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7話

 摂氏零度の賭けに俺は勝った。

 氷のさいが出したのは丁。それを、電子世界の中から確認する。そろそろだろう。


元が電子の世界だ。現実世界の人間と電話でやり取りするのは造作もない。


「よう、カナエ」

「先輩、ようやく連絡をくれたんですね、今どこ……」

「俺は」


 ゆっくりと押し留めた。思いのほか低い声が出る。これが、ウイルスとは言え妹を手にかけた顔か。


「俺は、俺の道を歩んで見せる」

「先輩、何言ってるんですか! こっちに戻ってきてください。それ以外に救う方法なんて!」

「……黙ってくれ」


今度の声はか細い女のようだ。

そう言えば、セイラとカナエは、中が悪くはなかった。不確かな記憶だが、そんな気がする。むしろ仲が良かったような。だからカナエは、「美しすぎて、見苦しい」と。なら俺は道化だな。

そんなピエロの仮面も、今日までだ。ピエロはサーカスが終われば白粉を流す。いつまでも心地いい夢の中にはいられない。夢を見たことは後悔することじゃなくて、前を向くことだ。なんて、柄でもない。


「俺は、逆行の情報を信じない」

「ッ!?」


 意味が分からないとでも言いたげだ。それは、そうだろう。自分が操り人形なんて、カナエが認めるとは思えない。


「いい加減屁理屈をこねるのは……」

「東京都○○区、○○公園」

「ッ!? なんで、それを……」


 その質問には答える気はない。時間切れになる前に。


「意味は分かるな? スカイツリー前の電子世界に一人で来い。10分後だ」

「そんな、10分なんて無茶です先輩!」

「《潜入手》の俺がそう言ったんだ。意味は分かるな?」


 もう、電話は必要ない。アクセスしていた電波を解除する。これでいい。








 『逆行』の後、違和感があった。経験したはずなのに、記憶がなかったり、あるいは記憶があやふやだったり。それは、どうも俺がまどろんでいたからではないらしい。だから今度は、カナエの目を覚まさせる番だ。残念なことに、俺では黒幕にかなわない。


「12分。2分遅刻だぞ?」

「そんな、『先輩』無茶なこと言わないでくださいよ」


 やっぱり。何か違和感があったんだ。それにたどり着くまでに丸一日。答え合わせに半日かかってしまった。


「それで、クロハはどこにいるんですか!」


 そりゃそうだ。意味深に言われれば、危険を心配する。あるいは人質に取られているかもしれないと。


「ッ!」


 俺は、無言でセイラの入った袋を示す。血で赤く染まっているわけだ。ちなみにセイラを代わりに使ったことに特に意味はない。


「そんな、クロハにそんなことするなんて……。ワタシの仲間を!」

「本当に仲間か? お前はクロハとソウマを信頼する仲間だって言えるか?」

「当り前じゃん、ちゃんと……」

「調べてそうだとすれば、お前の目は節穴だな。いや、もともとか……」


 憤慨するような表情を見せる。でも、怒っているのは俺も同じだ。安易に騙されやがってと。


「『逆行』の拠点はお前のところだった。発信源はお前のところだった。あれは、俺を吊るための罠だったんだろう? あんな、面白そうな記事、俺がほっとくわけないもんな」

「『逆行』を信じないってそういうこと? ワタシはちゃんと確認したし、ソウマもそういう話題をまとめてくれたし!」

「その情報が間違っていたとしたら!」


 悪意ある『黒幕』が、嘘の情報を流したとしたら。俺を標的にして、わざわざ、『逆行』なんていう俺の興味がありそうな話題を持って来たなら。


 カナエは、人をあまり信用しない。それはよく知っている。その裏返しに、仲間だと認めた相手は、盲目的に信用する。


「ワタシの仲間を悪く言うなら、幼馴染でも許さないから」「そうは言いつつも、この状況じゃ俺に手は出せない。違うか?」


 違うわけがない。カナエは俺に潜入手という新しい役割を与えた。《もともとあった役割》に加えて。潜入には、当然、罠を見破る必要だってある。つまり、俺にはもともと、《要撃手》、罠作成に天賦の才がある。10分というのは、10分間は『罠を設置しないでいてやる』という意味だ。それに。


「でも、ワタシが先輩の潜入に気づいたのは事実ですよ」

「だったら動いてみろよ。動けないんだろ?」




 無言。




 だから、ここに呼び出した。スカイツリーにほど近い、現実世界では屋形船の上に相当する場所。当然、『揺れる』。


「カナエ。お前目が見えてないだろ。いや、正確には立体視ができない。だから、いつもズボンのベルトをつかんでたし、ノートは汚いし、隠し扉の位置を見誤った。違うか」


 幼馴染の俺ですら知らなかった事実。今の今まで疑いもしなかった。それだけ、頑張って来たんだろう。それを突き付けられて、カナエは力尽きたように崩れさる。


 ただ、俺はカナエを殺したかったわけじゃない。ついでに言えば、クロハも。セイラは、別だ。ただ、『黒幕』と戦うカードが欲しかっただけ。


「『シンくん』そう呼んだ覚えはないか」

「え……!?」


 カナエの顔に浮かぶのは戸惑い。そして、質問の意味を理解したのか、再度戸惑った。そうだよな。


「お前にも、記憶が2つ、あるんだろう?」


 些細な違和感。だけど、明らかに違う。元の世界じゃ、俺はセイラショックで1年留年していた。それに、お前の兄なんて聞いたことなかったぞ。


「これは『逆行』なんかじゃない。世界が変わってるんだ」

「う、え、あああああああ!」




 気づいたらしい。そりゃそうだ。『逆行』なんて言われたら、変わってないように思うもんな。そうだろう、『黒幕』さんよ。


 そこで俺たちを見ていたのは知ってる。




「あんたはそれを分かってて『逆行』なんて紛らわしい言葉を使ったんだ。ソウマ」

「あーあ、バレちゃった?」


 そこに浮かんでいたのは笑顔だった。








「俺が世界を移動した直後。カナエは俺が何も知らないと思い込んでいた。それは、本来ならば、《俺はもっと後に逆行してくる》はずだったんだろう?」

「え、あ、そうだけど」

「だが、実際俺は逆行してくるのが早かった。それは、ソウマが独断で俺を殺したからだ。残念だったが、本性を現すのが早すぎたな。ばっちり覚えてるよ」

「あちゃー、反応速度があるからばれてないと思ったのに」


 本性を現したソウマが笑う。肩にはあの時と同じサブマシンガン。遠距離攻撃じゃ、罠の範囲に入らない。もっとも、ソウマ用の罠ではないが。


「お前の目的は何だ!」


 そう叫ぶと、ソウマは己の有利を自覚しているのかさらなる笑顔を見せる。少し引いた。


「そんなの決まってるじゃないか! 失った人を取り戻して、ここにネバーランドを作るんだ。幸いここなら年も取らないし存在を知る人間なんてほとんどいない」


 なんてポエミーで、自分に酔ってるんだ。


「君だって、妹と永遠に一緒にいられるんだよ? 仲間がいたら寂しくないし。安心して、君たちをもう一度ずつ殺したら僕もそっちに行くからさ」

「寝言は寝て言えよ」


 だから、イラっと来た。同族嫌悪かもしれない。でも、俺は、もう違う。


「セイラの顔をして、セイラの性格をして、セイラのかわいさを持って、セイラの無邪気さを持ってても、あれは幻想だ。夢なんだ。いいように利用されてるだけで、それは本人に対する冒涜だ。そんなこともわからず夢を見たいならドリーミーランドにでも行ってろ。千葉にあるぞ」

「君こそ何を言ってるのさ。あんなに妹のことが好きだったんでしょ!」

「それはまがい物だった」


 そうだ。一度は割り切ったはずなんだ。まさか、セイラを3度も殺す羽目になるとは思わなかったけどな。

 袋の口を開けて、セイラの、偽物の首を取り出す。どう見ても、本物としか思えないな。そんな自嘲の笑みが浮かんだ。


「もう十分、いい夢を見たよ。だから、今度はちゃんと目を覚ます番だ」


 そうだ。ほんの短い間とは言え、セイラと再会できたんだ。そのことは、感謝こそすれ、恨むことじゃない。それに、俺はもう、賭けに勝っているのだから。


「それは、本当なの」

「ああ、本当だ」


 カナエが驚いたように俺を見ていた。


「ワタシ、先輩に、ううん、シンくんに元気になって欲しくて。そんな時、電脳世界の幽霊の話を聞いた。それで、仲間を集めて、調べて。ぬか喜びさせちゃダメだって思ってたから」

「そう、だったのか」


 知らなかった真実。だけど、これでカナエの不可解な行動に説明がつく。


「でも、幽霊の正体もわかって、すべて説明しようと思って、その」

「わかってる。だから泣くなって。お前は能天気な方が似合うんだから。それに、俺もクロハを『実験』に巻き込んじまっちまったしな」


 夢は、見るものだ。縋るものじゃない。そんなもの、俺たちにはもういらないんだ。


「黙れ黙れ黙れ! 君に僕の何がわかるっていうんだ!」


 1人置いてかれたソウマが子どもみたく喚き散らす。

知らない。気持ちなんて。いや、知ってるけど、でも、俺はそこから前に進む。千葉県に用事はない。


「興味ない。でも、ソウマ。お前の前提条件は間違ってる」

「うるさいうるさいうるさい! お前ら全員打ち殺すぞ!」

「したところで意味なんてないけどな。俺たちはまた、世界を移動するだけだ」

「何言ってるんだ! 逆行は一度しかできない! それが真理だ!」


 カナエまでエッっといった顔をする。でも、心理だのなんだの、ろくに知らないだろう。


「残念だが、2回目以降も逆行できる」

「そんなはずない! 僕は一回で限界だし、クロハもカナエもお前もそうだ! 兄は1回しかできなくて死んだし、2回したなんて聞いたことがない!」

「それは、兄が貧弱だっただけだろう? それを他人に押し付けるな。見苦しい」


 それだけに縋ろうとするなんて。やっぱり、ソウマは精神が弱い。二重人格で、孤高ぶっていてもやっぱりだ。だから、勝機があるんだけどな。


「そもそも、どうして、2回してないって言い切れる。2回した人物がいないって言い切れる? 当人たちは全部死んでるんだ。ラプラスの悪魔だって証明不可能だ。もっとも、逆なら可能だけどな」


 どうして、1度きりしか使えないなんて絶望させるのか。そう思ったら、答えはすぐそこにあったんだ。


「黙れよ! 僕がそう決めた……」


 残念だが、ソウマの発言は時間切れだ。次の瞬間、カチドキを告げる奇想曲が舞い降りてきた。




「黒猫の狂爪曲!」








「どうして、クロハが……」


 カナエの疑問ももっともだ。ちなみに、罠はクロハ用だったりする。


「そこのブラコン野郎に殺されたからだ! 運よく2回目の逆行ができたからよかったものの、ぶっ殺してやる!」


 よかった。上手く罠にかかってくれて。体をテグスみたいなもので縛り上げていて、身動きは取れないはずだ。


「めちゃくちゃ痛かったし怖かったんだ!」

「ごめんって。でもまさか実験のために死んでくれっていうわけにもいかないし」

「自分を使え!」


 いや、流石にそれは度胸なかったしさ。


「どう、ソウマくん。これを見ても、まだ嘘だって言える?」

「そんな、馬鹿な」


 逆行のもととなった情報が存在したのはカナエたちのサーバー。そしてそれを書き込んだのはソウマだ。なら、嘘の情報を疑え。そういうことだったのだ。


「どう、まだやる気?」

「それなら何度でも殺すまでだ」




 え!?




 ちょとまってくれ、流石にその展開は想像してなかった。ヤバイ。サブマシンガンを構えられる。

 というか、これってめっちゃピンチじゃね。


「暗闇だよ!」


 ッ!?


「うわぁぁぁぁぁああああ!」


 咄嗟にカナエの指示に従った瞬間、火花が散る。どうやら、暗闇に混乱しているらしい。


「今だよ、シンくん、クロハの拘束を解いて!」


 え、いや、それやったら俺殺されますけど。というか、2回できる可能性を示しただけで人によって違うかもしれないのに無意味に死にたくない。


「クロハも、とりあえずソウマを抑えて! 暗闇が苦手だから」

「まあ、あたしも3回も死ぬのヤだし。協力はするけど」

「早く!」


 カナエの声に気圧され、クロハの拘束を解く。一直線に飛んでいく雰囲気があった。黒猫は夜目がいいらしい。それはともかく、ソウマって暗闇苦手なの?


 唐突としてサブマシンガンの音が止む。


「捕まえたよー」


それと同時にクロハの気の抜けた声。一応透明化してから暗闇を解除した。これで1,2拍は稼げる。


「なあ、ソウマって暗闇苦手なのか?」

「そうだよ。ほら、ワタシの部屋からリビングまでの長い通路は私の部屋に来ないようにするためだもん」

「はい? どういうこと?」


 さっぱり意味が分からない。


「あ、ごめん、説明してなかったね。えっと、ソウマの家のワタシの家通路でつながってるの。流石にワタシの家に無警戒に入ってこられるのは嫌だしさ。ちなみに、シンくんが寝てたのはソウマのお兄さんのベッドね」


 知らなかった。まさか、隠したいのが通路の方だったなんて。


「なんで、諦めたような奴なんかに僕が……」

「言っとくが、俺は諦めたわけじゃないぞ」


 取り押さえられたソウマの発言にムッと来る。というか、クロハ怖い。


「『逆行』じゃなくて世界の『移動』なら、どこかにセイラのいる世界もあるってわけだ。俺は、そこを目指すぞ。偽物のなんかじゃない。生きた、本物の楽園をな」

「そんな、無茶だ。1回じゃないとしても、体が耐えられるわけない……」

「そんなの、やってみなきゃわからないだろ?」


 ソウマに血の付いたナイフを突きつける。


「それじゃあ、その時はあたしが切り刻んじゃうね」


 とりあえずクロハ怖い。


 ゴホン、ともかく、俺はそんなみみっちい幻想になんて興味はなかったんだ。


「おい、ソウマ。特別に選ばさせてやる。ここで、ネバーランドなんて夢を見ながら俺に殺されるか、それとも俺と共に楽園を目指すか。選べ。お前に決めさせてやる」


 別に、ソウマだって根っからの悪人というわけじゃない。ならば、選ばさせてやるくらいの慈悲はかけるべきだ。いや、その、クロハ。その節はホントごめん。生き返るって信じてたよ(大嘘)。


「僕は、僕は……、だって、その……」

「いいから、さっさと決めろ」


 ナイフをさらに首元に突きつける。


「あ、はい、決めました」




 その返答に、俺はにっこり笑うと……。








 ブーケの入ったバスケットを持って、私はお兄ちゃんの許へと歩みを進める。と、その先に見知った影が見えた。


「あ、カナエさん。カナエさんもお兄ちゃんのところに?」

「そうだよ。今はその帰り。セイラもみたいだね」

「だって、お兄ちゃんは私のヒーローだから」


 ちょっと前、お兄ちゃんは自分の命を懸けて私を救ってくれた。それまでは、あんまり意識したことなかったんだけど、そこまでされるとブラコンも悪くないよねって思っちゃう。というか、今はぞっこんだったりする。


「カナエさんだってよく行ってるじゃん」

「まあ、ワタシはこれでも先輩の『戦友』だからね」

「でも、だからって言ってお兄ちゃんは渡さないよ?」


 そう言って私は不敵に笑う。


「わかってるって。もうそんな理由で『死』を味わうのは嫌だしね」

「それじゃあ」


 牽制も済ませたところでカナエさんと別れてお兄ちゃんの許へと再び歩き出す。さあ、すぐそこで愛しのお兄ちゃんが待ってるんだ。

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