23、オファーいただきましたけど
アオイと宿舎の食堂で晩ご飯がてら雑談していた。
「あ、そういえば、さっきヒーちゃんに会ったんですよ」
「同室だった人ね」
ヒナさんはカイというスキル持ちとパーティーを組んでいて、初心者期間が終わって今はゲストハウスに泊まってるって話を聞いていた。
「そうです。それで、私達に相談を持ちかけられまして」
「私達?……どんな話?」
アオイ個人にならありえそうな話だが、俺たち二人にってなんだろ。
「……四人でパーティーを組まないかって」
「……パーティー。なんで急にまた」
「ヒーちゃんの話では、ゲストハウス暮らしで支出は上がったものの収入が思ったより上がらないらしくて。最近はずっと奥エリアで活動してるらしいんですけどね」
「俺達の将来的な問題と同じようなもんか」
「ですね。そんな感じで行き詰まっているらしく、ウチに打診が来たみたいです。……どう思います?」
ヒナさん達の状況は容易に想像できた。
俺たちが直面している問題と同じってこともそうだし、多分新人冒険者の多くがブチ当たる隠れたハードルなのだろう。
パーティーの戦力を上げたかった俺達にとっても渡りに船な提案ではあるんだけど、どうしても気になる部分があった。
「うーん。カイって人、前に一度あった時の印象が良くなかったからな。ヒナさん曰くその日は機嫌が悪かったって聞いてはいるけど……」
その日の気分を頻繁に持ち出されるようなら、上手くやっていける気はしない。
理想が高いのかもしれないけど、安心して命を預けあえる相手が好ましいのは当然だろ?
「あの時、私はカイさんの顔も見ないままだったのでなんとも言えないんですけど、実は、ヒーちゃんの様子が少し気になってるんですよね」
「様子?どんな感じ?」
「……高校で、唯一仲の良かった友達が居たんですけど、その子が私に絶交を言いに来たときに似てるかな?」
アオイは机に肘をついて遠い目をしていた。
唯一仲が良かった相手に絶交言い渡されるってどんな交友関係だよ。お兄さん悲しくなっちゃう。
「……例え話が深刻でそっち気になっちゃうから」
「あ、すいません。……要は後ろめたさみたいなものだと思うんですよね」
うーん。その友達の話を掘り下げたいところだけど、今は我慢だな。
でも、ヒナさんが後ろめたく思うってことは……、
「なるほど。でも、それだと俺たちにはあまり良くない感じ?」
「それはそうです。そうなんですけど、……もっと早くに気づけばよかったんですけど、その親友の感情はきっと後ろめたさだけじゃなくって、……どうしようもなくて、助けて欲しかったんじゃないかなって」
アオイは思い出したのか、少し悲しそうに笑った。
「そうか」
そんな顔をされたら、やらないわけにいかないでしょ。
※※※
翌日。
カイとヒナさんと合流し、簡単な挨拶を済ませて探索を開始した。
相変わらず本道でモンスターと会うこともなく、スムーズに奥エリアまで来た。
すると早速餓鬼が一体。
「どうする?」
俺は一番経験の長いカイに一応聞いてみた。
探索前にフォーメーションの話をしようとしたところ、「化物とぶつかったら後は流れで」と、大相撲の八百長じみたセリフが聞けただけだったので、どう動くつもりなのかわからない。
「じゃあ取り敢えず見せておく」
カイはそう言ってゆったりと餓鬼に近づく。
餓鬼ははしゃぐ子供みたいに跳ねながらカイに向かう。
カイは腰に下げた長剣をスルリと抜き、上段に構えて振り下ろす。
「え?」
驚きの声を上げたのはアオイ。俺も理解に苦しんだ。
餓鬼がカイ間合いに入る前に振り切ったのだから。
餓鬼は『バカだなこいつ』と笑いながらカイに躍りかかる。
「やばっ!」
俺は飛び出そうとするが、目の前で起きた出来事に足を止めたのだった。
空振りに終わったはずのカイの剣筋を逆から辿るように光の束が煌めいたのだ。
ザン!
飛び込んできた餓鬼はその光に身体を引き裂かれて血を吹き出す。
「【リバースエッジ】だ」
カイはそう呟くと、トドメの一撃とばかりに長剣を背中に突き立てた。
「……おお、これがスキル」
初めて目の当たりにした超常の力。
ダンジョン限定の人類の最大の武器。
その能力は頼もしいというよりも、なんだか恐ろしさを感じる。
人が人で無くなったような、前の世界との決定的な違い。
思索に耽りそうになった俺を、アオイが現実に引き戻す。
「イナホさん。後ろから鎧ムカデ二体来てます」
「……お、おう。じゃああれは俺らが」
「ああ」
俺は気を取り直して鉄パイプを構える。
アオイがクロスボウを構えたのを見て俺は走り出した。
このあたりの連携は目を合わさずとも出来る。
お互い相手がどう動きたがっているかが手に取るようにわかり始めていたから。
ダシュ!
クロスボウが射出され、俺の横を追い越していくと、左の鎧ムカデの関節を貫き見事に壁に縫い付けた。
よし、上手くいった。
アオイは二体同時を相手にする混戦を避けたがったのだろう。
もし矢を外してたなら混戦になっていただろうけど、それはそれ。何とかなる。
安全なチャレンジでリスクを減らせるのならやってみた方が良いのだから。
後は俺が右側を抑えるだけ。
クネクネと動きながら迫る鎧ムカデが上体を起こし、その反動を使った高速の噛みつきを仕掛けてくる。
「残念、単純な構造を恨めよ」
鉄パイプの鋭利な先端を鎧ムカデの顔面に合わせ、口の中に突っ込んだ。
鎧ムカデという名前の通り外殻はカチカチだが、関節部分と体内は普通だ。
しかも、クネクネと動くもののその動きに柔軟性はなく、タイミングさえ合わせれば比較的楽に倒せる部類である。
俺はぶっ刺した鉄パイプを地面まで貫通させて、動けなくなった鎧ムカデの首の関節にサバイバルナイフを差し込んだ。
そして後ろではベキッ!とアオイの釘バットが炸裂してゲームセット。
「撲殺ちゃんは伊達じゃないか」
カイは表情を崩さないままそう言った。
ぶふっ!何そのあだ名。
多分アオイのことだとは思うけど、しかもカイのやつ真顔で言うもんだから吹き出してしまった。
「むぅ、イナホさんは知らなかったのに」
子供みたいに口を尖らせて拗ねている。
こいつさては隠してたな。
「でもアオイちゃんクロスボウもすごかったよ!いいな、そういうの」
ヒナさんは憧れにも似た表情でアオイのクロスボウを眺めていた。
そう。気になることが一つある。
ヒナさんは解体用のナイフ以外持っていないのだ。
代わりに大きなバックパックにはカイの分と思われる荷物までパンパンに詰まっているらしい。
「いいから早く解体しろ」
「う、うん」
カイの冷たい声に身体を小さく跳ねさせてヒナさんは餓鬼の解体に向かう。
「……ヒーちゃん」
その背中を眺めるアオイ。
普段アオイと接しているときのような明るさが、カイと話すときには鳴りを潜めるのを気に病んでいるのだろう。
だからおれはアオイの肩を叩き声をかけた。
「取り敢えず鎧ムカデバラしちゃうぞ。……撲殺ちゃん」
「……むにゃー!」
飛びかかってくるアオイを避けてケラケラと笑いながら解体を始めると、あちらさんでも餓鬼の解体が始まる。
「お前はそれくらいしか出来ねんだからチャッチャと済ませろ」
「う、うん。ごめんね、カイくん」
その様子に少し引っかかりカイを見ると目があった。
「なんか文句あんのか?」
高圧的とはいかないまでも、横柄なことには変わりない。
苛立ちそうになるのを堪えて聞いてみた。
「……気になってたんだけど、ヒナさんは戦闘に参加しないのか?」
「はっ。こいつにやれるとでも?」
ヒナさんは俺と目があったが、慌てて目を逸らしている。
「やれないとは思わない。それに、ずっとそうやってるわけにもいかないだろ?」
ヒナさんがサポートに回るのが悪いとは思わない。適材適所と言うのなら納得出来るし、それを専門にやってる人だっているみたいだし。
ただ、戦闘に参加しないまま、つまり成長しないままでやっていけるほどダンジョンは甘くない。
それに、カイに何かあった場合にどうすんだ?
「ヒナさんはどう思ってんだ?」
突然話を振られてたじろぎながら。
「……わ、私は」
そう言って何か言いたげにアオイを見たが、カイの声に遮られる。
「お前は俺の後ろに隠れてりゃいいんだよ」
軽く言い放つその声に。
「……う、うん」
下手な笑顔で答えた。
そのやり取りの中で、カイが無闇にヒナさんを虐げているわけではないらしいことが伺えた。
もしかしたらカイは単にヒナさんのことが心配なだけで、その気持ちがカイの性格とないまぜになって面倒に絡み合っているのかもしれない。
そんなふうに思った。
張り詰めた空気が漂う中、アオイは殊更それを気にしない明るさで口を開く。
「じゃあヒーちゃんこれ使ってみる?」
肩に引っ掛けていたクロスボウを差し出した。
「わ、悪いよ」
ナイフを持ったままの手をブンブンと振り遠慮するヒナさん。
そんなに振ったらナイフに付いた血飛び散ってるから!
「悪くなんてない。ね、イナホさん」
そりゃ構わない。
仮とはいえパーティーなんだし、戦力は多いほうがいいに決まっている。
という建前。
目の前に居る二人の絡まった毛糸みたいな関係が少しでも解れそうなら、クロスボウくらいは構わないのだ。
そのほうがアオイも喜ぶだろうし。
「これなら危険も少ないし、攻撃参加できるからな。……だろ?カイ」
アオイの明るい調子に乗っかって、俺も気楽にそう言ってみた。
「けっ、誤射されても知らねぇぞ」
カイがプイと背中を向けたのを見て、ヒナさんは嬉しそうに微笑んだ。
俺とアオイも顔を見合わせて、可笑しくて吹き出しそうになる。
カイは多分納得してくれたのだろう。
そして俺はわかりづらいカイの性格をこう結論づけた。
こいつ、さてはヤンツンのデレデレだなと。
※※※
奥エリアの浅い場所を回りながら、次々に現れるモンスターをカイと俺は連携もなく倒していく。
連携が無くても余裕があるのは、カイの実力の高さ故だろう。
【リバースエッジ】は魔力やらの関係で頻発出来るものではないらしいが、それを抜きにしても実力は高い。
アオイがヒナさんにクロスボウを教える余裕があるのはそのおかげとも言える。
いや、俺もちゃんと頑張ってんだけどね。
「じゃあ次のやつもヒーちゃんが先制しますから」
「おうよ。……あ、脇道から小さめの鎌ドウマが見てる」
1メートルに満たない真っ白でコオロギみたいな虫型のモンスターだ。
離れたところでじっと鎮座してコチラを見ているらしい。虫系の奴らは何を考えてるかわからない感じが気味悪い。
今は動いてなくても突然動き出したりするのも気持ち悪い。
ヒナさんは俺のそばまで来てクロスボウを構える。
「この距離なら照準どおりでいいから、射出の瞬間にブレないように気をつけて」
「うん。じゃあいくね〜」
気の抜けた合図の後、ダシュ!っと矢が放たれる。
鎌ドウマは何故か音にも反応せず、その顔面を穿たれて初めてコチラへ襲いかかってきた。
「当たった!」
「やた。ヘッドショットだ」
喜んでる二人を尻目に俺は鎌ドウマの着地に合わせて鉄パイプをぶん回すと、壁に叩きつけられた鎌ドウマの首めがけて鉄板入りのブーツを叩き込んだ。
顔面に受けた矢が致命傷だったのだろう。鎌ドウマはすっかり動かなくなった。
「どうよ」
ヒナさんのクロスボウがものになりそうなが嬉しくて、腕を組んで見ていたカイにそう聞いた。
「教えたのは撲殺ちゃんだろ?」
忌々しそうに言うカイであった。
※※※
この日の成果は概ね満足いくものだった。
四人で等分してもいつもよりだいぶ稼げて、カイたちもそれは同じだったようだ。
また明日探索することを約束してそれぞれの宿へ。
カイとヒナの関係は少し歪なものだったけど、それぞれにはそれぞれの関係があって然るべきで、正しい形など元々存在しない。
気になることは多々あったが、少なくとも今の俺たちが簡単に否定出来るものはない。
結果的に言えば杞憂だったとアオイは謝って来たけど、それならそれで良かったと思う。
何もないことを確認できただけでも十分な成果。
頼もしい仲間が出来ただけで大きな収穫だと言って安心していた。
だからこそ気づかなかったのだ。
誘われたときに感じていたアオイの不安は別の危険を暗示していたことに。
俺達の冒険に重大な事件が迫っていることに。




