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ボードゲーム以外の学校生活

電子無視

作者: ふー

「ねえねえ、質問していい?」

 崇神が化学の教科書を持って田沼の方へ机を寄せた。どうやら化学で分からない箇所があるようだ。田沼は読んでいる本に栞を挟んで置いた。本のタイトルは『シュレーディンガーの猫』。どんな猫なのだろうか。


「化学?どこに興味を持った?」

 崇神は一般的に数学にしか興味がないと言われている。その他の学問はやる気を見せようとしない。周囲の生徒や教師の評価としては、「やればできるはずなのに、やろうとしない」である。やればできるというのは、理系分野、特に計算分野のみの話。崇神は数字が見えるというちょっとした能力(特性と彼女はいつも言っている)を持っているらしく、そのせいで数字には異常に強いらしい。ただし、物凄く気分屋であるため、数字ですら見えたり見えなかったりするのだとか。崇神らしい個性である。


「原子の構造についてなんだけどさぁ、原子って【原子かく】と【電子かく】からできてるんだよね?」


「そうだね。【原子かく】と【電子かく】の【かく】の漢字が違うから、覚えるときは少し注意だね」

 田沼はいつも机の中に入れているコピー用紙を取り出して何やら書いている。きっと【かく】の漢字を書いているのだろう。


「私としては、わざわざ漢字を変えないでほしかったなぁ。それでさ、電子殻には電子があって、原子核には中性子と陽子が入っていると」


「うん」

そう言いながら田沼はコピー用紙に更に何かを書き加えていく。それが終わると、さっきまで読んでいた本を再び読もうと手にとっていた。彼女としてはとても簡単な分野を崇神は聞いているのだろう。崇神の持っている教科書のページ数も、比較的前の方のようだ。


「まぁ、猫の話はおいといてさ、私の話を聞いてよ。興味を持ったのはここからなんだからさぁ。あのさ

ぁ、電子って、無視されてると思わない?」


「この本のメインテーマは猫じゃないから。どちらかと言えばシュレーディンガーで、猫は思考実験で出てくる程度だから。で、無視されてるって何が?質量のこと?」


 「そうそれ!質量数=陽子+中性子なんて書いてあるけど、原子の質量数なんだから陽子と中性子と電子の和なんじゃないの?なんで電子だけ無視されちゃってるの?」

崇神は田沼からボールペンを借りて書き込んでいる。自分の論を展開しているようだ。


「【近似】って言えば、納得できる?」


「つまり、電子が陽子や中性子に比べてすごく軽いってこと?」


「まぁ、そうなるかな。……電子の質量は陽子や中性子の約1⁄1840だけどね」そう言いながら田沼は猫の本を閉じた。崇神が興味を持った点に応対するためだろうか。比を言い出す前に僅かな間があった気がするけども。


「それって、【近似】しちゃって平気?」

どこか崇神は煮え切っていない。電子も1840個あれば、陽子とか中性子と同じ重さになるはずだと田沼に訴えている。電子だけ仲間外れにするのはずるい、と。


「確かに陽子1個に対して、その周りに約1840個の電子があれば質量数はほぼ2で良いだろうね。ただね、すうさん。さすがに陽子1個が周りに1840もの電子を引き付けることは無理だと思うよ。そもそも、原子は電気的に中性だから、プラスの電荷を持つ陽子とマイナスの電荷を持つ電子の数が常に同じになる訳で、つまりは1対1で対応してる訳。対応してない場合がイオンと言われるよね。だから、原子の状態だと、いつまでたっても質量の比は約1⁄1840で変わらない。さらに言うと、中性子も大体陽子と同じくらい含まれているから電子の質量の比はより小さくなるよね。だから【近似】して【ないもの】とみなされるんじゃない?」

 

「つまり、私の勉強不足ってこと?」

 

「否定はしないよ」

田沼は笑って答えていた。きっと、笑っているときは目が線になっているのだろう。

 

「あぁ、だから【核】と【殻】なのかなぁ。核だから、中心だから、そこに質量があるよって。殻だから、外側にいて質量には影響しないよって。境界は含まないよって。ただ、電子にとっては電子殻が核のようなものだから、やっぱり可哀想な気がするんだよね」


「可哀想と言われたら確かにそうかもね。思っている以上に原子核と電子殻って離れてるし」


「どれくらい離れてるの?」


「一般的に原子は半径〖10〗^(-10)メートルで原子核は半径〖10〗^(-14)メートルくらい。相当だよね」


「孤独だし、質量にも入れてもらえないし、踏んだり蹴ったりだよ。電子の役割なんて、電荷だけだよ。いっそのこと質量持たなければよかったのに…」

崇神はぶつぶつ呟いている。

 

「感情的電子論って感じだったね、すうさん。そろそろ休み時間終わるし、次の授業の準備しようか」


「……次って何の授業?」


「数学」

 

「わーい」


 ……私は次の古典の授業へ行こう。



記述者 國府田 紡


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