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断章 憧れは少女の嗜み

アオイの過去、本屋さんで働いていた頃のイナホとのお話です。

アオイ視点ということで少し癖のある書き方をしてしまったのですが、なんとかお楽しみいただけたら幸いです。

「あ、お疲れ様です」


「あ、どうも。おはようございます。……えっと、新刊は並べ終わったから。……後はこれに書いてます」


 そう言って彼は業務日誌を差し出した。


 慌ててエプロンのヒモを結びそこねたけど、まずは日誌を受け取ろうとする。

 でも、遠野さんは「忘れてた」と言い日誌を引っ込めた。


「すいません」と言う私に、「いや、書き忘れてただけだし」と、素っ気無く言って、日誌の中に確かに何かを書き足していた。


 私はエプロンのヒモを結びながらその横顔を盗み見る。


 いつもの不機嫌そうに見える表情に紛れて、口元に出来た小さなフキデモノを見つけた私は思わず頬が緩んでしまう。


 なぜなら、つい最近まで私が悩まされていたものと鏡対象の場所にあったからだ。


 その出来物が何かの拍子に(・・・・・)私から彼に転移したみたい。――なんちって。


 きっと私がそんな突拍子もない空想をしているなんてちっとも気づいていないんだろうって思うと、また少し可笑しくて、口元が緩むのをなんとか我慢した。


「結べた?……ん?なんかいいことでもあったの?」


 ほら、この人は妙なところで目ざといんだ。


 こんな時はいつだって心の中を覗き見された様な気になって耳が少し熱くなる。


 そうかと思えば、『書き忘れてたから』って言ってたはずの優しい言い訳をすっかり忘れて『結べた?』って普通に聞いちゃうようなところもあったりする。


 スキだらけなところもこの人らしい。


「すいません。お待たせしました。いいことは……内緒にしておきます」


 そんな恥ずかしいこと流石に言えるわけなんてないもんね。


「ああ、そりゃそうか。……じゃあ、後はよろしくお願いします」


 そりゃそうか。……って。

 『俺と君の距離感は近くないもんね』って言われたみたいで少し寂しくなってしまう。


「……はい」


 改めて業務日誌を受け取ると、遠野さんは狭いカウンターの中で一生懸命私に触れないように気を付けながら入れ替わり、スタッフルームへと入って行った。


 触れないようにするのはきっと彼なりの気遣いのつもりなんだろうけど、それってどうなのかな?とも思う。

 そうじゃないとわかっていても、『私って汚いと思われてるのかな?』とか考えたくなるのが少女の頭の中の暇つぶしなのだし。


 かと言ってわざと体に触れるような人ならそもそもカウンターの外で待ってるけど。


 触れられないとわかってるくせに、その予定調和な寂しさを噛み締めて物思いに耽ってみているだけなのだ。


 刃のない包丁でマジックテープの野菜を切っておままごとをしている子供と何ら変わりない。

 

 私はどこまで行っても少女で、彼は多分少年ではない。


 だから、私が秘密裏にしているママゴトなんて気付くことはない。


 でも、私にはそれで十分だった。


※※※


 彼が去った店内。私は日誌を開いて彼の字を眺める。


「……汚い字」


 そう口に出しながらも、やっぱり口元が緩んでしまう。


 その字はとても神経質そうで、見つめているとゲシュタルト崩壊してくるような難解な記号じみている。


 でも、彼なりに読み手のことを考えて書いているからこそ読みにくくなっているのが伝わってきて、その不器用さが私には堪らなくて。


 それを見ているだけで私の人生すら愛しく思えてくるのだから、こんな日が続いていくのなら、やっぱり私は少女のままで幸せなのだ。


 ――ガチャ。


 突然スタッフルームの扉が空いて振り向く。


 ありえないのに、帰ったはずの遠野さんかと思ったけど、やっぱりそんなことはなくて社長さんだった。


「アオイちゃん、社割で発注した本届いたよ。……そやけど、若いのに夢野久作の短編集なんて物好きやね」


 そう言って文庫本を手渡された。


「……えっと、ちょっと気になってたもので」


 なんて答えていいのかわからなかった私に、社長さんはいつものように優しく微笑んでくれる。


「ドグラ・マグラばかりが有名やけどね、ホンマはこれくらいのほうがちょうどええと思うよ」


「そうなんですね。社長さんもおすすめなら、やっぱり期待できそうです」


 まるで自分が褒められたみたいに嬉しくなる。

 

「……社長さんも(・・・・・)か、……そういえばイナホ君もこの短編集好きや言うてたな」


 社長さんの笑顔がイタズラ小僧のようクシャっとした。


「……え、あ〜、え〜っと。……たははは」


 私はなんとも言えなくて、下手くそな誤魔化し笑いしか出てこなかった。


 だって、前に遠野さんが持っていたのを見たから気になったわけで、つまりは図星なわけで……。


「ま、頑張りや」


「……あう」


 社長さんは優しく微笑みながら私の肩をポンポンと叩いてスタッフルームへと戻っていった。


「……なんでバレてるんだろ」


 ……恥ずかしい。ちょー恥ずかしい。


 熱くなった耳を隠すようにカウンターに突っ伏した。


 まさか唐変木の遠野さんにはバレてないだろうけど……。


 もしバレてたらと思うと恥ずかしくて怖くって、遠くで子猫の鳴き声が聞こえるまで私はそのまま動けなかった。

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