6話
全てを話したカナエと別れて、電脳世界に飛び込んだ。
探す、なんだっていいんだ。クロハの足跡でも、ソウマの欠片だっていい。カナエ、クロハ、ソウマの行動を洗いざらい調べるんだ。
ネットの奥の奥に眠っていようが、『ソレ』を見つけるには悩む時間はない。
猶予は二日間。逆行が行われるあの出来事の朝までに、やらなくちゃならない事がある。
カナエはこういう時に尻尾を出さないヤツだ。クロハやソウマの情報だけを片っ端から流し読む。必要な情報を必要なだけ抜き取って、過去にここでなにか不自然な出来事はなかったか、誰がそこにいたか、誰が見ていたか、探して、探して、探しまくって……、
「あったぞ畜生……!」
東京都〇〇区、〇〇公園付近の一軒家。この情報が手に入るまで丸一日。一周まわって目が覚めた。……ここに、クロハがいる。
よかったよ、カナエ。お前がオレの幼馴染でさ。お前が信頼する相手と言ったら、お前は必ず、現実世界で会って、確かめてから仲間にする、念には念を入れるタイプじゃないか。
信じてるよ、カナエ。お前を信じて良かったことはひとつもなかったけど、今だけはお前の事を心の底から信じてる。
セイラ……お前を助けたいんだ、例え世界中の誰もがお前を見捨てても、オレだけはお前を見捨てたりしないから……。
平日の真っ昼間、オレは、他人の家のガラス窓をぶち破った。そこが入口だと言うかのように平然と中へ入っていく。
「なんだい!?」
異常に気付いて、クロハが二階から駆け下りて来た。
そうだもんな、学校になんて行く必要がないんだ。この能力があれば、ネットの世界でいくらでも稼ぐことが可能だし、折角こんな能力があるなら、これだけで一生食ってける。引き込もってたって文句のひとつも言われないさ。
「窓が割れて……?」
電脳化してようが、意味がない。知能自体は成長せず、あくまでも一般人なのだから。
現実世界でも能力が使用出来るという時点で、防御力のない無防備な攻撃手に勝ち目はない。だから頼む、一度も顔を合わせたことがない筈の、オレのワガママを聞いてくれ……。
「あ……???」
クロハはその場で膝をつく。ぽたりぽたりと雫が滴り落ちる。
「はじめまして、こんにちは……クロハ」
「え……?あ……ぅ……え……???」
「死んでくれ」
脇腹を刺したナイフを引き抜き、頬をを引っぱたく。
体の機能が自分を生かそうと必死になって動いてるせいで、余力がまるで残っていない。昔、戦隊ヒーローに憧れて母に買ってもらったオモチャを思い出した。あのオモチャも力弱く押したら、こんな風にこってりと倒れたよな。
「ああああ!?ぐっ!!!ああああ!!!!」
今になってようやく痛みに反応した。これなら『透明感』のスキルだけでよかったかな。
でもこれで痛みで気絶しないとは、流石……。
「じゃあもう一発……」
「や……!やだ、やめ……!やめて!!!」
鎖骨辺りにナイフを差し込んだ。これで流石に死んだだろうか?
「……か……げほっ、げほっ……うげっ」
べちゃりと音がして、赤いインクが真っ白なワイシャツを染め上げた。
ようやく、オレは人を殺した実感を持った。
念の為、五回くらい胸元を突き刺して、大きなビニール袋の中に詰め込んで、部屋のクローゼットにしまい込んだ。
半日の時が流れ、夕方、クロハの死体の臭いが気にならなくなってきた頃に、オレはまた電脳世界へ飛び込んだ。
最初からそうだった。セイラに助ける方法なんて聞ける訳がない。だってそうだろう?アイツの言うことを間に受けて、痛い目を見るのはこっちだ。昔から、今までの生活……。
「……終わらせようじゃないか。カナエとの関係、電脳空間という悪夢を」
なぁ、セイラ!!!
「えっ……お兄ちゃん……!?どうしてここに……!?というか、え!?なんで!?どういうこと!?」
「セイラ……セイラ、久しぶり」
「お兄ちゃん……?どうしたの……???」
「うん……あのな、セイラ」
そうだ。お前はセイラだ。うん……紛れもなく、セイラだ。見た目も、声も、性格も全部。
お前がどこにいるか、お前がなにをしてるのか、お前がなんで生きてるのかさえ、お兄ちゃんは全部、全部全部全部、知ってるんだぞ……。
「セイラ……愛してるよ」
「……?どうしたの、急に……」
「セイラはオレの事、愛してるか……?」
「うん、愛してるよ。なんでここにいるのかは置いといて、私はお兄ちゃんの事大好きで、ずっと愛してる」
ああ、よかった。なんだ、よかった、相思相愛じゃないか。
疑って悪かった、オレはシスコンで、セイラはブラコン。当たり前の事。兄であれば妹の事を愛しているし、妹であれば兄の事を愛す。必然で、常識だもんな。
「よかった……」
「お兄ちゃん……?大丈夫……?ぎゅーってしよっか……?」
「ああ、頼むよ」
ぎゅっ
暖かい、電子の海の中だっていうのに、とても暖かい。心も、体も、とても、とても……。
なぁ、セイラ、オレはお前の事が大好きだ。世界で一番、宇宙で一番、お前の事が大好きで……だから、いいよな?
「お兄ちゃん……?」
「なあ、セイラ、オレの事、好きか?」
「うん、大好き、大好きだよ。好きで好きでたまらない、愛してる。今、ここにはオレ達しかいないよな」
「うん……ここでするの……?」
「ああ……」
………。
「えっ……お兄ちゃん……????」
セイラの背中に、ナイフを突き刺した。
痛いよな、痛いよ、痛いに決まってる。
ここは暖かさもあれば、冷たさもあり、痛みだってある。
「なぁ、セイラ……今は、暖かいか……?」
「……凄く……熱いよ……っ……」
「……そっか」
セイラの胸の鼓動が消える。……あまりにも呆気なく死んでしまった。
亡骸を麻袋に詰める。そのままじゃ入り切らなかったので、四肢と頭部を切断し、バラバラにしてから入れた。一連の作業をながれるように、でも、心を込めて、まるで愛する人への初めての贈り物みたいな、それくらい、丁寧に丁寧に詰め込んで、オレは麻袋をぎゅっと結び、背負う。血がたらりと太ももを通り抜ける感覚が、不定期にやってくる。
そうだ、オレは妹を殺して、全てに片を付ける。
「なあ、応援してくれよ、セイラ……」
……。
『うん、応援するよ』
……っ……!!!
ああ、そうだ、後ろを見ても誰もいない。
いや、いるよ、他の人には肉の塊にしか見えないけれど、オレには、キミが見えるんだ。
「……なんだ、全然暖かくない……むしろ冷たいじゃないか」