出るのを感じた。
「……ほらよ」
カイから差し出された地図を奪うと、そこにはいくつもの赤いバッテンが書かれている。
そのバッテンが多く書かれている場所は大きな広間。
……ここは。……このバッテンは。
「……なぁカイ。……これはアレか?」
「はっ。お察しの通りだ。【首切り長兵衛】の目撃例はこのあたりに集中してる。ついでに言っておくが、調べた限りじゃこの広間に入った弱者は残らず食われてるぜ」
俺は目を見開いた。
まさかとは思ったが、本当にこいつ、【首切り長兵衛】を狩りに来たとでも言うのか?
それも、俺たちを巻き込んで。
「テメェ!どういうつもりだ!」
カイの胸ぐらを掴み上げた。
「……そうでもしないとここまでこないだろ?」
目を逸らさずにサラリと言ったその言葉に俺はなおさら腹が立つ。
「当たり前だ!ふざけんなっ!……なんでこんなこと。誰かが、みんなが死んでも構わないってのか!?」
望まない強敵に引き合わすというのは、つまり誰かを殺すことと同義だろう?
「事情があってな。どうしてもスキルストーンと名声がいる。つまり金だ」
「んなこと俺らには関係ねぇだろが!」
ドガッ!
俺は感情のままにカイを殴り飛ばした。
どんな事情があろうと関係あるものか。
人を騙して死の淵に立たせていい道理はない。
それは俺たちを殺そうとしたのも同然なんだから。
「……少しでも信頼した俺が馬鹿だった。アオイ、……何ならヒナさんも。……帰ろう」
そう言ってアオイに目をやると、俺の後ろを見て驚愕に顔を染めた。
「アオイ?」
「……も、もう遅いみたいです」
刹那、『gyaaaaaaaaaaaa!」と鼓膜が割れそうな轟音が俺たちを襲った。
慌てて振り向いた先、画面越しに見るよりも巨大で、憎しみを具現化したような凶悪さを備えた二足歩行の獣、【首切り長兵衛】が大口を開けて咆哮しているのだった。
「イナホ。賭けは俺の勝ちみたいだ。もう逃げられないぜ?」
カイは耳を塞ぎ、冷や汗をかきながらも悪態をついた。
「……やべぇことに巻き込みやがって。生きて帰れたらぶっ殺してやる」
俺は鉄パイプを構えながら精一杯の強がりを言うしかなかった。
「やるしかないなら必ずです、必ず生きて帰りましょう」
アオイはバックパックを端に投げ飛ばす。
ヒナさんはガクガクと震えてその場で立っているのがやっと。
多分、地獄に招き入れた張本人であるカイを含めたこの場の四人、無事に帰れるなんて思えたやつは誰一人いなかっただろう。
目の当たりにした【首切り長兵衛】の威容はそれほどまでに凄まじく、頭の中は死の文字で埋め尽くされていく。
直立して3メートルにも届こうかというその姿はタヌキというより狼男の様に残忍で、引き裂かれたように吊り上がる顎の中はカミソリみたいに鋭い牙が整然としていた。
【首切り長兵衛】という仇名にふさわしく、その爪は死神の鎌がひしめいているように妖しく光っている。
そして悪夢が始まった。




