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12、二回目の探索、敬称問題勃発

 ニ日間を鍛錬に費やした翌日、つまり初日から数えて四日目の朝が来た。


 この日はいよいよ二回目の探索に出る約束。

 今日はもう少し後に出発するというサノが見送りに来てくれた。


「見送りなんて大げさだと思うんだけどな」


「馬鹿言うなよ。不吉なことを言いたくはないけど、俺もお前たちもいつ何があるかなんてわからないんだぜ?」


 サノは気持ちの良く笑い、握った拳を俺の肩に押し付けた。

 

「そうだな。ちゃんと気を引き締めていくよ」


 こればかりは冗談にならない。いつ誰がどうなっても不思議じゃないし、むしろ、初心者の生存率を考えると無事で帰ってくることの難しさがよくわかる。

 

「ああ、それと伝えとかなきゃならないこともあった。あまり奥まで行くなよ?最近変異種を見たって話を聞いたんだ」


「変異種……ですか」


 アオイさんが少し考える素振り。


 変異種とは通常のモンスターよりも強力な個体で、出現頻度はかなり少ない。


 しかし、階層主や区域主の殆どが力を付けた変異種なわけで、現在階層主が空位である下鴨ダンジョン一層に現れたとなると、その座に着いてモンスターの統制でもしたならばかなり厄介なんだろう。


 例えそうならなかったとしても、俺たちがエンカウントして切り抜けられるレベルではないのだけど。


「まぁ噂程度だし、二人が回る予定の入り口近辺には関係のない話だけどな。念の為耳に入れておかないとと思って」


「わかった。注意しておくよ」


「ですね。サノさん。何から何までありがとうございます」


「お互い様さ。アオイちゃんも、帰ったらまた話そうな」


「はいっ!」


 二人で笑顔を交わし合っているのを見て、また小さな疎外感が生まれた。


 この三日間も、二人はどこか通じ合ってるというか、俺の知らない話で盛り上がっているようだったし。


 もしかするとロマンス的なことがあったりして。なんてことが頭をよぎったが、そんなことはお互いの自由なわけだし、口を差し挟むつもりもないし。それならいっそ気にしないようにすべきだろう。


「じゃあ今日は三人で写真を撮りましょう」


 その勢いに押されて三人で写真を撮った。


 俺一人が相変わらず引きつった顔で、二人は清々しく笑った顔が印象的な仕上がりだ。


 危険は頭でわかっていても、まさかその笑顔が早々に失われるとは、このときはまだ思ってもいなかったわけだが。


※※※


 入り口付近の溜まり場を通ると、以前とは少し反応が違う。


「やべ、あいつだ」


「あんまり見るな」


 鉄パイプを肩に担いだまま見渡すと、こちらに気付いた何人かが目をそらした。


「悪口言われるよりはマシじゃないです?」


「どうだろ。なんか寂しいんだぜ」


 しかし、肩をすくめて歩き出すと、後ろから聞き覚えのある罵声が聞こえた。


「テレビ出たからって調子乗ってんじゃねーよ」


「ああ?」


 カチンと来て首だけを後ろへ向けると、前にも見た顔がこちらを見ていた。


 俺は決して自分から喧嘩を売るようなことはないけど、別に気が長いわけでもない。


 ちょっと行こうかな。


 そう思ったとき。


「ドローン来てますよ」


「げっ。不味い」


 冷水を浴びされたみたく頭が冷えた。


「ぷぷ。またヤンキー扱いされちゃ嫌ですもんね」


 クスクスと笑うアオイさんに釣られて笑う。


「だな。あんなキャラ定着されちゃ溜まったもんじゃない」


「ギャップがあって面白いですけどね」


「面白いわけあるか!」


 後ろからはまだゴチャゴチャと聞こえたが、事なきを得て本道へ入っていく。


※※※


 二回目の探索ともなると、過度な緊張もなく周りがよく見える。

 俺が前を、アオイさんには後ろを中心に警戒しながら進んでいく。もちろん天井もしっかりケアしてますよ。ええ。


 ルートは前回と同じく本道を道なりに進んでいくが、前回の折返し地点に到達しても、未だにエンカウントすることはない。これも前回と同じだった。


 探索開始してからまだ20分程しか経ってなかったが、ここからは初めての領域なので少しだけ休憩して息を整えてから向かう事になったのだが、


「アオイさんも気がついたことがあったら言ってね」


 話の流れの中で「遠慮せずに意見してね」と、なんの気もなく言っただけだったが思わぬ話に転がった。


「イナホさん。そういえば一つあります」


 彼女が人差し指を立てる。


「お?何?」


「実は前に資料室で言おうとしてウヤムヤになったんですが――」


 ああ、実は俺も気になっていた。


 アオイさんのお腹を触る触らないの前に、気になることが二点あると言っていたはずだったけど、それこそウヤムヤになってその日はそのまま帰ったのだ。


 翌日以降に何度か聞いてみようとしたけど、あの時の少し気まずさが思い出されるのがまた気まずくて、なかなか聞けなかったのだ。


 さて、なんだろうと耳を傾けると。


「イナホさんは何故私に『さん』って敬称をつけるんですか?」


「へっ?」


 何故も何も……。


「……そりゃ、元はバイト仲間だし。……その流れ?……後はクセかな?」


 理由なんてものはそれくらいしか思い当たらない。


「……なるほど。……うーんと、言いにくくないですか?……ほら、戦闘中とか。……えーと、だって咄嗟のときに二文字の余分は多いです。……と思いませんか?」


 

 彼女の中では失礼に当たるとでも思ってるのだろうか。

 妙に辿々しい口調は気になるけど、ここで俺が正直に意見しないのは違うような気もする。


「どうかな?あんまり気になってないけど」


 だって二文字だぜ?


 するとアオイさんは少し考えてから俯いてしまった。


「え?なんかまずいこと言った?」


 慌ててそう聞いてみると、


「…………※※※※※※じゃないですか」


「え?なんて?」


 ゴニョゴニョと言うもんだから聞こえなくて、顔を覗き込んでみるとまた拗ねて口を尖らしていた。


 そしてこう言ったのだ。


「…………だってサノさんのことはサノって言うじゃないですか」


「……はあ?」


 あまりに突拍子もないことを言うから、ついつい素で聞き返してしまった。


 俺はキョトンとしたし、アオイさんも黙ったまま少しの時間が流れたあと、

 

「……すいません。……今のは聞かなかったことにしてもらえませんか?」


「……いや、すまん。ビックリして」


 正しくは、女子高生の思考の飛躍について行けずにビックリしたわけだが。


 だって、戦闘中の効率の話からいきなりサノだぜ?


 あれ?


 これはもしかして。


 俺は気がついてしまったらしい。


「模擬戦のときに『サノ』って呼んでたのを聞いて「アオイさん』よりも効率的だなって思ったってこと?」


「ぶふっ!」


 アオイさんが向こうを向いたまま、口に手を当ててクシャミ(?)をした。


「大丈夫?」


「……少しむせただけです。……そ、それよりよくぞ気付きましたね。イナホさんが推察したとおり、……かもしれません」


「何故そこは曖昧なのか。……でも、まぁ別にアオイさんがそれで良いなら――」


「――さんがついてます」


「あー。……えっと、アオイがそれで良いなら。そう呼ぶことにするよ」


 ……アオイは向こうを向いたまま。


「……よくできました」


 と、何故か誇らしげに偉そうなことを言った。


 それが妙に可笑しくて愛らしく思えた。

 もちろんそういうんじゃねぇからな?


 そしてこれは後ですぐわかる事だが、アオイ本人は最後まで俺の名前から『さん』を抜くことはなかったのだけれど。

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