10、イライザとテレビのお話
禍々しい装飾の入り口のトビラを開くと、薄暗い照明で照らされたバーのような内装には、入り口よりも禍々しい存在が待ち構えていた。
「おっすイライザ。相談良い?」
「あら、TVスターの登場ね」
「うるせいわ」
一見バーにしか見えないイライザの店には京都市主導の初心者補助の一環として相談室という名目がある。
以前には装備を取りに来たことがあるが、冒険の相談に来たのは初めてのことになる。
「それで?そろそろ決めたの?」
決めた?
心当たりがない俺は適当な椅子に腰掛けながら素直に聞いてみた。
「決めたって何のこと?」
すると、カウンター越しに大きな体をこちらに寄せて、
「とぼけちゃって。ネコになるかタチになるかよ」
イライザがウインクをすると、真っ赤なアイシャドウが目立って背筋が震える。
「……どっちもなるかっ!……本当俺、どストレートなんだからな」
「ふふふ。真面目に答えちゃって。気をつけてよ?そういうところってアタシたちからすると、結構かわいいの」
イライザにおでこをツーンとされて、その加減を知らないパワーで後ろに倒れそうになる。
この人が冒険者やった方がいいんじゃねぇか?
「そんなことより、今日はマジのお願いに来たんだ」
「いいわ。言ってみなさい」
イライザは氷を入れたグラスを水で濡らしてから炭酸水を注ぎ、それをこちらへ差し出しながら言った。
「このほっぺたの入れ墨。消してくれない?」
装備支給で来たときに入れられたハートマークの入れ墨。
化粧くらいならと悪ノリで受け入れたつもりが、ものの五分、痛みもないまま入れ墨を入れられるという神業で描かれた消えない世紀末感。
「無理よ。機材が無いもの」
オーバーリアクションでお手上げポーズのイライザにムカッとくる。
「いやいやちょっと待て。そもそもだけど、普通は無断で入れ墨入れないだろ?責任くらい取ってもいいんじゃない?」
苛立ちを抑えるように炭酸水を口に含んだ。
いくら腹が立っても、あまり表には出したくない性分なんでね。
するとイライザ。
「女の子みたいなこと言うのね。……それならわかったわ。あなたが本気ならアメリカでも行って結婚しましょうか。」
「ぶふぁ!……ざけんなオカマ!くたばれ!」
炭酸水を吹きながら罵声が口をついて出た。
「ふふふ、そういうのも嫌いじゃない」
あぁ、もう。この手の相手には何を言ってもヒラリと躱される。
人生経験の差みたいなものなんだろうな。
「はぁ、ホントに困ってんだけどな。……昨日テレビで取り上げられたせいだと思うんだけど、色んな所で指さされたり、コソコソ言われたり。何人かはそそくさと逃げてったんだぜ?」
テレビ番組は昨日の深夜。
今朝起きてからは如実に他人からの扱われ方が変わってしまった。
悪そうな見た目だからって不良っぽく編集されていたせいだろう。
普通に緊張しながら探索したはずなのに、肩に鉄パイプを担ぎながら他の冒険者を睨みつけ、餓鬼と殺りあっているところも暴力的に誇張されていたように思う。
自分で見たときには『ヤンキーっぽく扱われてるなぁ』と思ったくらいだが、初めて見る人の印象はそれを大きく上回っていたらしい。
混んでいたはずの食堂では周りに人が寄り付かず、コンビニに行っては無駄にスイマセンと何度も謝られる。目があった女の子は凍りついたかと思うと悲鳴を上げて逃げ去っていった。
昨日の放送を見たなら、俺の実力がかなり低いことは明白だと思うから、それだけ避けられるというのはつまり、『関わるとヤバイヤツ』と思われているのだろう。
そこで俺は結論にたどり着いたわけだ。
そりゃ、ほっぺたにハートマークの入れ墨入れてるやつはヤバく見えるよね。だ。
しかしイライザ。
「あら、でも昨日の【ルーキーズ!!】じゃ、あなた達が1番輝いてたわよ」
「はいはい。装備と入れ墨のおかげだって言いたいんだろ?それはもちろんわかってるさ。わかってるからこそ言ってるんだけど?」
俺が面倒臭さを全面に出して言うと、イライザは心外そうに言った。
「それは否定しないわ。やっぱり見た目も重要だもの。でもね、私が言ってるのはそんな上辺の話じゃない」
カウンターに肘を付きながらイライザは続ける。
「長くこの業界に関わってるてるとね、上質なカタルシスっていうの?その予兆に敏感になってくるのよ」
「予兆ねぇ」
半信半疑で聞いている俺に言葉を並べる。
「考えてもみて?昨日の放送に出てた冒険者の中でも実力は下から数えたほうが早いあなた達だけど、少なくともアタシはダントツに魅力を感じわ。他にも、数百の初探索からあなた達をピックアップしたAlは何のデータを元に選んだの?それに、わざわざあなた達を番組の最後に持ってきたディレクターの意図って何かしら?」
大真面目にそんなことを言われてもな。
「カタルシスって悲劇から成るイメージ強くて、褒められてる気がしないんだけど」
「そうね、確かにそういう解釈も出来る。でも、私が言いたかったのは困難を突き破る力のことよ。確証なんて何一つないけどね」
「まさか俺たちが?。……俺たちの目標は生き抜いて美味しいデザートを食べることなのに」
そう言うとイライザは吹き出して笑った。
「もう、笑わせないでよ。そんな馬鹿げた夢を見る冒険者なんて、カタルシスからしてみれば恰好の獲物じゃないの」
「カタルシスの獲物とか縁起が悪すぎるだろうよ!」
「ふふふ。次回からも楽しみにしてるわ」
「もうテレビ出たくないから来てんのによ〜」
「そんなこと、他の冒険者に聞かれたら妬まれること必至ね。でも、もし一年無事にやっていけたのなら、入れ墨を消すどころかペットにでもなってあげる」
「前門の虎、後門の狼じゃないか」
「ん?……こうもんの?」
「言うと思ったわ!」
困ったな。どうやってもこの人に敵う気がせん。