21、続 慰められる男
糺の森から帰ってアオイを探している。
思い当たる訓練所や図書室などを見てみたが未だ見つからずにいると、ロビーで知った顔が見えた。
「あ、ヒナさん。アオイが何処にいるか知ってる?」
アオイと同室の小さい女の子だ。
「あ、イナホさんこんにちはー。えと、マノさん?サノさん?……を探してたみたいだけど、さっきここを通ったときは資料室に行くって言ってましたよ?」
――不味い。
「ごめん。ありがとう」
「へへ。どいたしまして」
俺は走ってエレベーターを目指しボタンを連打。
駆け込んで行き先階を押す。閉じるボタン連打。
アオイはサノのことを気づいたのかもしれない。
いや、部屋を訪ねた後に資料室に行ったんだぞ?
気づいてないわけがない。
もしアオイが一人で見ていたら。
見てしまっていたなら。
どれだけ辛い思いをさせてしまうのだろう。
アオイは多分サノを慕っていただろう。
そのサノの死を、あんな人権も無いような映像で知ってしまったなら……。
考えたくもない。
だけど、現実に見てしまったなら、なんとかしてやらなければならないと気が焦ってしまう。
エレベーターの扉が開くと飛び出して、長い廊下を進み角を曲がると……。
資料室の前でうずくまっているアオイが居た。
息を整え、ゆっくりと近づいた。
「アオイ」
その声に反応して顔を上げると、
「……イナホさん」
アオイの目は泣き腫らしたのか真っ赤になっていた。
「……ごめん。大事なことなのに、伝えるのが遅くなった」
アオイは首を振る。
そしてゆっくりと立ち上がりこちらへ進んでくると、抱きしめられたのだ。
突然のことに戸惑うが、それほど辛かったんだと思い至って、アオイの腰にそっと手を添えた。
「……ごめんな。……辛かったよな」
サノの事をなかなか言い出せなかったこと、一人であの映像を見せてしまったこと、そして、なぜかサノの死の責任の一部が自分にあるような気がして。
それらを代弁するのに、そんな言葉しか出なかった。
しかし、アオイは首を振って、真っ赤な目で俺を見据えた。
「……違うよ」
俺がその意味がわからずにいると、
「……ごめんね。……私が気づいてあげられなかった」
俺はただ言葉を失った。
この状況で俺の心配をしているのが信じられなかったのだ。
お前の悲しみや苦しさはどうすんだ?
それも口に出せないほどに、アオイの言葉は胸に染み込んでくる。
アオイの手が俺の頭に触れていた。
初めはなんだかわからなかったけど、ペタリペタリと動かされる不器用なアオイの手が不思議と心地よかった。
撫でられていることに気付いたのはその言葉を聞いてからだった。
「…………辛かったね」
息が止まるかと思った。
真っ直ぐに俺を見て、真っ直ぐな言葉を丁寧に手渡されたのだ。
そんな素直な感情を向けられたのはとても久しぶりで、新鮮で、アオイの目を見ていられなかった。
「……お互いだろ?」
必死の抵抗を試みるが、
「うん。でも、きっとイナホさんのほうが傷ついてるから」
「……ははっ」
打ちのめされた。完敗だ。
年下の女子高生に良いようにやられた。お手上げ。
思わず笑いが込み上げ、そして涙がこぼれた。
「ふふ。不器用なひとですね」
少し嬉しそうに微笑んだのだった。
だから、いつも通りに戯言を。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味ですよ」
「……全然わからん。後で向こうに行ったらサノに聞いてみるか」
「ふふ。そういう冗談は誰も笑いませんよ?」
「笑ってんじゃん」
「そういう人もいるんですよ」
「そうか」
「そうです」
その他愛ない話が精一杯の抵抗で、謝罪で、お礼だった。
そして、それはその後も、いつも以上にくだらない話はダラダラと続いた。
特にサノの話をしていたわけではないけど、これはきっと二人だけで行ったお通夜みたいなものだったのだろう。
残された者が適当な話をするのはどのお通夜でも恒例だ。
その儀式が終わったあとも、彼が死んだことを呑み込むことはまだ出来ていないけど、多少の折り合いはつけていけると思うし、つけていかなければならないのだ。
サノが目指した子どもたちのヒーローという夢。
そんな大それた夢を引き継ぐことは出来ないし、そのつもりはさらさらないけど、アイツみたいに優しく生きたいと思えるのなら、少しは弔いになるのかもしれない。
生き延びることが目標の俺たちだけど、もしお前が成仏できないなら見守っててくれていいんだぜ。
いくら幽霊になったからって、お前がいいやつなのは俺が知ってるから。
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