16、ヒナとカイ
鍛冶屋のイチカの所から宿舎に帰ってくると、ロビーの向こうから見たことのある顔が小さな体で大きく手を振っていた。
「アオイちゃーん!見ーたよー!」
あれは確か、アオイの同室の女の子。ヒラノヒナさんだ。
「わ、もしかして探索?」
「そうそう。初めて中継でいろいろ見てたらね、アオイちゃんが映ってたから見ちゃった。えへへ〜」
「……うぅ。なんか妙な気分だな」
アオイの言いたいことは何となくわかる。
俺たちは命がけの緊張でドローンなんて気にする余裕はないから、ほとんど素のままだ。
その様子を誰かに見られているというのは妙な感じだし、それが知り合いだとすると余計に恥ずかしくなる。
というか、今回の探索で人に見られたくないシーンって無かったか?
あれ?
ちょっと待て。
「アオイちゃんが射たれたところは泣いちゃった。でも、その後はすごくドキドキして。……アオイちゃんがバチコーン!ってしたあとに……」
徐々に顔を赤らめていくヒナさんだけど。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って。言わないで。それ言わなくていいやつじゃない?」
俺は思わず遮った。恥ずかしさで遮らざるを得ないだろ。
「え?……でもイナホさんカッコよかったですよ?ガバッーーって――」
「――ノーーー!ノーノー!ヒナさんノーだから!」
慌てて口を塞ぐ。
「んーんー!んんんーんー」
「離すけど、余計なことは言わないでおこうね」
「んー」
どうやら了承したらしいのでヒナさんを開放する。
「ふぅ。苦しかったですぅ。……でもラブラブで憧れましたよ?」
小さな声でとんでもないことを言いやがった。
「な゛っ!」
咄嗟にアオイを見ると、顔を抑えてしゃがみ込んでしまった。
これはいかん。誤解を解かねばパーティーの今後に影響が出かねない。
「ヒナさんや。君は大きな誤解をしてるみたいだね」
「ごかい?」
体ごと大きく首を傾げるヒナさん。
「うん。俺らはね、運命にイタズラされた同士だから、とても大事で掛け替えなんてないんだけどね。だから運命共同体みたいな感じかな。うん。そんなところだよ」
そこまで言ってニコッと笑うとヒナさんは顔をボッと赤くして。
「やっぱりラブラブだぁ」
はっ!いかんぞ。確かにおかしな表現だ。
もっとハッキリ言わないと伝わらない感じがする。
「いやいや、ラブラブとかそういうんじゃなくて、仲間として、友達として、もっと言えば兄妹みたいなつもりで大事に思ってるわけでさ。だってあれだよ?年も結構離れてるんだよ〜?」
こんな可愛い女子高生が俺とラブラブなんて言われたら可愛そうだろ?
ヒナさんもこれだけ言えばわかってくれるだろうし。
これでアオイも変な誤解にさらされることもないだろう。
ついでにサノにも誤解を説いておかないといけないかもしれないなと思った。……なんとなく。
しかしヒナさん。
「……ひどい」
口に手を当ててアングリとしている。
「……え?どこにひどい要素が?」
アオイに助けを求めようと振り返るが、走り去ったあとだった。
あら、俺とラブラブとかそんなに嫌なのね。
……ショックだなおい。
そんななんとも言えない空気を打ち破るようにある人物が現れた。
「はっ。初討伐したくらいでえらく浮かれてんのな」
「カ、カイくん」
ヒナさんがカイと呼んだ青年。
身長は俺と変わらないだろうけど、顔の作りは圧倒的に違う。パッチリ切れ長の二重にシュッとした目鼻立ち。テレビでイケメンと紹介されても、『無いわー』とはならず、『まぁ、イケメンだもんな』と思えるような整った顔をしていた。
「こ、こちらパーティーメンバーのカイくんです。で、こちらはアオイちゃんのパーティーメンバーのイナホさんです」
ヒナさんは急に萎縮した様子で紹介を終える。
なるほど。彼が例のスキル持ちってわけだ。
初心者では珍しいとかなんとか。
あまり関わり合いたくないオーラだけど、こうなったら挨拶しないわけにもいかないしな。
「はじめまして。ご存知の通り初討伐で浮かれてるイナホです。よろしく」
あまり乗り気でない挨拶をすると、
「あんまりうちの荷物持ちを構わないでくれよ」
そう言うと踵を返して去っていこうとする。
「カ、カイくん!だめだよそんなこと言っちゃ!」
ヒナさんが追いかけて腕を取るが、それを事も無げに振り払うと、
「るせぇな。そんなことしてる暇があったらちっとは役に立てっての。うぜぇから来んな」
そうしてカイは去っていった。
「……うわぁ」
素直な声が出てしまった。
するとヒナさん。
「最近はすごく気が立ってて。ホントはすごく優しいんですよ?」
ヒナさんは無理に笑顔を作ろうとして、それが余計に泣いているみたいに見えた。
※※※
ヒナさんが「アオイちゃんのことは任せてください」と言うので「お、おお」とその場を立ち去った。
帰ったら一応サノにも誤解を解いておきたいし、初討伐について感謝も伝えたいと考えていたのだけど、部屋にサノは居ない。
遅くまで待ってみたのだけど、結局その夜サノが帰ってくることは無かった。