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1月25日

常染色体性腎動脈狭窄症という、医者にも原因のよくわからない病気でアヤミが死んでから、もう、3週間がたった。

発熱と、筋肉の痛みを繰り返し、髪の毛が抜け、腎不全から尿毒症を起こし、アヤミは死んだ。


こうやって自分が書いた症状と病名の文字だけを眺めていると、警官が書いた交通違反の調書のようだ。

紛れもなくニホンゴではあるようにも思えるのだが、ピラミッドを台座としてスペースシャトルを装着したエッフェル塔の建っているそのまわりを、万里の長城が囲んでいるような得体の知れない気分になってくる。

ポールという名の外国人に俺の名前をニホンゴで書いてくれと言われて書いてやると、彼は「ポ」という字をみて、「十」の部分を指差し、

"Oh, is this cross?"と尋ねた。さすがにクリスチャンだ。ニホンの理解のされ方なんてそんなもんさ。

でもねポール、君がそれを見て十字架を思い出すほどには日本人には確固たる信念なんてないんだよ。日本では「神様」はといえば・・・そうだね、「コピー」ぐらいしか僕には思いつかないよ。なんと言っても敗戦国だからね。みんな忘れちゃってるけどね。


他のみんなはアヤミの死をどのように感じているのか僕は知らない。しかしその後の1周間、よどんだ(という雰囲気をかもし出していない者の存在など許されてはいなかった)空気の中で、「死ぬことの理不尽さ」や「死ぬことの恐ろしさ」、「生きてゆくことの大切さ」や「生がどれだけ大事であるか」などの道徳的議論はいたるところで何度となく繰り返された。

僕はいた人がいなくなるというその現実に、こらえきれない感情からその日と次の日には涙を流したが、その後、みんなが落ちつき、その国会中継にも似た道徳的議論が始まってくるようになるとどうも腰や耳がむず痒くなってきて、テレビで形式的答弁を答える議員をながめる視聴者のようにぼんやりと別のことをかんがえていた。

 死ぬこと忘れて生きていきゃ

 いつかいいことあるはずさ

 死んでしまっちゃつまらない

 どうして死なずに分かるのさ

「アヤミさんは痛みと戦い苦しみながらも一生懸命生きようとして、結局病気には勝つことができませんでした。人間は弱いものですね。でも弱いからこそ、強くなろうとする意思が育ち、生きることの大切さも理解することができるんです。運命によってアヤミさんは亡くなってしまいましたが、そのことを若い君たちに間近で教えてくれました。彼女の死は決して無駄ではありません」

 運命。ウンメイ。それは、ウメェのか?虫酸が走る言葉だ。じゃぁアヤミは常染色体性腎動脈狭窄症になるために今まで生きて来たってのか。

決められた死に方ってものがあって、それに従うのがウンメイか。それでは、いつ死に到る病に侵されるかといつもきょろきょろしながら生きていくか、いつか宝くじに当たるのを待つように死を待ち焦がれて生きていくかのどっちかっていうのが生き方か。

アヤミの死が無駄でなかったのは事実だが、それはイキテユクコトノタイセツサを教えることができたからじゃないでしょう?

アヤミは少なくともきょろきょろなんてしていなかった。死に到る病に侵されてからも一生懸命生きようとしていたかはわからない。病気に勝つも負けるもありゃしない。アヤミはこれが運命だなんてようじの先ほども思っていない。

そして僕が真っ先に考えたのはなんで僕が生きていて、なんでアヤミがいないのかということだ。

アヤミの死が無駄でなかったのは自ら死ぬことのできるとっておきの楽しみを教えてくれたからだ。もし僕が死ぬことができない体であれば、毎日毎日どうしたら自殺できるかばかり考えて狂人となるか、悲しみのあまり白痴になるか、1年ごとに性転換して1年前とは全く違う自分となって快楽ばかりをむさぼる放蕩者になるか、・・・いずれにしても退屈という永遠の地獄を味わう事になるだろう・・・・おぞましい。助けて!

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