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11、ゴム人形いたぶり

「ちきしょー。イライザのやつめ」


 ゴム人形の頭部を鉄パイプでポカリと殴るが、こんな弱さじゃビクともしない。


 結局、入れ墨を取ってもらうことははぐらかされた。


 一度部屋に戻ったものの、始終手のひらで転がされまくったストレスを持て余してしまったので、装備一式と共に訓練場へ行くことにしたのだ。


 訓練場はいくつかのエリアに別れていて、スポーツジムのようなマシンが置いてある部屋だったり、武道場があったりする。


 俺が来たのは特殊ゴムで出来たサンドバッグ人形がある部屋で、武器を使ったストレス発散、もとい、鍛錬が出来るのだ。


 訓練場はいつ見ても設備の広さに対して人がまばらな印象だったが、今日に限って妙に賑わっているような気がする。


 訂正。あるいは普段通りの賑わいかもしれないけど、いざ自分がやるとなると他人の目線が気になってしまい、なかなかやりづらい。


 超恥ずかしいのだ。


 そこで、あえてストレスを口にすることで自分の気分を高めようという算段だった。


「女子め。俺のこと見て逃げやがって!」


 鉄パイプでゴム人形の肩口にポカリ。


 ゴム人形はビクリともせずに鎮座していた。


「駄目だな。相手が人だと思うと遠慮して打ち込めるわけがない」


 怪我させちゃまずいと思うし、そもそもこの怒りは鉄パイプで殴りつけたい程では無いのだから。


 じゃあどうすればいいんだろう。

 無心で出来ればいいんだけど、それじゃ結局恥ずかしがって出来ない自分がいたりする。


 そこまで考えて、ようやく当たり前の答えに行き着いた。


「餓鬼だと思えばいいんだ」


 何その当たり前の話。


 俺が相手にするのはモンスターで、殺し合いを想像できるのは戦ったことのある餓鬼しかいないんだから。


「よし。悪いが今からお前は餓鬼だ」


 想像する。


 天井からアオイさん目掛けて石斧を振りかざすアイツを。


 俺は今ならどう動くか。


 記憶の中のアイツを殺すつもりで鉄パイプを横に薙いだ。


 スパァーン!


「おお、こんなに単純なことだったか」


 今までとは明らかに違う手応えに心が踊る。


 スパァーン!スパァーン!


 続けて何度も打ち込むと、体が熱を帯びてきた。


 あのとき俺はほとんど棒立ちだったことを思い出して、軽くフットワークを使いながら、想像上の餓鬼の動きに合わせて鉄パイプを突き出していく。


 そうすると、俺の想像力も加熱してきたのか餓鬼の動きも機敏になっていき、一筋縄ではいかなかったあの身軽さを伴ってくる。


 ニタニタと笑いながら俺の攻撃を躱し、スキと見るや石斧を振りかざして俺を脅かす。


 間一髪でそれを避けながら鉄パイプを振るうも、やはり攻撃は届かない。


 多分周りから見ると恥ずかしい感じの必死さだろうけど、今は全く気にならなくなってきた。


 なぜなら今ここには確実に昨日の餓鬼が存在していて、一瞬でも気を抜くと無残に殺されるのだから。


 滴る汗を拭いながら、間合いを詰めて武器を交わす。

 想像だか現実だかわからない世界の中に、自然とアオイさんとの共闘を思い描きながら。


 どれくらいの時間が経ったかわからなくなった頃、俺が引きつけてアオイさんがとどめを刺すあのコンビネーションが何十回目かになったとき、突然に相棒が実像を伴った。


 バチィーン!


「え?」


 俺はいよいよおかしくなったのかと思った。


 なぜなら、先程まで餓鬼に見えていたはずのゴム人形の傍らで、バレンティンばりの見事なフルスイングを決めたアオイさんがスカートを翻してそこで残心していたのだから。


「あれ?どういう状況?」


 想像力の使い過ぎでマジで気でも狂ったかと困惑していると、アオイさんはあの子供っぽく唇を突き出した顔でこう言ったのだ。


「一人でズルいですよ」


 その声を聞いてようやく現実に戻った気がした。


「……あぁ、ええと。……なんでここに?」


 アオイさんはツカツカと近づき、俺の眼前で立ち止まる。


「話でもしようかなと部屋に行ったらサノさんがここに居るって」


 すると視界の端に居たサノが両手を合わせて「わりぃ」と笑っていた。


「いやいや、悪かなんてないけど」


「そうです。悪いのはイナホさんなんですからね」


 怒ってはない。多分怒ってはないんだが……。とりあえず謝らなくちゃな。


「ごめん。ちょっとだけのつもりだったんだ。やってるうちに面白くなっちゃって。ケガもほら。もうほとんど痛くないんだ」


「それもサノさんに聞いたからわかってます。……それでも、どうせその、わ、私とのコンビを練習してくれるのなら、一緒にしたいじゃないですか」


 何故か照れながらそう言った。


「うわっ。ばれてたの?」


 俺の動きでコンビ練習してたのバレてるなんて超恥ずかしいじゃん。


「そんなのわかりますよ。『ここで行けっ』って言われてるみたいだったから」


 なるほど。それでさっきも絶妙なタイミングでフィニッシュをを叩き込んだわけか。


「あー。ならせっかくだし一緒にやってみる?」


 するとアオイさんは顔を合わせるパッと輝かせて。


「やった!」


 と、何故かサノの方に笑顔を向けた。


 あら?どういうこっちゃ?と思っていると。


「な?別に普通だろ?」


 微笑ましそうなサノ。


「あっ、サノさんシーッですよ!」


 指を立てて内緒のポーズ。


「え?なんの話?」


 全く見当がつかないし、なんならちょっとした疎外感だ。


「はは。野暮なこと突っ込むなよ」


「お?……おお、わかった」


 なんだかわからないけど、野暮だと言われたのならしょうがないか。


「それよりさ、俺も混ざっていい?イナホ達がコンビ練するなら、俺が相手役するから。対多数の鍛錬しておきたいんだ」


「やってくれるなら願ってもないけど、俺たち鉄パイプと釘バットだぜ?」


 こんな禍々しい武器で模擬戦なんてすれば怪我は必至だしな。


「武道場に模擬用のスポンジ剣とか軽いゴム剣とか置いてあったはずだから。それでも良いだろ?」


「ああ、それなら。問題なんてある訳もなし」


「よーし。じゃあお二人共行きましょう!」


 そうしてその日は三人で実りある練習をすることが出来た。


 そして俺たちは、自分たちの不味さと伸びしろを同時に痛感することになった。

 だから、探索は先延ばしにして鍛錬に計二日費やすことになる。


 午前中は走り込んだり筋トレをしたり、それぞれゴム人形相手に打ち込んだり。

 昼過ぎからは探索から帰ったサノも合流して模擬戦を繰り返した。


 本当ならばもっと時間を使いたかったくらいなのだけど、規定探索時間との兼ね合いもある。


 つまり、初日から合計で三日間経過して、第一週は残り四日間。規定探索時間の残りは5時間40分となった。

 討伐も成功していないため所持金は少しづつ目減りしていく一方で、ゆっくりジワジワと追い込まれていることにほんの少し焦りが生まれ始めていた。



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