32話 緊急依頼
大変お待たせしました。
前話投稿から約2年振りの投稿です。
もはや忘れ去られている頃でしょう。
一体この2年間私は何をしてきたのでしょうか……
「緊急依頼です!南方の森林からベヒーモスと思わしきモンスターが発見されました。全冒険者の方、本日午後に討伐隊を編成するので門前にご集合お願いします!」
受付嬢によるアナウンスにより、ザワザワと騒がしくなるギルド内。ベヒーモスという一言がこの街にどのような被害をもたらすか、どれほどの脅威となるのかを理解している冒険者たちは絶望や、悲愴の面持ちで聞いているが、俄然やる気のでてきた冒険者などは1人として存在しない。彼らは知っているのだ。戦えば確実に誰かしらは死ぬ、と。
これが他のモンスター、又は災厄であれば、実力次第では生死は実力によって覆すことが出来る。
だが、このモンスターに実力などあってもなくても変わらない。かつてベヒーモスが現れた時は約10人の冒険者が犠牲となり、そのうちのSランク冒険者が3人だったのだ。最前線に出ていれば殺される確率は強かろうと弱かろうと、誰もが同じ。
「こんな時に限って勇者は居ないのか……」
マルクト王国が召喚した勇者は2ヶ月前に姉妹国家のケテル王国の勇者との顔合わせ会のために旅立っている。その後に合同演習を行うと行っていたので、帰って来るのはあと数週間といった所か。
勇者という最大戦力がないこの現状で犠牲者を最小限に抑え、ベヒーモスの脅威から街を守ることが出来るのは我々冒険者しかいない。
「お前らァ!」
生死を分ける戦いがもうすぐそこまで近付いていると知った冒険者の顔は暗かったが、その中怒声が響いた。
「いいか、冒険者ギルドってもんが出来たのは奴隷にモンスターとの戦闘を強制した時期に、奴隷の死亡率を少しでも下げるために作られた訓練施設だった。あん時は酷かった。全員死んだ目をしていたぜ」
男はまるで数年前にあった出来事を振り返るかのように遠い目をして行った。
「だがな、お前達はなんだ?奴隷か?違うよな。お前達は冒険者だ。確かにモンスターと対峙するという意味では同じかもしれない。だが、お前達と奴隷では決定的に違うところがある」
そう言ってから数秒の間が開く。既にその場にいた冒険者や受付嬢全員の視線は彼へ向いており、誰一人彼の言葉に口を出す者はいない。しばらくして彼は再び口を開いた。
「決定的に違うところ……それは、自由がある!守るべきものがある。そして何よりだ、」
一呼吸置き、彼は叫んだ。
「生きる権利があるッ!」
□□□
「ベヒーモス討伐依頼の内容を説明する。ベヒーモスからの防衛が主な任務だ。出来れば討伐もして欲しいと言われてはいるが、命あっての物種だ。くれぐれも『ベヒーモスに挑んだ英雄になりたくて死んだ愚者』にはならないように」
その言葉に笑いが起こった。
本来ならばこれから死ぬかもしれない戦いがあるのだから不適切な物言いになるのだろうが彼をよく知っている冒険者は死地に行く冒険者の心情を察して少しでも暗い雰囲気を掻き消したかったのだと言う気持ちは伝わっていた。
「各自決められた馬車に乗れ!」
その言葉に多くの冒険者が各々の割り振られていた馬車へと乗り込む。
「いよいよ、だな」
「ああ、楽しみで寝れなかったぜ」
「俺もだ」
そういう彼らの声は震えていたが、誰一人その事について問うものはいない。震えているのはこの場にいる全て者が同じだからだ。
「ユキ、これあげる」
そう言って黒パンをひとつ渡してくるユリに、ありがとうと呟く。
「まさかこんな時に限ってバケモンが出てくるとはな……」
クロムがパーティー組めなくてゴメンな。とアリアに言う。彼女は少し残念そうな顔で気にしなくていいですよと答えた。
その後も何気ない会話が続いたが、地響きに似た咆哮が緩み始めた緊張を再び張り詰めさせる。
「あ、あれが……ベヒーモス………なのか?」
ベヒーモスを実際に見たことがある者など人間では1人としていない。魔族であれば数人いるのだろうが、寿命からして人間は2度遭遇、などといった不本意極まりない奇跡的再会など起こり得ることなどではない。
まるで『ネコ科動物』のよう。
俺はベヒーモスに大変失礼なことを想像していたりするが、実際のところ実物を見れば10人中の8人くらいは同じことを考えたであろう。勿論、ライオンを見たことがある。が前提だが。
「……もっと禍々しいモンスターだと思ってた」
ニャーン。ベヒーモスの鳴声にニコルが感想を述べると誰もが同意と言った風に頷いた。
しかし、鳴き声がどれだけ可愛いモンスターだろうと油断はならない。風貌に見あった又はそれ以上の脅威となりうるものなのである。
「油断するな。相手は災厄と並ぶモンスターなんだぞ」
「まあ、分かってはいる-―」
爆風と爆発の連鎖が巻き起こる。魔術師の使ったエクスプローションと事前に誰かが仕掛けていた爆薬だろう。仕掛けたにしては早すぎる準備に感嘆する。
エクスプローションは上級魔法であり、殺傷能力も比較的高い汎用魔法だ。それを使える冒険者がいることも驚きだが、迅速な罠掛けはいくらなんでも異常じみていた。
「おい、そんな褒めんなよ〜」
褒められて伸びているのはカームだ。彼は魔術師が魔法詠唱を始めたのに気付き、その詠唱がエクスプローションのものであるといち早く理解して、誘爆出来る火薬を詰めたカプセルをベヒーモスの毛を使って巻き付けるようにしてつけて行ったのだ。
「遊撃は成功した!魔法主体の戦法で継続する!」
「…………」
何故かいるギルドマスターが作戦の継続で進めると宣言するが、それに応えるものは誰一人いなかった。
それもそうだろう。
ベヒーモスには傷一つないのだから。
「なっ、かすり傷すらないだと!?」
驚愕の表情た彼だが、直ぐに気を取り戻してもう一度エクスプローションを放つよう指示する。
「エクスプローショ---」
突如、先頭を行っていた馬車が消える。
まるでエクスプローションの爆風を嘲笑うかのような暴風が吹き荒れる。
数秒の遅れで凄まじい強風と木や鉄の破片が飛び散った。
「なんだよこの強風--っ、……止んだ、か?」
強風で飛んできたのか頬に着いた何かを手で拭う。
べっとりとへばりついていたそれは手に着いて、振り払うと地面にベチャッと音を立てて落ちた。
「……ユキさん、それーー」
「何も言うな」
青ざめた顔で言うアリアの言葉を遮る。それが何だったのか、触った感触でだいたい予想が着いた。だからこそそれを実際に見る訳にはいかないし、認める訳にはいかない。
「第1部隊が全滅っ!?」
「くそっ、こんな事やってられっかよ!」
先頭を走るのはある程度名の知れた冒険者だ。当然奴らが一瞬にして屠られたのであればその場から逃げたくなる。多くの冒険者は逆方向へ逃げ始める。
「グオラァァァァ!」
大声で叫んだ男はベヒーモスのところへと走り出した。無茶だ、止めろ!誰もが心の中で彼を止めようとした--実際声にした者も数人いた。しかし彼の耳へとその声は届かず、彼は剣を振り下ろし--
「……は?」
それは信じられない光景だった。
エクスプローションで毛にすら傷一つつかないベヒーモスの右前脚が切断されたのだ。
吹き出る血液を見て発狂じみた咆哮を上げるベヒーモス。
「ウォアアァァァ!」
人間が発した声とは思えない叫びに思わず耳を塞ぐ。
彼の発したものは人の『叫び』と言うよりかは獣の『咆哮』に近いものに感じた。
彼の振った剣がもう片方の脚-左前脚を捉えるが、相手はそれを避けもせずに直撃するような間抜けではない。剣の軌道から逃げるようにした前脚はかすり傷程度しかついていない。
「なんだあの剣は……」
「いや、あれは普通に『人間』が作れる剣だよ」
じゃあなんで切れるんだよと納得いかない様子のカームにクロムは異常としか形容し難い男を指差し言った。
「あれは、人の腕が出せるものでは無い。それを彼は目の前でやって見せた。まるで……」
クロムは何かに例えようとしていたのだが、その上手い例えが見つからないのか唸っている。
「なんつうか、モンスターみたいだな」
「それだ!」
モンスターのよう。
カームの言葉にクロムは激しく同意した。
確かにそう言われてみればそうだ。言われるまで気づかなかったが、体躯に見合わない破壊力や魔力を所持しているという点ではモンスターと酷似している。
「まるでモンスター同士の縄張り争いみたいだな」
カームは半笑いで言った。




