15、鍛冶屋の赤毛は口が悪い
ダンジョンから出た俺たちは、魔石やツノの換金と、手に入れた武器のメンテナンスを兼ねて冒険者向け商店が立ち並ぶ区域に来ていた。
以前の世界で言うと糺の森という場所に当たり、毎年夏に開かれる古本市は欠かさずに来ていたし、バイト帰りで天気のいい日なんかには新しく手に入れた本を読むのに最適だった。
思い出深い場所である。
しかし、糺という名前こそ残っているものの、この世界ではそんなに穏やかな場所ではなくなっていたのだ。
大きな道の両脇には酒場やカフェ、コンビニに商店に土産物屋、美容室に服屋に会社もあれば宿もある。
つまり、少し特殊で規模の小さな繁華街だ。
「……おお、ダンジョンがあった並のカルチャーショックだな」
「かき氷屋さんもなくなっちゃったんですかね?」
アオイが言ってるのは、元の世界にあったお茶屋さんのことだろう。
平安貴族も楽しんでいたと言われる昔ながらの氷室で管理された氷を使ったかき氷は極上で、宇治の抹茶や本物のイチゴで作られたジャムなどが楽しめる隠れたスイーツスポットなのだ。
かき氷ということもあり夏限定なので、四月の今はお団子などが楽しめていた。かく言う俺もファンの一人である。
「それは困る。夏の楽しみなんだから」
「是非後で探しましょう」
「モチのロン!」
俺たちは固い約束を交わしてから繁華街へと入っていった。
※※※
人混みの中を歩いてみると武器を持ったままの人が多い。
この世界にももちろん銃刀法違反はあるのだが、俺たちもつけている冒険者の証でもあるドッグタグを見せれば大丈夫だし、ダンジョン周辺では結構容認されがちだ。
「鍛冶屋さんと武器屋さん、どっちに持っていけば良いでしょうか?」
「うーん。なんとなく鍛冶屋っぽくない?あそこに入ろう。ひなびた雰囲気が好みだ。だめそうなら普通の武器屋も行ってみようぜ」
「はい。でも、こういうの気が引けちゃいません?」
確かに。それなんかわかる。
「ホームセンターで木材コーナーの場所を聞くのは大丈夫だけど、目薬の場所って聞きづらいもんな」
「えっと、その例えは全然わかりませんけど、多分そういうことだと思いました」
「あら。……まぁ今回は俺が聞くし良いよ」
「ふふ。じゃあ次のお店では私が聞きますね」
メインストリートからは少し離れた場所にある鍛冶屋。
中には炉が焚かれていて、春だというのにその周辺には陽炎が見える。
ここから見える大きな背中は鍛冶屋さんっぽさに溢れていた。
「すいません、こんにちは」
外から見えた大きな背中に声をかける。
「え?あぁ、こ、こんにちは?……どこかで会いました?」
すっとぼけた顔の中年男性にこちらがたじろぐ。
「え?……ん?……あの、ここ、鍛冶屋ですよね」
「……ええ。……ここは鍛冶屋ですね。……えっと?」
おっと。ちょっと待て。歓迎されてない感じがすごいぞ?俺の知らない作法でもあるのか?
「えと、それでちょっと武器のことでお伺いしたいんですけど……」
受け入れられてない感に気づかないふりして聞いてやった。
「ああ、それなら――」
「――こっちだよクソハート野郎」
「なっ、なんですと!?」
奥の扉から口悪く現れたのは、着飾らない細身のジーンズとティーシャツに赤い髪を一つ括りにしたスレンダーなモデルのような女性。
見るからに勝ち気そうな大きく鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。
「どうせこんな小娘の店でがっかりしたんだろ?」
腰に手を当ててフンッと鼻で笑う。
……なんだこの態度。可愛いからってなんでもツンデレで済むとでも思ってんのか?
俺はそもそも、どこの店員であろうが下に見るなんてことは一切ないし、俺はお客様だぞ?的な気持ちはサラサラないことだけは断っておくが、
「小娘かどうかは知らないけど、初対面の相手に『クソ』って言う人間とは関わりたくないね」
「……そ」
赤毛の女はプイとしてカウンターの中に入ってしまった。
アオイに「行こう」と言ってから、人違いをしてしまったオジサンに「すんませんでした」と言って店を出ようとすると、
「ちょ、ちょっと待ってくれないか?」
そう言ったのは大柄のオジサンだった。
「え?……なんです?」
オジサンは俺の耳元に近づいて赤毛の女に聞こえないように続ける。
「あの子はね、父親を早くに亡くして店を継いだんだ。それまでの常連さんもいたんだけどね、やはりこの業界は男社会が未だに残ってるでしょう?年端も行かない女が打った武器なんか持てないって離れていってしまったんだよ。彼女の腕のせいにしてね。神経質になるのも理由があるんだ。許してやってよ」
オジサンはそこまで言うと「うん」と言って微笑んだ。
「…………で?」
だから何?
そんなバックストーリー聞いたからって失礼にされたのをチャラにしろとでも言うの?
知らないね!
謝るなら別だけど、いまさら謝られても何か気分的にここで取引はしにくいじゃん。
だから断っても問題なし。
と、思ってると。
「……オギさん、もういいから。ちゃんと謝る」
赤毛の女が戻ってきてた。
どうしたものかと思ってみてると。
「……その、なんだ」
そっぽを向いたままそう言った。
しばらく様子を見ていると、
「どうせオギさんに変なこと吹き込まれたんだろうけど、別に客が減ったのは女だからじゃないってわかってる。単に腕が足りないだけだ」
赤毛はそう言うが、決定的なのは別だろうよ。
「態度も足りないけどな」
「てめっ、……いや、それもわかってる。……その、……悪かった」
そう言って赤毛は頭を下げた。
態度は不遜だけど、そこまで言われたらまぁ。
「いいよ。謝罪は受け取った。……でも、だからといって――」
――ここで取引するのは気分的に難しいから。と続けようとしたのだが、それを察したらしいアオイが俺の袖を引っ張る。
「イナホさん。……ここで取引してみませんか?」
「え?……どゆこと?」
お互い小声だ。
「私のわがままだと思って。一回だけで良いんです。ダメ、ですか?」
あかん。おねだり慣れしてない俺にはその顔はあかん。
というのは冗談としても、そんなふうに頼まれて断るほどでもないか。
それならまぁ。
一つ大きく息を吐いた。
「まぁいいや。こっちこそ偉そうなこと言って悪かった。えっと、オギさんもすんませんでした」
アオイが満足そうな顔してるのでいっか。
「……それで、大した仕事じゃないんだけど、これを見てくれるか?」
バックパックに引っ掛けていたナイフとクロスボウ、ついでにツノと魔石もカウンターに出してみた。
「……ほんとに大した仕事じゃねぇな」
赤毛は頭を掻くが、オギさんにその頭をパシンと叩かれる。
しかし、俺としてもダンジョン一層の手前で見つけたものなので、鍛冶師としては小さな仕事だろうとは思っていたので申し訳なくも思う。
「それについては多分その通りだと思うから。……なんかすまん」
「いや、別にバカにしたつもりはないから気にするな。それでどうする?」
「ああ、クロスボウはメンテナンスと矢の補充について。ナイフは決めかねてる。後のは買い取れるかどうかだな」
「なるほど」
そう言って俺たちのことをジロジロと見て回る。
何か意図はありそうだけど、この赤毛はマジでコミュ障かもしれない。
おれも亜種だからある意味で普通の人より耐性があるのが悲しいけど。
「クロスボウはセーラーが使うのか?」
「えっと、はい。取り敢えずは私が」
「なら、これはハートが持ってろ」
「え?でも俺、サバイバルナイフなら持ってるぜ?」
「ばか、これは投げナイフだよ。もちろんそのままぶっ刺してもいいけどな」
俺とアオイは目を合わせてあんぐりした。
「どこかに売れば高けりゃ500円くらいになるかも知れないけど、買えばそれなりにする。手入れだけして持っておくのを薦めるね」
「ああ。じゃあそれで」
「あとは魔石とツノだけど、武器のメンテと差っ引いてチャラでどうだ?」
「ええと」
魔石の一般的な相場は確か、ギルドに卸せば500円くらいで、ツノも同じくらいだと思う。
投げナイフの研ぎとクロスボウのメンテナンスの相場はわからないけど……。
「おいイチカ。※※※※※※※」
オギさんが赤毛にゴニョゴニョと耳打ちをしている。
あの赤毛、イチカって言うのね。
するとイチカは小声でオギさんに言った。
「……詫びだよ」
その言葉が僅かに聞き取れてしまったのだ。
驚いてイチカの顔をジッと見ていたのでジロリと睨まれる。
それが無きゃいいんだけどな。普通にしてりゃ客なんてすぐに寄ってきそうなもんだけど。……超絶美人だし。
「ったく。……全部任せたよ」
「ふんっ。明日の朝には出来てるから」
「え?早くないか?」
「うるさい。……うちは暇なんだよ」
そうして、長い付き合いになるイチカと出会ったわけだ。
最悪の出会い方とも言う。
※※※
帰り道にかき氷を出す茶店を見つけて喜んだ後にアオイに聞いてみた。
「なんであの店にしようって言ったの?」
すると。
「すごくキレイな人なのに、不器用そうで、なんだか可愛いじゃないですか。ああいう人、好きなんですよね」
だとよ。
わからんでもないか。