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20、暴力的庇護欲と慰められる男

 夜が明け、日が昇り、前日からの予定通りダンジョンに潜った。


 ほとんど無心で餓鬼一体と鎧ムカデ二体を倒した。


 体はよく動き、相手のこともよく見えていた。


 それらの解体が終わったところでアオイに言われたのだ。


「今日はもう帰りましょう」


 俺は驚いた。


「なんで?今日は調子いいよ。それにまだ一時間も経ってない。今日のうちに三時間、せめてその半分でも――」


「――いいから帰りましょう」


「けど――」


 アオイは何も言わず本道へと踵を返す。


 アオイからはこれまでになかった憤りのようなものを感じ、従わざるを得なかった。



 ダンジョンを出て人気の少ない路地に来るとアオイは振り返る。


 その目は毅然として俺を射抜いた。


「何があったんですか?」


 その言葉はまるで俺の心臓ををつくような鋭さで響く。


 しかし俺は。


「……何って、どういうこと?」


 はぐらかす様に。伺うようにそう言った。


「どうもこうも、今日のイナホさんは変です。戦い方だって、話し方だって、それに、ほら、目も合わせてくれないじゃないですか」


「それは。……でも、いつもより戦えてたろ?」


「ええそうですね。人が違ったように獅子奮迅の活躍でした。おかげでイナホさんはしなくてもいい怪我をして――」


「――別にこれくらい」


「良いわけないじゃないですか!」


「…………」


 初めて聞いた怒声。その瞳には涙が浮かんでいた。


「……それも、無駄(・・)に私を庇ったせいでしたよね?」


 わかってる。あの攻撃はアオイ自身で防げたことも。


「…………それは、心配で」


「急にですか?例えばコレで射たれた後ならそれで納得も出来ますが」


 クロスボウをコツンと叩く仕草。


「……ほんとに、心配で」


 それは執拗なまでの本心。

 気づいていた。自分の中で何かがズレてしまっていたことに。


「イナホさん。前にあなたが言ったみたいに私はあなたの仲間です。保護者と被保護者なんかじゃない。……私も、私だってあなたと対等な冒険者なんです!」


 アオイはきっと関係の破綻を恐れながらも、言わなければその関係すら擦り切れてしまう未来を危惧して、覚悟して話しているのだろう。


 「…………わかってる」


 それがあるべき姿だと、そうありたいと思っているけど。


 サノの死を知り、不意に自分の中に生まれた仄暗く溢れる恐れに思考が絡め取られていく。


「……それでも何があったか言ってくれないんですか?」


 毅然とした表情の中に、縋るような瞳のゆらぎ。


 だけど、サノの死を、彼女にどう伝えればいいのかがわからない。


 自分で消化出来ていないままの心のドロドロを丸投げになんて出来なかった。


「……少し整理させてくれ。また後で声かけるから」


「……わかりました」


 そう言って去っていくアオイ。しかし途中で振り返り、


「……絶対ですよ!」


 そう言って走り去るアオイは、迷子になった子供のように泣きそうな顔をしていた。

 

※※※


 行くあてもない俺の足が自然と向ったたのは(ただす)の森だった。


 緑がまだ残されている端の方は人通りが少なく、古く小さな石橋に腰を掛けてみる。


 前の世界ではとても静かな場所で考え事をする時によく来ていた場所だが、この世界ではすぐ向こうに人波があるから、考え事には似つかわしくないのかもしれない。


 ある意味で、この世界が変わってしまったことを一番感じるのはこの糺の森だったりする。


 だからこそ、自分でも知らないうちに、その違いを思い知るために、前と同じではやっていけないと言い聞かせるために、こんなところに足を運んだのかもしれない。


「どう話したもんかな」


 自分でも呑み込めてないのにアオイにうまく伝えられる自信がないのだ。


 命がけの冒険だから、心の揺れが死につながる。


 俺が抱える不安定さをアオイにそのまま丸投げしたくなんてなかった。


「……はぁ」


 大きなため息を吐くと……。


 ゲシッ!っと誰かに脇腹を蹴られた。


「痛っ」


 振り返ると、みたらし団子を頬張る赤毛の鍛冶屋が立っていた。


「何シケた面してんだよ」


 イチカは相変わらずぶっきらぼうな口調でモグモグしながら。


「……なんだよお前か。ビビらせるなよな」


「はっ。お前の肝がちいせぇだけだろ?」


 そう言いながら隣に腰を掛けた。

 近くで見るイチカの容姿は驚くほどに整っていて、普段の扱い方を忘れてしまいそうになるくらいだ。


「お前らルーキーズで取り上げられてんのな。見たぜ。今日の配信も。……いや、たまたまな、たまたまCネット開いたらお前らだったんだ」


 俺でもわかる嘘だ。


 多分わざわざ見てくれたのだろう。


 コイツは態度の悪ささえなければひどく真面目な、むしろ真面目すぎる職人だということに気づき始めている。


「……ルーキーズ。……そうか。あんまり気にしてなかった」


 この間見たときはサノの所だけ見たから、俺たちがどのように取り扱われてるかなんて知らない。


「意外に荒々しい戦い方なんだな」


 イチカはみたらし団子を食べ終えて、三角座りみたいに膝を抱えて前後に揺れている。


「……編集じゃない?」


 少し痛いところを突かれた気がして誤魔化そうとしてみるけど、


「生配信に編集があるもんかよ」


 そうだったな。


「……慎重にしてるつもりだけど」


「馬鹿言うなよ。まるで自分は(・・・)どうなっても良いみたいに見えてたぜ?」


 頭を膝に載せてこちらを覗くような素振りのイチカ。


「……そうか」


 返す言葉はなかった。


「おかげでパーティーとしちゃクソみたいだったけどな。大事なペットでも連れ歩いてるのかと思った」


「……お前、相変わらず口悪いな」


「勘弁しろ。思ったことを言っただけだ」


 コイツに悪気なんて無いのはわかってきたから、それくらい気にもならない。


「ちょうどアオイにも似たことを言われたよ」


「なんだ。セーラーもわかってるか。お前、そんなことでびしょ濡れの犬みたいにしょげてんのか?情けね」


「……それだけじゃないけどな。でも、そう言ってくれて助かるよ」


「はぁ?……気持ち悪いこと言うなよ。気持ち悪いな」


「ばか。お前の口の悪さも役に立つときがあるって話だよ」


「……そうか。……お前そういう性癖?」


「バカか!変な誤解すんな」


「冗談」


 ニッシッシと笑うイチカ。


 こんないたずら小僧みたいに笑うんだな。


「武器もたまには見せに来いよ」


 そう言いながら軽快に立ち上がるイチカは店のある方へ歩き出した。


「お、おお。わかった」


 急に立ち去ることを不思議に思うが、

 

「じゃあな」


 後ろ手で手をヒラヒラとさせる背中を見てすぐに答えが出た。


「なんだ。俺は慰められてたのか」


 わかりにくいけど、わかりやすいというか。


 グズグズしてんのも嫌になってくるな。

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