21話 戦場
響く獣の咆哮。戦火に焼かれる生き物達。人々の声、悲鳴、嗚咽。爆発音、足音。
音が奏でるのは悲壮な現実であった。
「何なんだよ……」
竜彦はそう呟いた。額には脂汗が垂れており、それが爆風によってはじけ飛ぶ。
勇者達――俺達が連れてこられた場所は、戦場。
「“災厄”とは怪物の事であるが、正確には、怪物が大量に現れることだ」
これはモンスター図鑑(フレイ・グリムロード著)の第2章の序文だ。
つまり、今起きている災厄は敵がモンスターであるということを示している。
「こ、こんなの勝てるわけない……」
岡部はそう言って後ずさる。
その気持ちも分かる。何故なら大量のモンスター――それも大型が一気に迫ってくるのだ。
こちらも魔法を一気に使い戦力を削いではいるものの、一向に数は減らず、むしろ増えているように錯覚するほど敵の数が多かった。
リドルさんに聞いた話だが、焼ける臭いに不快感を訴えた極少数は王国内の警備をしてもらっているらしい。
戦力が一人でも多く欲しいこんな時に協力するものといえば、冒険者達だ。流石に国としては所属が明確でない彼らを使うなど反対していた時期があったらしい。しかし、冒険者が持つ戦力は当時の国が想像していたよりも遥かに高く、それからというもの、国は災厄が来るたびに冒険者に協力を求めてきている。
また爆風が吹く。あたりを火の粉が舞い、それが障害物にあたり、鎮火する。
「この災厄……勝ったね」
隣にいた竹山さんの口から勝利の確信を表す言葉が溢れる。
「竹山さん、フラグ建てないでくださいよ」
俺は冗談半分でそういった。彼は戦闘をあまり好まないらしく、先程から俺と同じ高台にいる。近衛は残党の排除のみとはいえ、ここに竹山さんがいるのはおかしい。
「フラグ?ここからどうやって負けるんだ?」
そういうのがフラグなんですけど!とは言えなかった。彼の台詞には確信じみたなにかがあるように感じたのだ。
「敵の数は153256体。この国の魔法使い――『範囲魔法』を使えるのが218人だった。総魔力は約127万。これほどの戦力差で負けるなんて天地がひっくり返ってもありえないよ」
「なっ……」
俺は絶句した。彼の言葉が本当なのか、冗談なのかは分からない。しかし、彼はこんな所で冗談をいう人ではない。知り合ってまもない俺でさえ、そう思ってしまう程、彼は自信に満ち溢れていたのだ。
だとしたら、なぜ彼はこのような正確な数値を言うことが出来るのか。
「僕は未来がわかるんだよ」
「冗談ですか」
彼が微笑しながら言った。どうやら俺の考えすぎのようだ。
□□□
「か、勝った……のか?」
目の前の光景が信じられないとばかりに達彦が呟いた。
溢れていたモンスターの群衆は地面に山を作っている。例えそれが俺達を苦しめた化物の山であったとしても眺めのいい光景ではない。
「あれ?」
華凛が不思議そうに周りをキョロキョロと見渡す。
その不自然な行動に俺は声をかけた。
「どうした?」
「なんか声が聞こえた気がしたんだけど気のせいかなぁ?」
心配して損した。と言うと殴ってきた。……彼女から繰り出されるパンチは猫パンチと誰かから聞いていた気がするが、本当にそうだった。
「さーて、腹減ったし城に戻ろうぜ」
竜彦がそう言うと美久と彼女の取り巻きがその背中を追う。少し小走りになっている彼女らは親についていくヒヨコのように見え、実に滑稽だ。
「私達も戻ろう?」
「……だな」
俺は少し前まで話していた竹山さんの姿を探したが、既にその場には居なかった。恐らく城へと戻ったのだろう。
彼の言った事が本当になった。本当なら嬉しく思うべき事も今の俺にとっては悩みの種でしかなかった。
なぜ彼はこの戦争でこちら側が勝てると分かったのか。失礼かもしれないが、俺ら同様彼らには戦闘経験がほとんど無い。それなのに彼は戦争に勝てると確信していて、本当にその通りになった。
「まるで預言者のようだな」
「ん?」
俺の独り言に華凛が反応したため適当に誤魔化しつつ歩みを続けた。
戦争の傷跡は都市内に少しばかり残っていた。倒壊した建物や怪我人、荒された農園など様々ある。しかし一番の被害と言えばそれは考えるまでも無くモンスターの残骸の後始末だ。
山のように積もったモンスターだが、本来のモンスターなら食用に回る。しかし、この災厄によって現れたモンスターは食べられないのだ。理由は簡単。
「……クサッ」
とてつもなく臭うのだ。味は変わらないのだが、匂いが酷い。地球でいうなら『食品兵器』シュールストレミ○グとでも言おうか。いや、それすらをも凌駕する。なぜなら俺は今、都心部にいるからだ。
モンスターの残骸は都市外に転がっている。
もう一度言おう。俺は都心部に居るのだ。
想像してみよう。眼の前に臭い巨体がある状況を。
「オエ゛ッ」
想像して損した。俺は馬鹿だったと猛烈に反省した。
□□□
「あっ、……華凛ちゃん……」
城へ入ると水緒が俺達を出迎えた。
災厄での迫力に掻き消されてしまっていたが召喚された勇者とあれど、国に住む以上は守られるべき国民であると国王は断言し、災厄の間は城の中で安静に過ごすことを約束させられていたのだった。
彼女は微笑んで華凛と抱き合ったが、その瞳には安心感、悲しみ……多くの感情が複雑に入り交じっているようにも見える。
「状況はのみ込めたか?」
「……うん。わたしの記憶にはないけど彩香さんが私の妹かもしれないってことだよね」
彼女の妹と言い張る彩香の存在。聞く限りでは水緒自身の記憶には『妹』というものが存在した記憶が無い。しかし、彩香という少女が妹として現れた。
彩香が嘘をついている。という説も考えたが、それは選択肢の中からはすぐに削除された。もし嘘をついているのなら、その理由は?彼女はそんなことをして得をするのかなど考えた時、何一つ利点が見つからないからだ。
「彩香ちゃんって今どこにいるの?」
ふと華凛が呟くように小さな声で言った。
水緒が彼女の居場所を教えると聞きたいことがあるから。とだけ言い残して走り去って言った。
つまりだ。
この部屋には俺と水緒の二人しかいない。
……とてつもなく気まずい。
「……私さ、元いた世界の記憶が曖昧なんだよね」
「………………は?」
俺は彼女の言った言葉の意味を理解するのに多くの時間を要した。
「もしかしたら彩香さんの言う通りなのかもしれない。でも、私の曖昧な記憶の中に1度も妹なんて出てこなかったの。これは偶然なのかな?」
必然か偶然かと言われれば偶然だとしか言えない。しかし、どう考えても必然的現象を偶然と言い張るのは醜いにも程がある。
「そもそも私の記憶には妹なんていなかったのにどう接したらいいのかな……私が今までどのように接してきたのかわからないのに、あの子を傷つけることをしちゃったらどうしようって……こんなこと中井さんに言っても仕方ないよね」
彼女は寂しそうに微笑む。その顔に懐かしい記憶をカラービデオに映したような衝撃が脳内を襲った。
“と……くん、わ……どうし、の?”
懐かしいような、初めて見るキオクがモノクロで視界を遮る。




