2話
「潜入手か…。なるほどな、一応聞いておくが拒否け」
「拒否権はないよ。」
まるで思考が読めていたかのように、カナエはオレの発言を遮った。
拒否権がないというのは事実であるようだ、それを裏付けるかのようにカナエの表情はいつになく真面目だ。昔からカナエと一緒であったオレさえ、こんな顔は見たことがなかった。
「………」
「…………」
「……………。」
しばしの間沈黙が続いた。…しょうがない、どうやらオレはこの話を受け入れることしか選択肢を与えられていないようだ。何をやるとか細かいことはまだよく聞かされていないのだが…。まあカナエのことだ、きっと何か考えがあってのことだろう。
「…はあ、わかった、わかったよ。協力すればいいんだろ、協力すれば。」
「うんうん、分かっているじゃないですか。もう少しシンくんが抵抗したら一体どうなっていたのですかね?」
「だがこっちにはまだ不満な点がいくつかある。というか正直に言って全部に対して不満だ。」
「おやあ、まあまあ。そこらへんは後々説明するからさあ…。とりあえずいまはそうだね、あれだ。ゲームでもどうかな?」
「はあ?一体何考えてるんだ…?」
「なんかワタシが怖がられているように思えてねえ、緊張をほぐそうとでも思ったんだけど嫌だったかい?」
「別に、怖がってなんかねえさ。ただな、お前が電脳化を持っていることに気付いた時から接しかたがわかんなくなってきてな。」
「なんだい?ワタシは昔から持っていた、ただ君がそれを知らなかっただけだよ…ワタシにとっては君のことや能力についてずっと昔から聞かされていたからさ、別に知られたって何かが変わるわけでもない。ずっと同じままさ、昔も今もね。それに君が知らなかったとしても、今日この話は持ちかけるつもりだったんだ。」
「…そうか。ならいいんだ。」
こいつが一体何を考えているのかはわからないが、その言葉からは覚悟が少し読めて取れたように思える。正直、面倒事は嫌いだ、大嫌いだ。しかしカナエに本気で頼まれたらとすれば、手伝うというのが筋というものであろう。
はあ…仕方ない、今回は特別だ、付き合ってやろうじゃないか。
「お、心なしかなんかやる気になってくれたようだね?」
「今回だけだぞ、借りは返せよ。」
「もちろんさ、ワタシはいつでもフェアだからね。」
「本当に、よく言うよな。」
「シンくんこそ、借りができるくらいに活躍してよね。」
こうしてなんだかんだ俺はカナエに協力することとなった——
「そういえばサーバーとか言ってたな。お前は自分で既にチームを作っていたのか?」
「うんそうだよ、だいぶ前からね…これで君も我々の一員なわけだし、仲間の紹介をしようじゃないか。ちょっと待っててね。」
そう言うとカナエは部屋の一角にある不自然な観葉植物に思い切り蹴りを入れた。
その容赦の無さっぷりは流石カナエだと褒めたくなるものがある、暴漢も一撃で倒せそうだ。そんなことを思っていると、背後の壁から何かを引きずるような大きな音が響いた。振り返ってみると、本来壁のあった場所は通路に繋がっていた。
「おお…隠し部屋に更に隠し場所か?随分用心深いこった。というか蹴る必要あったか?」
「あるからやったんだ。考える仕掛けと見せかけて、簡単になっている。あれは一定以上の衝撃を与えるとスイッチが作動するんだ。隠し部屋が多いのは…たくさんある方がなんか楽しくないかい?」
「いや、すごく面倒臭いな。」
「そうですか、相変わらずだなあシンくんは…ま、進みましょうか。」
そう言われて、俺はカナエの先導の元通路を進んでいく。思ったより通路は広いようで、なぜかおまけに湿り気を帯びていて、途中には不気味さを感じるオブジェクトなどがあった。
…先ほどいたの部屋の光はもう届かない、通路の壁にかけてあった懐中電灯の灯を頼りに歩を進める。
——-それからすこし経った。それでもまだ通路は終わらず続いている。
「ここは迷宮かダンジョンか?なんでこんな通路を長くしてるんだよ…。しかも複雑すぎる。」
「いやあ、もしもの時の侵入者撃退のためっていうか…暗くて長いと怖くて逃げるかな〜って…。」
「…そうか。」
正直長年の付き合いだがこいつの考えていることはさっぱりである。変なところで的確さを見せたかと思ったら意味のわからない考えで混乱させる。学年ではテストで常に上位であるが真面目に授業を受けているところなどみたことがない。
発想が安直すぎるというか。暗いと怖がるとか…いやまあ、確かに少しは不気味であるが、そんな怖がる奴がいるか?
「ほら、そろそろ着くから。」
「…ああ、無駄に長かったよな。」
「まあまあそんなこと今は気にしないで、ほらあれが入り口さ…あれ?」
「どう見てもただの壁なんだが。」
「あ…ああこっちだ、こっちの壁だ、ちょっとした手違いさ。」
カナエの指差す方向にあったのはなんの変哲のない壁だ。もしかしてオレをからかって遊んでるだけなのか?と思った直後、カナエが壁に手を触れると、壁はゆっくりと形を変え鍵穴と変化する。
「どうなってるんだ…?」
「気にしたら負けですよ、ここに鍵を差し込んでっと…。」
カナエはどこからともなくカードを取り出し、鍵穴にさしこみひねった。…いやそうやって使うものなのか…。すると電子音が聞こえ、目の前に扉が現れた。原理は全くもって謎であるが。カナエの言う通り気にしたら負けであろう。
「こういう仕掛けは…。お前が作ったのか?」
「うんそうなんだー、こういうDIYは昔からやっていてね。」
「DIYのレベルじゃないと思うんだが…?まあ考えても無駄か、まあ入るか。」
「そうしようか、お先にどうぞ。」
ドアノブに手をかけ、少しの緊張とともにドアを開けた。通路の暗さとは対照的に眩しい光がこちらに差し込む、一瞬目が眩んだ。…少しした後に中の様子が見えるようになる。
「見えるようになったかな?ここが今日からシンくんの作業場になるんですよ。」
中の様子はごく普通のリビングのようであった。キッチンに季節外れのこたつ、金魚の泳ぐ水槽、漫画本、ゲームハードなどの娯楽品があり専門の機械などのものは見えない。そこにいる人たちも特に変わった様子は見受けられず、そこはまるで普通の家のようであった。
「想像以上に緩いな。」
「そりゃあ、うちはホワイトだからね。暗い空間、雰囲気でやる仕事なんて楽しなくないだろう?」
「そりゃそうだけどさ。」
「それじゃあ自己紹介をさせてもらおうか。みんな、例の新人くんが入ってきた…よろしく頼むよ。」
その言葉に対しソファで寝転がっていた少女が反応した。
「んー?あーゲームに夢中で気づいてなかった、あたいはクロハ…まあゲームが好きだったり、たまに…いや、結構アニメも見流のかなー?とりあえずそんな感じなんでよろしくー。あ、一応攻撃手ねー。」
クロハか、、性別は女性、見た目は猫耳フードをかぶっていて、手入れしていないのが一目でわかるぼさぼさの緑髪、しかし妙に透き通っていて引き込まれる感じがある。瞳は真っ黒で人形らしさを感じる。
漫画とゲームが好きと…あまり関係ない気もするが、なるほど、攻撃手。いまわかる情報はこれくらいであろうか。
「あ、次…ボクの番ですかね?」
「そうだね、自己紹介を頼めるかな?」
「は、はい、えーーー、と。ボクはソウマと言います。えっと、、防御手、、です。」
「………」
「あ、えーと、、これだけです…よろしくお願いします。」
随分と情報量が少ない、見た目は学ランに…そのほかに得意に特徴はない。性格は、多分というか見てわかる通り人と接するのは苦手なのであろう。仕方ない、これから少しは話せるように慣れればいいか。
「どうも。次は君に自己紹介をお願いしてもいいかな?」
カナエがこちらに呼びかける。
「ああ、オレはシンだ。一応だがこいつとは幼馴染、今回確か、潜入手という役割で仕事をすることになる…らしい、まだあまり説明はされていないけどな。とりあえずこれからよろしく頼む、以上だ。」
「うん、ありがとう。これで自己紹介は以上だよ。さあ、君の部屋はあそこの階段を上がって突き当たりにある。」
「ああ。」
自分の部屋となる場所に入り少し心を落ち着かせる。部屋の中身も、本にデスク、なぜかある二段ベットなど作りは普通の様だ。…ほんの一時間の出来事であったが、今日はとても疲れた気がする。正直カナエに着いて行くのには厳しいものが少しある…というかこれ学校のテストとかどうするんだ?家に帰れるよな?家もそのまま留守にしてきているし…あ、水道流しっぱなしだった。
そんなことを考えると少しばかり不安になってくる、、とりあえず少しの時間だけ仮眠を取ろうか…。
—-リビング—
「ねー、本当にあの子には何も説明してないのー?」
「そうだね…今回役職を偽って潜入手ということにしたよ。」
「え、で、でも…それってまずくないですか?」
「…だって、さあ。言えるわけないじゃないか?………【死にに行ってくれ。】なんてね?」
「うわー、人悪いなあカナエさん。」
「………。し、死なないですよきっと…あの方は。…死なないですよね?」
「うん、ワタシも信じているよ…信じたいさ。きっと彼は帰ってくるだろうって。望み薄だけどね…まあ、できる限り[自爆手]として、役に立ってくれるといいなあ…シンくん。」
(本当はこんなことしたくないさ、でもこれも君のためなんだ…わかってくれ。)