1話
最近、SNSなんかで騒がれている「逆行」と呼ばれる都市伝説をご存じだろうか? その内容は単純明快。いつか時間は前へと進むエネルギーを失い、伸びたゴムが元通りになるかの如く急速に過去へと巻き戻っていく――というものである。無論、本気で信じている者はいない。オレも、本気で信じているわけではなかった。ただ、こんな古典的な空想話がなぜこんなにもネットで話題になるのか、それが気になっていただけだった。
「おはようございます! ……って、どうされました今日は? すーごい隈ができてますけど」
ゲッ。なんでよりにもよって朝からコイツに会うかね。絶対オレが何やってたかーとか根掘り葉掘り聞かれるやつじゃん。面倒くせぇ……。なんとか撒けねぇかな。それに……
「おっと、逃げようだなんてそう簡単にはいきませんよ」
「ま、そうなるよなー……」
ニッコリと笑うコイツの指は、いつの間にかオレのズボンのベルト穴にしっかりとかけられていた。こんな状態で前に走ったりなんかすると、公衆の面前にオレの下着が確実にあらわになることだろう。
「いつか覚えとけよ……?」
「5日間覚えておきますね。それで? なにやってたんです?」
コイツは屁理屈をこねた後、上目遣いでオレに問うてくる。オレは、気味がわりぃと目を背けた。
「ただ調べ物していただけだ」
「まーた一晩中噂話にかじりついてたんですかぁ? しかもテストの前日に??」
「悪いかよ。てかオマエだって人のこと言えねぇだろうが」
俺だってやっちまったと思ってるよ。ホント、なんでよりにもよってあんなことが起きるかなぁ……。
「で、何を調べていたんですか?」
「……関係あるかよ」
「関係ありますよ!! 教えてくれないとワタシのノート、見せてあげませんよ。どーせ勉強もなにもしていないんでしょう?」
「わーかったよ――」
――オレは昨日、「逆行」現象について調べていた。ああそうだ、その最近話題になってるやつだな。大盛り上がりになってるこの今、その話題が上がらない情報系サイトや掲示板、SNSなんてものはまあ今のところないに等しい。つまり情報が氾濫している訳だな。実際のところ、オレのホームグラウンドたるトゥイッターにも幾つか、「逆行」現象に遭遇した、という内容のトゥイートが投稿されている。
だけど、最近の「逆行」関連の投稿は全て信用性に欠けるんだよなぁ。え? なぜかって? そんなの素人が人気集めにガセを流しているだけの可能性が高いからに決まってんだろ。……そこでオレは、「逆行」がまずトゥイッターで流行り始めた原点を探すことにした――
「――というわけだな」
「そんなことより勉強したら?」
「うっせぇ」
怪訝な目でオレを見てくるが、コイツだって人のこと言えねぇからな。
まず、やりたくない勉強をイヤイヤ我慢しながらやるよりも、好きなことに打ち込んだ方が生産性がいいに決まっている。
「兎に角! オレは、この「逆行」に関係するおそらく最古のトゥイートを発見することに成功した――」
――まあこれを探し出すこと自体は難しいことでもない。一部のミステリーを専門とするまとめサイトでは、既にこれを紹介しているところもあった。このトゥイートに書かれていたのは、とある掲示板に飛ばされるリンクと、都市伝説好きの好奇心を煽るような文句だった。
『若く特殊な者達により、「逆行」は成される。我こそはと考える者は、これを読んでみるべし』
リンク先の掲示板は、所謂ダークウェブと呼ばれる層に位置している闇掲示板だった。ここから先は通常のブラウザでは閲覧できねぇ。だから――
「――いつものことをした」
「えっと……「電脳化」だっけ?」
「電脳化」とは、まあ一部の若者だけが使える特殊能力みたいなもんだ。電子の海に生身で入ることができ、まあなんやかんや色んなことができる。通常では多少面倒な作業や設定をしないと見ることさえできない深層ウェブと呼ばれる世界でさえも自由自在に動き回れるというのは、ネットの多様な噂などを調査しているオレからすればだいぶありがたい。
ちなみに、一部の若者とは言ったが、その一部というのは全国にいる中高生の1/100000にも満たないとさえ言われている。まあ、統計を取っている機関やコミュニティがある訳じゃなし、実際どれくらいの規模があるのかとかは分かっていないんだけども。
そしてだ。
「オマエも、「電脳化」の持ち主なんだろ?」
表情が変わる。今までの天真爛漫なモノから、アッチャァやっぱりかぁ……と言いたげな少し裏がありそうなソレに。
「なあ「カナエ」。オレはオマエのことを無知な幼馴染みだと思っていたが……昨夜、認識を改めることにしたわ」
「……」
「オマエ……「電脳化」の能力者を集めて何する気だ」
「……ちょっと来て」
グイッとズボンを引っ張られ、思うがままに引きずられるオレ。残念なことに筋力はないんだ。辛いとこだが、まあ筋トレやらをする気はさらさら無い。
「拉致るならポリスメンを呼ぶぞー」
「呼べるなら呼んでみたら? 「シン」くん」
「うーわ遮断系の奴もいるのかこっわw近寄らんとこwww」
「そうなの、よく分かってるねwwwまあ問答無用で連れてくけどwwwww」
「テストのノート見せてくれるんじゃねぇのかよ」
「だってテストなんか受けられる状態じゃないじゃん?」
「誰のせいでかね」
下着は見えてないが、代わりにズボンの股の部分が大事なとこに食い込んでて凄く痛い。早く目的地着いてくんねぇかな…。
「ここがワタシのオフィスだよ!」
「いや、普通にオマエん家じゃねぇか」
「ねぇもっといいリアクション無いの?」
「股間が痛い」
連れてこられたのはコイツの部屋……に仕込まれた隠し扉の先にある隠し部屋だった。
「にしても随分とドでかいPCだこって。使う人が上手けりゃ某国政府の機密情報だって抜き取れるレベルのやつだろこれ」
「ふふん!」
「……やったのか」
オレらは生まれ持った情報処理能力の高さ、そして例の特殊能力を用いて、様々な「仕事」をすることがある。まあその類いなのか単に興味本位なのかは分からんが、コイツがそれだけの「腕」があるということは紛れもない事実だ。昨日知ったが。
「んで?」
「なーに?」
「いや、なーに? じゃねぇよ。何の為にここまで連れてこられたんだよ。PC自慢がしたいだけならオレは2限からでもテストを受けるぞ」
「ちょ、待って、それだけじゃないから! それもあるけど……」
あるのかよ。
まあ、コイツがオレに求めていることは分かってる。
「攻撃手になって!!」
あー……やっぱり、そんな感じのことだとは思ったわ。
攻撃手とは、「電脳化」能力者グループの中で攻撃を仕掛けることを主な役割とする者のことだ。攻撃対象としては主に、サーバー自体や暗号化システム、もしくは敵グループの防御手や要撃手等が挙げられる。
「だが、オレに攻撃手としての才能は無いぞ」
電脳世界の中では、行動は全てコマンドとして記録される。まあ、格ゲーと同じだ。オレは護身程度の戦闘技能なら身につけてはいるが、殴り合いの戦いなど想定してない。オレに攻撃手など不可能だ。
「そんなことはないよ! 昨夜のアレは凄かった! まさか、ワタシ以外誰にも「見つからずに」我が本拠地サーバーに入れちゃったなんて」
……昨日のアレ、やっぱ気づかれてたかぁ。そんな気はしてたんだよなぁ。
てことは、コイツが欲してるのはオレの特殊技能か。
「だからね、ワタシはシンに我がサーバー「Ne homo in dominica “resurrection”(「復活」を阻止する者)」4人目の特殊攻撃手になって欲しいんだ! あ、新しくその役の名前も作ったよ!その名も――」
――潜入手
蛇足:
シン「その鯖名Google翻訳使っただろ」
カナエ「テヘペロ」