幻影
鮮やかな色彩のステンドグラスから差込む 光が照らす中、僕たちは 指輪を交換した。 ガラスでできたマリアさまが僕たちを優しく見守っていたのも、はにかんだ彼女の愛らしさも、何もかも覚えている。あれは、確か、 5年前の初夏。小さなチャペルでの、大きな幸せ。
彼女はいつも、はにかむように、小さく笑っているような人だった。僕は、彼女の泣き顔や怒った顔を見たことがない。僕は、彼女の微笑しか知らない。
「最初は、幸せだったわ」
彼女が微笑みながら言う。優しそうな表情とは正反対の冷たい言葉が、僕の胸を次々と貫く。
「裏切ったのはあなたよ。確かに永遠を誓ったのに」
僕は何も言わない。言えない。耳をふさいでも、彼女の責めるような声は、指をすり抜けて確かに僕の心を砕いていく。やめてくれ。悪かった、悪かったよ。もう、許してくれ。
「あの、どうかしましたか」
肩を叩かれ、ハッと我に返る。目の前にいた彼女は、 蜃気楼のように消えてしまった。
「何でもありません」
赤信号が、青になった。逃げるように横断歩道を渡りきると、また彼女が目の前に現れる。やっぱり、微笑んでいた。
「どうして、 裏切ったの」
太陽が輝く昼間も、 雨が大地を濡らす夜も、微笑を浮かべた亡霊は、僕の前に現れる。
……本当は、分かっていた。彼女は、化けてでることすらできないひとだと。
僕は、彼女の微笑しか知らない。……知りたくても、もう遅い。