2話 武器は大事。超大事。
訓練場でたっぷりと無駄な時間を過ごしたあと、俺は資料室に向かった。
城には数多くの資料室もとい図書室が存在する。部屋ごとにジャンル分けされており、子供が読むような童話から宮廷魔術師が読むような難しい魔導書まである。まったく便利なものである。
今俺がいるのは、『モンスター図鑑』『薬草図鑑』がある第七資料室だ。ここには主に図鑑がある。他にも良さげな本はあったのだが、一日に読めるのは精々二冊だろう。ボチボチ読んでいくしかないのだ。
余談だが、この『モンスター図鑑』などは騎士長のリドルさんの先祖であり、此処──ケテル王国の英雄であるフレイ・グリムロード氏が著作したと言われている。作者の部分にもフレイと書かれていることから事実なのだろう。
歴史本によると、フレイ氏は剣での戦いを得意としていた。と書いてあるが、『魔術辞典』があるのだから、恐らく魔法も達者だったのだろう。加えて言えば、彼は実力のみで、伯爵の地位を約束されたと言われているのだ。剣の実力のみとは考え難い。
しかし、それを断り騎士爵で留まったと言うのだ。何故かは今でも分かっていない。
「さて、読むとするか」
俺はそう言って分厚い『モンスター図鑑』を開く。中身は主に、モンスターの名前と弱点、特徴や注意点など……兎に角、内容は完全にデウサルボルのモンスターを知り尽くした感じである。
因みに、俺が言っている『モンスター』は、地球で言う『動物』。ここに蔓延る、俺たちが呼ばれた原因、所謂『怪物』は、『災厄』と呼ばれている。尤も、この事を知るものはごくわずかではあるのだが。
「あれ?なに読んでるの?」
華凛が右側から話しかけてきた。誰なのか分かっているのに、ついつい条件反射で振り向いてしまった。
こうなるように条件付けられた理由は概ね予想がつく。子供の頃に、話し掛けられているのに、親父の説教を聞いていないでいたら殴られたことだろう。あの日の恐怖が、殴られる痛みとが俺を蝕んでいる。
「ん?」
目の前が突然変異暗くなった…と言うよりも、なにかが近くにあったため目を閉じる。
「っ!?」
───瞬間、なにか柔らかいものが唇に当たった。それははじめて触れたような、昔に何度だか触れたような何故か懐かしい感じがした。ついでに言うと、少し温かい。
これがなんなのかは分からないが、何となく嫌な予感がする。しかし、目を閉じたままと言うわけにもいかない。俺はゆっくりと目を開いた。
「「あ……」」
数秒間、動く事が出来ずにいた。否、行動が出来ないのではない。思考が停止しているのだ。
漸ようやく動き出した俺達は、すかさず互いに距離を空けた。その時に俺は相手の顔を見た。
その人を見ると同時に、何故懐かしい感じがしたのか納得した。
その相手とは、恥ずかしくて耳まで赤くした華凛の姿があった。
□□□
「──っ!、────っ!?」
華凛が言葉になっていない悲鳴を上げる。二、三冊の本が、空を飛ぶ。
「ちょっと落ち着け!」
「だ、だだだだって急にキスしてくるなんて思わなかったんだもん!」
彼女はそう言っているが、キスは不可抗力だろうと思う。強いて言えば、後ろにいたお前が悪い。
(………いや、振り向いた俺も悪いけどっ!)
ジト目がキツかったのか、俺は自分の罪を認めてしまう。
「いや、でもだな、後ろにいたから気付くなんて無理──」
「うるさーい!友樹の馬鹿っ!変態!エッチ!…猥褻罪で訴えてやる……!」
最後の台詞が余りにもシュールな声だったので、言葉がとまる。華凛の目には涙が少し溜まっていて、微かに充血している。
こういうときには、相手の言うことを聞いてはいけない。相手はムキになっているのだ。つまり、頭に血が昇っていて、勢いのみで言葉を言っているのであって、それは理屈の通ったものではない。
「………」
俺は取り敢えずという感じで、先程まで読んでいた図鑑を開いて再び読み始める。
「ちょっと!私の話を聞いてよー!」
「………」
「ねえ、お願いだから………」
「………」
「うぅ、お願いだよぉ。お願いだからぁ……」
彼女の事が可哀想になってきたので、軽くため息をつきながら、彼女の言葉を聞くことにした。言葉であって話ではない。
「そう言えばさ、さっきからなに読んでるの?」
華凛は俺が自分が話している間ずっと読んでいたため気になったのか、表紙を覗いてくる。別にいかがわしい本ではないので、素直に表紙を見せると、彼女は少し驚いた顔をした。
「えっ、友樹が図鑑読んでる……明日は雨降るかもなぁ」
「おいっ」
彼女が言う理屈が正しかったら、ここ数日は雨だったことになるぞ。
「俺が本を読むのそんなに珍しいか?」
俺が本でいる姿をいかにも珍しそうに凝視している彼女に言う。正直に言うと、これで気づいてほしい。目障りな視線であったということに。
「いや、別に本を読むのは珍しくないけど……図鑑読んだりしてるから、意外と真面目だったんだなぁって」
ああ、成る程。と俺は納得した。彼女の前では殆ど辞書なんで見なかったし、小学の時も博学というわけでもなかった。というか、ここまで博学になるような事をしているのはここ最近である。
「あー、照れてるー。かぁわいぃー♪」
「て、照れてねぇし!」
彼女は、鈴の音のような可愛い声でコロコロと笑いながらいた。
俺はこの笑顔を見て何かが軽くなった、気がした。
それ故に、この事を言ったのかもしれない。
「俺はさ、他の奴等よりステータスが低いだろ?それを補うには今の俺の知識だけではダメだと思うんだよ。この世界の知識も持ってないと……。だからさ……ここで…………」
途中まで言って、俺がマズイことを言っていることに気づいた。
慌てて勢いで言っていた発言を止めるが、時既に遅し。彼女は申し訳ない顔で黙り込んでいた。表情は部屋が薄暗いせいかよく見えない。
「……ごめんなさい。私っ!……っ…ともっ…ともきのことも考えないでっ」
嗚咽が聞こえて、俺は居心地が悪くなった。なんか自分が彼女を泣かせたみたいで、申し訳なくて、カッコ悪くて……。自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
「………」
単に、『いや、俺も悪かった』『お前のことを考えずに勝手なこと言ってごめん』とでも言えばいいことなのだ。
しかし、俺にはそれを言うことが出来なかった。俺が謝れば、それは相手も自分に罪悪感を残す理由になる。少なくとも、彼女は自分が悪いと思っている。それを謝られているのだ。
ドラマでよくある、母親が娘の身代わりに自白しに行くと、娘が止めに入る、あのパターンである。
「………」
「………」
やはり気まずい雰囲気が漂っているのか、俺と華凛の二人の間には沈黙しか流れない。一言も発さずに、ただ俺のとなりに座って本を読んでいるながめているのだ。
「………ふぅ」
俺は漸く一冊目の本を読み終わり、彼女の読んでいた『薬草図鑑』をひょいと取ると、何事もなかったかのように読み始める。
「えっ!?はやっ!?」
俺の読むスピードが想像以上に速かったのか、そんなことを言う。
俺はいつも通りのスピードで読んでいたので、余り気にしなかったが、彼女からしたら速かったようだ。
俺が読むスピードが上がったのは恐らくラノベの読みすぎだろうと勝手に推測する。
(ネットで本を大量に買っていた時期があったよな)
某、川のネットショッピングで買った事を思い出しながら、その頃の事を思い出す。
「あっ、そうだ!ちょっと待ってて…………この眼鏡を着けてみて!」
華凛はそう言って、どこからか取り出してきた眼鏡を手渡してくる。受けとると、早速身に付けてみる。
装着!ガッシャーン!
「優秀っぽく見えるか?」
「う~ん…優秀じゃなくて、憂愁になら見えるよ?」
「えっ、俺は一体何を悲しんでいるのさっ!」
「有終を憂愁してるのっ?」
「何を終わらせたーーーー!」
さて、友樹君はどうなるのやら……
最弱……
鉄の剣……
(意味深