3話
少し仮眠をとっていた時のことだった──その、夢を見たのは。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
何処からともなく、聞き覚えのある声がする。
いや、聞き間違えるはずもない。
愛しの妹、セイラの声だ。
「セイラ、セイラ何処にいるんだ!?」
呼び声をかけても、返事が帰ってくることはなかった。そして次第に目が覚める。
「……そういえばオレ、カナエに無理やり」
そうして、目覚めた場所が自分の家の自室ではなく、カナエの家の自分の自室だと気づいた。
寝る前にカナエには起きたら即任務と伝えられていた。きっと、一人悲しく潜入させられに行くのだろう。
想像しただけで、億劫になる。
重い足を無理に進めるようにリビングへと向かうと、早速あのドでかいPCが置いてある部屋へと連れられた。
「じゃあシンくん、後は任せたよ。ここから直接入ったら、スグに敵の本拠地サーバーが見えてくるからさっ!」
「ああ……ところで、どんな情報盗んでこればいいんだ? 具体的な内容を知らされてた方がわかり易いんだが……」
「それは向かってみたらわかるよ」
「まあ、カナエがそういうなら……オレがこれ以上問い詰めても、どうせ何も教えてくれないんだろ?」
「よく分かってるじゃないか〜! それでは、行っておいでな」
「へいへい……」
さっさと行けと、顎でふいふいと合図を送ってくる。
行けばいいんだろ、行けば……。
手をかざしてパソコンモニターへと触れる。
脳内から電子に介入するように司令すると、気づけば身体は現実世界ではなく電子世界へと移り変わっていた。
現実世界から電子世界への身体を転移させるようなイメージ。それが電脳化だ。
「さーて、とりあえず真っ直ぐ進んでみるか……」
電子世界というのは、電脳化の能力を持たない人は辺り一面が白の世界で覆われていると思うかもしれないがそうではない。
一種のバーチャル空間のようなものだ。
山道や川、海から巨大な都市まで。それらの空間に、各サーバーはそれぞれ拠点を置いている。
その拠点内にあるクリスタルに触れることで、サーバー内の多大かつ膨大な情報を入集することが出来るのだ。
出来るのだが……
「はは……流石にこれはないだろ」
目の前にそびえ立っていたのは、オレが今まで見てきた拠点の、どの街や集落よりも大きい王城であった。
ここの中にあるクリスタルを探し出して情報を盗めってか……冗談だろ……。
先日オレが飛び込んだ逆行の拠点の一回りや二回りほど大きい拠点だ。
拠点の大きさ=難度の高さを示すこの世界では、最高難易度と言ってもいいほど目の前の王城は難度が高かった。
「まあ、やるしかないか……」
電脳化した世界では、コマンドで自身の操作を決める。
簡単に説明するなら、昔のドラ○エのようなものだ。十字操作に、バトルコマンド。意外とレトロな感じだ。
早速オレはスキル欄から『透明感』のスキルを発動し、前進し始めた。このスキルは文字通り自身の肉体を透明にする。他人に触れられるか、敵からの索敵スキルによって感知されることによって効果が消失してしまうが。
なのでもう一つスキル、『外部技能遮断』を使用する。これをかけることによって、外からのスキルはオレには一切効果がなくなる。
この多重スキルによって、まずまずオレが潜入してバレることはない。
……なぜかカナエにはバレたけど。
考えたところで答えは出ないので、とっととこの拠点を攻略することにする。
慎重に門番をスルーし、城内へと侵入する。
ここからは敵と遭遇しても、自身に触れないように行動してクリスタルを見つけるだけの作業だ。
見た感じ、感知タイプの敵もいないようだしな。
これまで幾度となく潜入してきた経験値と勘が、城の一番上にクリスタルが存在すると告げてくる。
オレは自分の勘を頼りに、進んでいくことにした──
──のが大きな。いや致命的なミスだった。
そこにはクリスタルではなく、見知った顔の彼女と、彼女を護衛するかのように囲いっている兵士がいた。
「せ、セイラ……? ──ハッ!?」
や、やってしまった!?
なんたる失態。『透明化』はあくまで物体を透明するだけの能力に過ぎず、音声まで誤魔化せるわけではなかった。
「──ッ!? 皆の者、そこに隠れているものを捉えなさい!!」
もしかしなくても、静寂なこの場で声を出せばバレるのは当然。
オレは即囲まれ、為す術なく触れられ取り押さえられた。きっと『透明化』も解けて、オレの惨めな様が公開されていることだろう。
「何者だ!? ……って、お兄ちゃん!?」
「やっぱり、セイラなんだよな……?」
「ど、どうしてここに!? というか、え!? なんで!? どういうこと!?」
意味が分からない、とあたふたしながらオレのことを見下ろしている彼女は実の妹のセイラだ。
漆黒の綺麗な髪を長々と下ろしている。
まだ中学三年生のセイラだが、少し幼さを残しながらも綺麗な顔立ちをしていて、胸もそれなりに膨らんでいる。
正直オレとは似ても似つかないほどの美人だ。
そしてオレと同じ電脳化の能力の持ち主でもある。
「ご、ごほん……とりあえずその人を取り押さえるのをやめなさい。彼は私の兄です」
セイラが人声かけると、護衛の者達は直ちに拘束を解いてくれる。
「ところでお兄ちゃん、なんでここにいるの?」
「それは愛しの妹に会うた──」
「──なんで?」
「はい……えっと……」
オレがここまで来た経緯。
今日あった出来事を全てセイラに話した。
「という感じなんだけど……」
「お兄ちゃん……それ、騙されてるよ……?」
「え……?」
「逆にたった一人でこの拠点に潜入することに、なんの違和感も覚えなかったの? 最低でも2,3人で潜入するのがスパイとしての基本だよ。間違いなく、お兄ちゃんは捨て駒として使われたんだよ」
「そ、そんな……」
よくよく考えてみれば思い当たる節が幾つかある。
なぜこんな当日になってオレを誘ったのか? 前々から事情を説明し、今日のために備えていれば作戦だっていくつか考えられた。当日になってオレを誘ったのは……勘づかせないため。
「わかった、お兄ちゃん。だからもうその人たちのところに戻っちゃダメだよ……? 私と一緒にいよ……?」
「ああ、オレもセイラのサーバーの情報を奪うなんて出来ない」
「お兄ちゃん、ありがと。私を信じてくれて」
「当たり前だろ、何年お前といると思ってるんだ。愛してるぞセイラ」
「うん、お兄ちゃん……大好きだよ」
突然だが、オレたちは愛で結ばれている。
兄妹とか、家族だとか、そんな血縁関係よりも遥か強く結びつけている糸。恋の糸で結ばれているのだ。
オレはシスコンで、セイラはブラコン。
兄妹なら、皆そうだろう。
兄妹だから愛し合うことが当然。セイラが愛おしくて仕方ない。好きだ。大好きだ。本当に愛してる。
だから、この場でセイラと口付けをするのもなんら不思議ではない。
「「っん……」」
兵士どもは驚愕しているが、そこまで驚く事だろうか?
ただ愛しの相手とキスしているだけなのだが。
呼吸が出来なくなり、息苦しくなるまで唇を重ね続けた。
「「はあはあ……」」
「さて……と、お兄ちゃん一回お家に帰えろっか。疲れただろうし、今後の事についても話さなきゃね」
「ああ、セイラとの将来のことも考えなきゃな」
「それもそうだけど、まずは目の前のことからだよお兄ちゃん」
そしてオレ達はこの電子世界からログアウトした。
最初はカナエの家のPCからこっちに来たが、帰る場合は出入りがオーナーによって許可されている電子機器からならどこからでも出れるのだ。
オレは自宅のPCからセイラと共に現実世界へと足を戻した──。