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17、サノと鍛冶屋と大きな蜘蛛やっつけ

 初討伐を成した翌朝、アオイとの待ち合わせまでの僅かな時間にロビーに居るフロントマンに尋ねた。


「同室のサノジロウが帰ってないんだけど、何か聞いてます?」


 しかし、フロントマンは首を傾げる。


「ここでは個人のことは把握してないので」


「そうですか、どこかに問い合わせとかしてくれると……。いや、やっぱりこっちで調べます。ありがとう」


「……はあ」


 エレベーターホールからアオイが来るのが見えたので、そこで話を打ち切った。


「イナホさん。そ、その。……おはようございます?」


「おはよう。……何で疑問系か」


「いえ、その、……昨日はすいませんでした」


 アオイは頬をポリポリしながらそう言った。


「……ああ、いや。それはこっちこそ。……変に誤解されるようなことしてごめん」


 結局、誤解が解けたのかはわからないけど、安易なことは慎まなきゃな。


「いえ。……じゃあ、行きましょっか」


「お、おう」


 アオイの態度に多少の違和感をおぼえつつ。


 サノのことは帰ってきてからにして、とりあえず俺たちのやるべきことをやらなきゃな。


 まずはあの赤毛の鍛冶屋だな。


※※※


 ストッ。


 小気味いい音だ。


 スラリとした立ち姿から放たれた矢は木に貼られたターゲットマークの中央に吸い込まれた。


 (ただす)の森の外れ。


 昨日も来た鍛冶屋では赤毛のイチカがクロスボウの試射をしてみせたのだ。


「……上手すぎない?」


「はっ。誰だって出来てこその機械弓だろ?」


「いや、それにしてもだよ。それこそクロスボウなんて細かい照準が合わないもんなんじゃないの?」


 距離による照準の高低差についてのレクチャーだったのだが、普通距離の違う三射をど真ん中に打ち込めるのか?って話だ。


「そこは調整の問題だろうな」


 イチカはアオイにクロスボウを手渡しながらそう言った。


「で、出来るかな?」


「そのレバーを手前に倒すんだ。そうそう。この距離なら照準どおりで、あとは歩数で調整していけ」


 そんなふうにぶっきらぼうなレクチャーを受けたアオイの試射は概ねターゲットマークの周辺に命中していくが、やはりイチカのようにいくはずもない。


 アオイの前には俺も試したが同じようなものだった。


「で、これが投げナイフ」


 出されたナイフは革の鞘とベルトまで付いていた。


「いいのかよ」


「どうせ余り物だ」


 投げナイフを抜いてみると、鈍く光り、見ているだけで切れそうな怪しさを放っていた。


「貸してみな」


「はいよ」


 イチカは受け取ったナイフをヒョイと投げると、


 ストン。


 吸い込まれるようにターゲットの中央に刺さった。


「これがコツかな?」


「わかるかよ!」


 木からナイフを取って戻ると今度は俺に手渡す。


「全盛期の藤川球児のストレートでわかるか?」


「わかるかよ!……いや、何となくわかるか」


 この世界に阪神タイガースがあったことに妙な安心感を抱きつつ(野球ファンではないけど)、見様見真似でスナップを効かせて投げてみる。


 が、ターゲットよりもずいぶん手前の地面に転がった。


「だめだこりゃ」


 イチカは手のひらを空に向けてお手上げのポーズ。


「まぁ、ちょこちょこ練習するわ」


「はっ。いつになったら使えるやら。売りたくなったらいつでも来い」


「うるせい」


「今から潜るのか?」


「ああ。無事でも祈ってくれんのか?」


 どうせ悪態でも吐かれるのだろうと言った冗談だったが、


「そうだな。生きて帰れ」


 真っ直ぐに俺たちを見てそう言われて面食らった。


 次いで。


「それでウチで金を落とせ」


「……だと思ったよ!そのうちせいぜい稼がせてやるから待っとけ」


「ばかか。お前らに期待なんてしてない」


 後ろ手で手を振り工房に入っていくイチカ。


「ふふ。目の下にあんなクマ作ってるのに。素直じゃないですね」


「ははは。どうせネットでもしてたんだろうよ」


「あら。こちらにも天の邪鬼が」


「うるせい」


 投げナイフは実戦で使えそうもないが、クロスボウは即戦力になってくれそうだ。 


※※※


 そうして今日も探索を開始する。


「車は慣れてからのほうが事故りやすい。気をつけないとな」


「石橋は叩いてナンボのイナホさんですね」


「慎重なのやだ?」


「ううん。『生きてこそ』ですよ。その場になれば人肉だって食べれちゃうかもしれません」


「……それ、古い映画の引用で合ってる?遭難するやつ」


 『生きてこそ』という映画。細かいところは覚えてないけど、雪山で遭難して人肉を食べるってのだけは印象に残ってる。


「あちゃ。悪いくせが出ました。すいません」


「アオイに友達が少ない理由が垣間見えたな」


 だってそんな映画、女子高生どころか、きっと大人も覚えてないぞ?


「たははは。こういうの言っちゃうとね、みんなの時間が止まるんですよ。それで付いたあだ名が何故かジョジョでした。……せめて、せめて、承太郎とか、スタープラチナとか……」


「ザ、ワールドがベストだな」


「そうなりますよね。まったく」


「ま、生きてこそ以上のは俺も対応出来ないかもだけど」


「ううん。これが悪癖だとは知ってるので、私が気をつけますから」


「別にいいよ。好きに喋りな」


「そんなこと言うと甘えちゃいますよ?」


「よろしい。かかってきなさい」


 なんでもない会話をしながら階段前のたまり場を抜ける。


 このあたりはもう、慣れたものだ。

 いつもの罵声も聞こえるが、完全スルー出来ている。

 夏場の五月蠅いセミみたいなものだと割り切ることにしたのだ。


「じゃあ昨日引き返したところまで逆流しつつ、その脇道もシラミつぶしに見ていくでいいか?」


「そうですね。恐らく脇道まで入ると餓鬼以外のモンスターも出てきますから注意して行きましょう」


「了解」


 クロスボウを手に入れた俺たちは、いつもの一列縦隊ではなく、射線を確保するために少し斜めに隊列を組んで進む。


 本道に入ってすぐの脇道から本道に沿うように続く側道へ入る。


 そして、そこからまた分岐する脇道に入っていく。


 ランタンの灯りを頼りに進んでいくと、徐々に人の入った痕跡が少なくなっていくのがわかる。


「このあたりをいちいち探索する人なんて少ないんですかね?」


「どうやらそうらしいな。二層へ行くのも本道から右のルートだし、討伐だけなら正面奥の密集エリアで事足りるってことだし、こっち側に用があるのは神経質にくまなく探索したい残念なヤツくらいだろうぜ」


「自覚はあると」


「あれ?アオイは自覚ないの?」


「……ありますよ」


 探索ルートの選定は俺の独断ではない。


 前もって相談して決めているのだけど、慎重な考え方が似ているのか、『生き残る』という目標のために結論が似てくるのか、一般的に見ればかなり面倒くさい手順を踏んでいる。


 下鴨ダンジョン一層のいわゆるテンプレ攻略手順もあるにはあるんだけど、お互いそれに納得がいかないのだ。


 これはもしかしたら、ダンジョンの無い世界に住んでいた者の感覚なのかもしれないけど、二人共そのテンプレに十分な安全マージンを感じられない病を発症している。


 何か起きたときのために、情報だけでなく自分で把握しておきたい。

 ダンジョンというものに体を馴染ませたい。


 当たり前の感覚だと思うけど、みんなは案外適当だったりする。


 そして何より、規定探索時間のことだけを考えるなら本道を行ったり来たりでもいいし、何なら入り口で溜まっててもいい。

 でも俺たちは先立つものが必要。当座のお金はもちろん、初心者補助が終わるまでに多少のお金を確保しておかないと、食うも寝るも困ってしまう。


 だから、安全を確保しつつもまともな探索をしてモンスターも倒さなければならない。

 当たり前の冒険をしなければならない。


 そして、良いのか悪いのか。

 緊張の瞬間が訪れる。


「イナホさん。……あれは」


 アオイがクロスボウをクイッとする先、壁面に張り付いているのは――。


「……咀嚼蜘蛛か。ヤバそうだな」


 ――足まで入れると1.5メートルほどもある大きな蜘蛛だった。


 知識に照らし合わせると家蜘蛛に近い。

 足が短くでかい胴体は力強く、大きな顎に噛まれることは想像したくないほどだ。


 こちらが気付いている現状、向こうも当然に気がついているだろうけど、相手が事なかれ主義であれば撤退することも出来るかもしれないし、それはただの希望でしかないのかもしれない。


 逃げ出そうとして一瞬で食らいつかれてやられることも安易に想像できる。


 それはもちろんこちらから仕掛けても同じだ。


「どうするよ」


「どうしましょう」


 アオイはすでにクロスボウを構えている。


 俺だってランタンを置いて鉄パイプを両手に握りしめている。


 俺たちの日常を手に入れるためにはいつまでだって逃げ腰でいいわけが無い。


 それならいっそ。


「やろう」


「……はい。カウントダウンで行きますよ。……3,2,1……」


 ガチンっ!


 クロスボウのトリガーが引かれた。


 矢は咀嚼蜘蛛の中心へと一直線に渦を巻いて飛んでいくが、音に反応した咀嚼蜘蛛はその力強い足で跳躍した。


 しかし。


 シュトン。


 一度跳び上がった咀嚼蜘蛛のお尻を壁面に縫い付けるように突き刺さる。


「gachi!gachi!gachi!――」


 顎を鳴らしながら矢から抜け出そうと暴れまわる咀嚼蜘蛛。


「行かせるかよ!」


 俺は一気に駆け寄って、蜘蛛の脳天めがけて鉄パイプをぶっ刺す。

 手にはガチンと岩壁の感触が伝わってきたが、蜘蛛が動きを止めることはない。


 俺は鉄パイプを抜き、またそれを刺しを繰り返す。

 そして、何度目か刺したときに手応えのようなものを感じると、咀嚼蜘蛛は広げていた足をキューっと縮めて動きを止めた。


「……よし」


 蜘蛛の絶命を確認して汗を拭った。


「……なんか、呆気なかったくらいです」


 矢を引き抜いて布で汚れを拭い取りアオイに手渡す。


「壁が硬いから先端が少し潰れてるな」


「あ、ホントですね。でも念の為他のが無くなったら使います。ひとまず二軍行きってことで。……では」


 矢をしまったアオイは遠慮がちに手のひらをこちらへ向ける。


 一瞬、なんのことだか考えてから、


 パシッ。


「やったな」


 お互いの手のひらを軽く合わせる。


「ふふ。快勝です」


 冒険を初めてからようやく手にした確固たる勝利に、それまでの苦労が報われた気がして素直に嬉しかった。 

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