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23/97

22、順調

「あ、餓鬼。しかも二体です」


「うーん、まずは射つ?」


「ううん。矢がもったいないです。協力しての各個撃破に一票」


「了解」


 索敵から数秒。ランタンを置いて走り出す俺達に戸惑いや躊躇はほとんど無い。

 経験値というやつだろう。


「俺が崩すよ。左からね」


「はいな!」

 

 お互いの武器の特性上、リーチの長い俺が先行して、破壊力の高いアオイが決定打に回ることが多い。


 もちろん場面によって役割を変えることもあるし、余裕のあるときには単独で殺ることもある。


 今回は二体同時に相手をしなければいけないのでいつも通りの正攻法だ。


 餓鬼は二体とも木の幹で出来た棍棒しか持っていない。

 コイツら相手なら力技で十分だろう。


「どりゃぁぁ!!」


 左の餓鬼を棍棒ごと横薙ぎにする。

 ダメージは無くてもいい。とにかく重心を狙って派手に振り切った。

 態勢を崩したそいつが狙い通りに転がる。

 後はアオイに任せれば十分。


 ……ドチャ!……ドチャ!!


 ほら、右のやつに狙いを変えた俺の左後方で肉が潰れて千切れるホラーな効果音が聞こえる。

 多分餓鬼はギッタンギッタンのグッチャグチャなんだろうな。

 アオイちゃん怖す……。


 さて俺は俺の仕事だ。


 躍りかかってくる餓鬼の棍棒を奥へと踏み込んで躱し、同時に足払いプラス後頭部を押し込んでやる。

 面白いように頭から転がった。

 そして鉄パイプで追撃を仕掛けようとするが……。


 ベキョッ!


 アオイの鉄板入りの編み上げブーツのつま先が餓鬼の頭を蹴り上げた。


 スカートがフワリとはためくのを尻目に、転がる餓鬼の背中に心臓目掛けて鉄パイプをぶっ刺した。


「gagya!!」


 二体は完全に沈黙。


 俺達の勝利だ。


「はい、どうぞ」


 アオイは手のひらをちょこんと差し出した。


「あんな暴虐的なやり方、また変なファン増えるぞ?」


 その手に一瞥をくれてやる。

 最近ちょこちょこファンらしき人に声をかけられているアオイに一応忠告だ。

 イライザ曰く、セーラー服愚連隊の爽快なスマッシュが特定層の心を掴んでいるとかなんとか。

 特定層って何だよという感じだが……。


「そんなこと気にしてたら死んじゃいますよ?それとも大人しくしてたほうが?」


 以前俺が陥った庇護欲衝動も今では冗談になっている。


「いんや、頼もしす」


 アオイさえ気にしないならジャンジャンやってくれ。

 言葉通りに頼りにしてんだから。


 アオイの手のひらをパシンと叩いて笑いあった。


 探索初日から数えて17日目。つまり第三週目の三日目になる。


 第一層の探索は順調に進み、戦いにも慣れてきたし、十分とは言えないまでも多少のお金も稼げるようになってきた。


 冒険はひとまず順調と言える。


 これから先考えなければいけないのは初心者補助が切れるまでに家か宿とおまんまを確保すること。


 詰まるところはお金の問題である。


 今のペースではかなり切り詰めないとやっていけない。

 俺達の目標は生き抜いてデザートを食べることだからそれでは困るのだよ。


 無理すればシュークリームくらい食べられるだろうけど、デザートを気楽に食べられるところまではまだまだ到達していない。


 だから、というわけでもないけど、普通にもっと稼がないといけない。


 俺達の収入を上げる方法は単純で、攻略を進めて難易度の高い素材やアイテムを狙うこと。


 当面の目標としては、一層奥のエリアに行くことにあるが、俺たちが探索してきたのは一層の手前半分だけだ。


 二層へ続く道も手前の右側にあるし、初心者が多い下鴨ダンジョンは手前エリアで活動する冒険者が多く、化物の密集度は比較的少ない。


 逆に奥のエリアはわざわざ用事のあるものしか探索せず、放置気味のモンスターでエンカウント率は桁違いになってくる。


 俺たちも以前に奥のエリアに入ってみたことはあるけど、ニ体のモンスターと交戦している最中に別の一体が襲ってきたり、手前エリアと同じ餓鬼や鎧ムカデでも強力な個体が存在していたりして泡を食って逃げ帰ったのだ。


 それ以来奥のエリアには行ってない。

 だって、『生きてこそ』だもの。


 そして、奥のエリア最大の障害となるのは【首切り長兵衛】の存在だ。


 サノをはじめ、奥のエリアを狩場とする少なくない冒険者を亡きものにしている。

 熟練の冒険者が討伐に乗り出しているらしいが、未だに朗報は届いていなかった。


 そんな厄介な奥のエリアに行くために考えた方策はシンプル。


 俺たちが強くなるか、仲間を増やすこと。


 仲間は募集掲示板などで見てるけど、命を預けあう相手を選ぶとなるとなかなか決めきれなくて、結局こうして地道な自己強化に励んでいるのが今の俺達である。


 正直もどかしい。


※※※


 アイテムを売るためにいつもの鍛冶屋に顔を出すと、赤毛のイチカは挨拶もなく。


「お前ら最近調子いいな」


 と、ヤンキーみたいに鼻で笑った。


 バックパックから魔石やら素材やらを出している俺に変わってアオイが答える。


「あれ?また生配信見てたんですか?」

 

「ち、違う。……たまたまだって言ってるだろ?」


 俺とアオイはお互いの顔を見合わせて笑った。


 日本中で考えると何十組、何百組とある生配信の中、ただのたまたまで俺達の探索を毎日のように見るわけがないのだ。


 照れ屋め。


「ちゃんと仕事もしろよ」


 軽く冗談のつもりで言ったけど、


「……あればしてる」


「……あ、……なんかすまん」


「謝んな!惨めになるだろが」


 うっかり地雷を踏んでしまったらしい。


 そういや、コイツ。

 先代が早くに亡くなって、女だから、若いからという理由で干されてるとかオギさんって人が言ってたな。


「傷を抉って悪かったな。じゃあ俺は計算できるまで練習しとくわ」


「はいな」


 アオイはいつも通り雑談に花を咲かせるのだろう。


 イチカの横を通り抜けようとすると太腿を蹴られたが、いつものことなので適当にあしらって外へ出た。


 最近は時間を見つけて店の脇に置かれた丸太を使った投げナイフの訓練をしているのだ。


 今では同じ型のナイフを三本持っていて、二回に一回くらい刺さるようにはなってきている。命中率がアレなので実践では使えていないけどね。


 そうしてる間も会話が耳に入ってくる。


「あのハート野郎」


 うるせぇ赤毛。


「あ、……そういや最近、イカツイ狸こと【首切り長兵衛】の噂聞きつけた攻略組をちょこちょこ見かけるぜ?」


 イチカが思い出したように言う。


「なんか有名な人もいるらしいですね。クルリさんでしたっけ。でも、そんなすごい人がどうして一層の変異種なんかに群がるんでしょうか?」


 ちなみにクルリとは男らしく、イライザ曰く「あのこはたまんない」とのこと。

 イケメンなだけじゃなく、性格的にもそそる部分があるらしい。

 可哀相なことだ。


 それはそれとして、アオイの言うとおり、攻略組がわざわざ出張るのは俺も違和感を感じていた。


「セーラー。そりゃきっと化物の名前のせいだよ」


「名前……ですか?」


「ああ。そもそも変異種やら階層主ってのはレアな素材やらが手に入りがちってのはわかるだろ?」


「ええ、まあ。同じ素材でも良質なものが取れたり、その個体独自の素材もあるとか。階層主ならダンジョンが吸収した宝物が隠されてたり。……あとはスキルストーンをドロップする確率は高いとかなんとか」


「狙いはそれだろうな。で、そのスキルストーンは普通、鑑定に出さないとどんなスキルが入ってるか解らないだろ?」


「ええ。講習でもそう教わりましたね」


「でも、一部の噂では名前に適ったスキルが手に入るとかなんとか言われてるらしい」


「でもモンスターの名前なんて人がつけるんじゃ?」


「そうなんだよな。例えば【首切り長兵衛】って妙ちきりんな名前は配信やらを見た視聴者や制作側のスタッフから自然発生的に名付けられるもんだろ?」


「……ああ、そっか。ならそれほどおかしな話じゃないのかも」


「ん?」


「モンスターの特徴が名前に反映されるんだから、スキルストーンのスキルがその化物の特徴が反映される傾向にあるって話かもしれませんね」


「あん?……よくわかんねぇけどまぁいい。結局あてが外れることも多いらしいから迷信みたいなもんだろうけどな。それだけスキルが冒険者の人生を左右するってこった」


「名前通り斬撃のスキルなら使い勝手も良さそうですしね。本当にそれが出たところで私達にはあまり意味はありませんけど。……だいたい撲殺ですからね」


「違いない」


 二人の笑い声が聞こえてくる。


「……じゃあ、お前らは狙わねぇのか?【首切り長兵衛】」


「ははは。まさか。出会わないことを毎日祈ってるくらいなのに」


「だと思ったけど、……お前ららしいな」


「……安全第一ですから」


 上級者が【首切り長兵衛】狩りに乗り出したら、放っておいても近いうちに討伐されるだろう。


 サノの敵討ちなんて馬鹿な真似をするつもりはさらさら無い。

 俺たちなんかはミジンコみたいにあっけなく返り討ちにあうのは目に見えてるんだから。


 俺達は俺達のやるべきことを粛々とこなしていけばいい。


 俺は丸太に刺さったナイフを引き抜いてから店内に戻った。

ご覧いただきありがとうございます!

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